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神鳴りさんと夕立ちの午後  作者: 六青ゆーせー
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呪と呪いと洗脳

安彦は、夜半の住宅街で絶叫し、仁王立ちに怒ったまま、荒く息をしていた。

頭に血が上っている安彦の腕を、吹雪ちゃんが無言で引っ張った。


そのままLEDの空々しいほどに青く、明るい街灯を幾つか過ぎた先に、何台もの自動販売機が立ち並んだ一角があった。


吹雪ちゃんは、その自販機の隙間に安彦の手を引いていく。


その先は、二人並んでは歩けないような細い道で、ドアと洗濯機が、交互に並んでいた。その一番奥の部屋に吹雪ちゃんは入っていった。


「上がって」


玄関のすぐ横が台所で、わずかな食器が小さな洗いカゴにきちんと並べて置いてある。

奥の電気が点くと、六畳の和室に、小さなテーブル、壁にはカレンダーだけが吊るされている。


安彦が困って立っていると、吹雪ちゃんは、座って、と手を引いた。


「手、切ってるじゃない」


吹雪ちゃんは何もない畳部屋の横のふすまを開けた。中にカラーボックスがあり、薬箱を取り出した。

傷薬を安彦の、男のサバイバルナイフを取り上げた時に出来たらしい傷に吹きかけ、洗い流していく。


バンドエイドを張り、「はい、お終い」と傷を軽く叩いた。


安彦は思わず笑った。


「うちの風見さんも、よくそうやってくれたよ」


えっ、そうなの? と吹雪ちゃんも微かに笑う。


「俺のうちはさ、俺の小さい頃、親が離婚しちゃってさ、窪田流の道場だったから、祖父さんの高弟の風見さんがほとんど母親代わりだったんだ。よく傷を作っちゃ泣いて、こんなふうにされたもんさ」

「あたしは母様に、よくこうされていたわ。母様がまだ生きていた頃…」


「あ…」


安彦は吹雪ちゃんを見た。


「退魔の家系では、よくあることよ。お祓いに失敗して命を落とす、ってことは」


「あ、俺、今日、中島永信って奴に会ったよ。

中島で退魔師だったから、吹雪ちゃんの親戚かな?」


安彦は下校してからのことを語った。


「そう…。永信叔父さんに会ったのね。だから術に屈しなかったのね」


安彦は息を飲んだ。


「え…、じゃあ、あの中島永信は、吹雪ちゃんの叔父さんで、しかも、吹雪ちゃんを?」


吹雪は薄く微笑んだ。


「母様の妹、桜さんの結婚相手。叔父さん自身は子供の頃からうちで修業をして退魔の術を身に付けた、叩き上げの退魔師よ。

母様が死んでから、いいえ、あたしが神様に憑かれてから、人が変わってしまって…。

それ以来、毎日のように、あたしは魔に襲われ続けている。

もちろん、全てが永信叔父さんの放った呪ではないけれど…。

今夜は、あんたが見抜いたときのことを考えると、やはり永信叔父さんの仕業のようね」


「あっ。あの人、神様が憑いていない、って言ったらすごく怒っていたよ。

良家の子弟にしか神は憑かない、って」


「中島家では、血のつながりの無い人を神の山には入れないの。そういうのがコンプレックスだったのかしらね。退魔師としては一流なんだけど…」


「今井建設の依頼した廃工場のお祓いは失敗したようだけど…」


「広くて入り組んだ、しかも物品も多く残っているような場所のお祓いは複雑なのよ。

図面にはない部屋があるかもしれないし。本当に小さな物や、地面の下に原因があるのかもしれないし。

大勢の退魔師が一気に仕事をするのでは、退魔師の練度もばらついてしまうし、本当は時間がかかっても一人の退魔師が障りの原因をしっかり究明した方が確実よ。

でも永信叔父さんは、会社経営のようにサラリーマン退魔師を量産し流れ作業で祓う方が良い、と思っているのよ。


確かにほとんどの現場では、その方法で問題は出ないと思うんだけど、その廃工場には、きっと何か、厄介な原因が残っていて、発見されていないのよ」


「ああ。赤い病院みたいな?」


吹雪はニコリと笑った。


「例の画家のサナトリウムね。それが本当に引き離された恋人の墓に原因があるのなら話は簡単よ。でも、それから長い間に多くの事件が起こっていて、もはや引き離された恋人同士の想い、とかいう問題では無くなっていたら、退魔師は、ただ祓うのではなく、見立てを行わなければならないの。

もつれた糸をほどいて、一本の真っ直ぐな糸に戻さないと障りはなくならないのよ」


「見立て…?」


「占い、と言えばわかりやすいわね。

元々、卜占というのは、祓いにおいて、見立てをするための技術なのよ。

人の運命なんて範疇外よ。

ただし、その人に障りが降りかかっているのなら、はっきりとした答えが出るでしょうけど」


「星占いとかとは違うんだ?」


「星を読む、技術もあるわよ。それは世界の動きとか未来に起こる大きな出来事を読む卜占で、例えば東方の三博士が救世主キリストの生誕を星を読んで知り、探しに来た、なんて伝説にも残っているわね。


今日のラッキーナンバーなんて、どうやっても分かるわけはない、とは思うけど」


安彦は占いのことなど何も知らなかったが、意外とまともな技術らしいのに驚いた。そう言うと吹雪ちゃんは真面目腐って。


「錬金術は今日の科学の土台となっていることは知られているけど、錬金術の土台にユダヤの占術カバラがあることは、あまり知られていないのよ。

占術の理論体系は中国でも西洋でも科学の基礎になっているのよ。


でも、今の星占いは、本来の卜占というよりは呪に近いものよ。

今日、やすひ…、あんたが永信にやられた呪、つまりは強い暗示ね」


安彦は、吹雪ちゃんが自分の名前を言いかけたことにときめいたが、知らないふりをした。


「えっ、あれって、ただの暗示なの?」


「複雑に様々なテクニックが組み上がった暗示は呪となるわ。

例えば洗脳と言われると、とても科学的なことのように思われるけど、本当は古代からある暗示のテクニックの応用に過ぎない。

だから占い師とかが、芸能人を洗脳したりするでしょ。彼らに特別な学識があるわけではない。古臭い手管に過ぎないのよ。


星占いの、例えば射手座は元気で活発、とかは、そういう暗示にかかると、なんとなくそうなような気がしてしまう。


それが単純な意味での呪い、つまり呪なのよ。


名前も呪の一つよ。

安彦なら、安は安心とか安産とか、物事がうまくいく言葉よね。

彦は、神々の名前に多く彦が付くように、優れた男子、という意味があるのよ。

あなたは毎日毎日、その名で呼ばれていて、心にそういう呪が残っているのよ。


だから逆に、変な名前は悪い呪になるわ。

無理やり漢字を当てはめて、悪い文字を使ってしまったり、音にこだわって日本語の意味では良くない読みになってしまう、という場合、日本語で育っているその子は毎日毎日悪い呪が心に刻まれてしまうのよ。


永信叔父さんの呪は、複雑に組み上げられたものよ。

おそらく呪い用の小動物を殺し、その血を使って特殊な文字を刻んで、偽りの魔としているのよ。

結界の中で、殺された小動物の魂は、僅かな間、炎と香と読経によって、術者が自由に操れる魔、ひとがた、となるの。


チープな言い方をすれば、式神という奴ね。

退魔師は、神という文字を畏れて、使わないけど」


「なんだか、聞くとそんな簡単なことで、あんな魔になるなんて信じられない感じだね」


「呪の一つ一つは簡単なのよ。むしろ単純だからこそ有効とさえいえるわ。

呪いは、人を思うままに操る洗脳とかもできるけど、自分を洗脳することも出来るのよ。

スポーツ選手が、例えば遠くの的に玉を当てたりできるのは、毎日毎日、自分に練習という名の洗脳をかけている、つまり呪を行っているからよ。


退魔師も同じように自分に呪をかけて、呪を行っている。


だから、ひとがた、に襲われても、あなたはそこから呪の元が永信叔父さんだと気づいたのね。

まぁ、普通の人間が永信叔父さんクラスの人の呪を見破ることは無いはずだけど、あなたは退魔師の素質があるのかもしれないわね」


やすひこ、と呼ばれかけたのが、あなた、になってしまったが、退魔師の素質があるかも、と言われたのは嬉しかった。吹雪に近づけた気がした。


「心を操られない方法を教えましょうか?」


安彦は、是非に、と願った。


「操られる心が無ければいいのよ。ちゃんと修業した僧なら退魔師の術などにはかからないわ」


ええっ! と安彦は異議を唱えた。


「お坊さんの修行なんて無理だよ!」


だが吹雪ちゃんは瞳をギラつかせた。


「退魔師ならば、魔につけいられないために、誰でもする修行なのよ」


安彦は絶句した。


僧の修行をしろ、と言うのは、吹雪が安彦に突き付けた必要最低条件だったのだ。これ以上吹雪に近づくつもりならば、安彦は最低でも僧の精神を手に入れなければならなかった。

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