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神鳴りさんと夕立ちの午後  作者: 六青ゆーせー
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元服の儀式1

「わっ、何するんだよっ!」


源重郎の部屋を出ると、安彦はいきなり窪田道場の門下たちに囲まれ、あっ、という間に裸に剥かれた。

ひゃぁぁぁ! と叫んでいる間に、白い着物を着せられ、車に乗せられた。


そのまま拉致られるように車は疾走し、一時間。見知った場所に到着した。


「さぁ、お山に登りなさい」


提灯を持たされ、そういわれた。


ああ、そうか…。


と安彦は思った。


おそらく、滝に打たれるとか、そういった儀礼的なものが待っているのだろう。

なんにしろ、窪田は戦国時代より続く古い家柄なのだ。


山と言ってもそうたいしたものではない。

昔から窪田が神山として守っている、百メートルも無いような小さな森、それが「お山」なのだ。


山頂まで、道が続いている。

滝は頂上から少し先に下ったところだ。

安彦は裸足に草鞋を履いて、歩き出した。


毎年、大晦日には家族で詣でる、よく見知った山とはいえ、真夜中の森に提灯一つでは気味が悪い。

足元さえ、よく見えない。

しかも風があるらしく、安彦の周りでは巨木の葉が擦れるザワザワ、ガサリと木々がうねる音が常に安彦を取り巻いていた。


まぁ…、俺、霊感ゼロなんだけどね…、と安彦は苦笑した。


クラスメートの高橋の兄がオカルト好きで、安彦も何度か心霊スポットに連れて行ってもらったのだが、他のみんなが、何かを見た、とか、寒気がする、とか口にする中、安彦は冷や汗一つかかない鉄壁の絶対ゼロ霊感を誇っていた。


それでも見知った道、なんとか山の中腹まで歩み進んだ頃。

目の前に、巨大なものが立ち塞がった。


自分の足も見えない暗がりである。


その暗闇の中、百九十センチはある、巨体の関取が、無言でしこを踏んでいた。

顔面はイースター島のモアイのようで、額が分厚く突き出、分厚い顎が額を追い越さんばかりに頭蓋骨をガードしているようだ。


ドスン、ドスン、と地を打つ足の音の振動が、安彦にも伝わってくる。

関取は、光っている…、という訳ではなかったが、闇に浮かぶようにはっきりと見えた。


巨体だった…。


身長もそうだが、体重も百五十キロぐらいはあるのではないか。安彦の三倍以上は軽くありそうだ。近くで見ると、それはまるで大きな壁、だった。


これは…。


岩石のような手の平を、バン、と叩き合わせた。


安彦は関取を見、頷いて、巨岩のような肉体の前に立ち、腰を落とした。

関取は、両足を広く開き、低く構える。


E=MC2。


質量とスピードが合わさった時、大きなエネルギーが発生する。

それが、すなわち関取が体重を増やす理由だ。


巨躯の関取の立ち合いのパワーは、何トンというレベルに達するという。


安彦も低く構え、ゆっくりと拳を落としながら、息を静かに吐いた…。


窪田流剛体術。


丹田、というと分かりにくいが、チンチンとヘソの中間の体内に、昔の人は玉のような器官を想像した。もちろん、解剖学的には否定されているし、そんなものは無いのだが、体の中心と思えばいい。


そこに気息を集め、独自の呼吸をすること数分。

安彦は、ふぅ、と息を吐いた。


安彦が拳を土に付けた瞬間、関取も同じ動作をする。


立ち合いである。


関取が、動いた。

普通の相撲ならば、まわしを取りに行くのだろうが、安彦は白い浴衣だ。帯を取っても布がはだけるだけだ。

関取は、肩から当たりに行った。

体重三分の一の安彦なら、それで軽く吹き飛んでしまう。


が…。


安彦は関取を、ずん、と抑えた。

関取の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。


しばらくそのまま、力が均衡していたが…。


関取が揺れ、不意に持ち上がった。


どん、と安彦は関取を投げ飛ばしていた。


よしっ! と安彦が振り返った時には、関取は消えていた。


「いてててっ…」


安彦はうずくまる。


剛体術は、強い力を出す武術だが、むろん有り得ない力を出した肉体は普通の人間である。使った直後から強い筋肉痛に襲われる。

それをほぐすために、ヨガに似た柔軟を行い、何とか数分後、安彦は立ち上がった。


これが元服の儀式だったのだろうか?

しかし安彦は山に昇れ、としか言われていない。

道は、まだ続いていた。

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