精神攻撃
なんだ…、これは…!
何か読経のような声が聞こえてくる。
それは安彦にとっては、意味の分からない言葉の羅列だったが、一定のリズムがあり、不思議に心地いい。
そう…。香りのような物も漂っていた。
香水の様に生々しい香りではなく、微かに漂う、心の落ち着くにおいだ。
体は、温かい風呂に入っているようにポカポカしてくる。
安彦は、その、温い湯の中に、ぽっかり浮かんでいるようだった。
ああ…、いい気持ちだ。
読経の声は、まるで心を休ませればいい、そのまま湯に浸っていればいい、と言っているように、体の全方位から聞こえてくる。
その声自体が、まるで安彦を癒すマッサージのように、皮膚を緩やかに揺らす振動だった。
ふぅ…と安彦は、眠りに落ちそうになった。
だが、心の底で、微かな違和感がある…。
何だろう…、心に、ちょっとしたささくれがあるような…。
なにかを思い出しそうな…忘れそうな…何が…、そんなに引っかかっているんだか…。
大きな眠りの波が安彦を襲った。
くらり…、と茫漠とした日溜まりに落ちそうになり、一瞬、自我を失った安彦は、あっ…、と思い出した。
「そうか!」
大声で叫んだ。
「あんたは、こうやって人を操っていたんだな、中島永信!」
心からの怒りだった。
安彦は読経の声を知っていることを思い出したのだ。
そして同時に、声の主、中島永信の思惑に気づいてしまった。
どんっ!
と霧が、安彦から飛退いた。
瞬間、吹雪が、気、のようなものを霧にぶつけた。
霧は、空中でかき消えた。