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ホームセンターの棟は二階建てで、上階はサイクルショップになっている。


エスカレーターで移動した僕たちは新品の自転車達には目もくれずフロアの端を目指す。

そこからアーチ型の連絡通路が伸びていて、道路を挟んだ本棟のショッピングモールの二階部分と接続している。


床以外がガラス張りになっている通路に、僕たち以外の往来はなかった。

降り続く雨がガラスにぶつかり、雫が筋となって流れ伝わり落ちる。洗車中の車の中にいる気分だ。眼下では自動車が水を撥ねながら走り過ぎていく。


空中廊下を渡りきるとユーリさんが顔をこちらに向けた。


「付き合ってくれたお礼に何か奢ってあげよう」


そう言ったけれど、その何かというのはもう決まっているようだった。


ショッピングモール二階の一角はフードコートになっていた。

たこ焼き屋やクレープ屋には目もくれず、ユーリさんは少し離れた場所にある有名なアイスクリームショップの前で足をとめた。


「今だと期間限定で二個頼むともう一個付いてくるって。君は何にする?」

ディスプレイの前で、ポップに書かれた宣伝文句をそっくり読み上げながらうきうきした声を上げる。


「僕はひとつでいいですけど」

「なんでそうノリ悪いかな。じゃあ私が勝手に選ぶので、どれが来ても責任もって食べて下さい」


仕方なく僕は、バニラとベリーベリーストロベリーとマスクメロンと言ったあとで、己の嗜好に忠実な選択を後悔した。それを聞いたユーリさんは案の定にやにやした顔で、

「見かけによらず、中々の甘党なんですね」

と揶揄する。

甘党も何も、アイスクリームは総じて甘いだろうと反論しそうになった。


「私が精算しとくから、先に席に行ってていいよ」


言われるがままに僕は近くのテーブルに場所をとり、隣の椅子にキャットフードを重ねてから腰を落ち着けた。


曜日も平日、時間も時間だから、フロア内は全体的に閑散としている。

普段人の溢れる場所には自然と拒絶反応を起こす僕でも、その時間帯なら心穏やかに過ごせた。


数分もしないうちに背後でユーリさんの声が聞こえた。


「お待たせ致しました、バニラとマスクメロンとベリーベ」

「言わなくて良いですから」

半ば引ったくるようにやたらカラフルなカップを受け取る。

と同時に、ユーリさんが持った彼女の分のアイスが視界に映ると、僕は思わず二度見してしまった。

それは三つすべてが緑色、すべて抹茶味だった。


僕はピンク色のプラ製スプーンで一番上のバニラをつついた。口に運ぶと、冷たさに上あごが異常反応して思わず目を細めてしまう。

テーブルの対面では、愉しげにアイスクリームをほおばりながら至福の表情を受かべるユーリさん。


「なんかこういうの、大学生の特権って感じだよね。平日の午後にのどかにアイスをつつくなんてさ」


そんなの別にニートか定年後の老人ならいつでも可能だろうと思ったけれど、老人に若さはないしニートには社会的にも精神的にも平安はないから、彼女の感想ももっともかもしれない。僕は黙ってうなづいた。


「そういえばさ、実際は31種類は置いてないらしいよ。大体28種類か32種類なんだって。アイスのバケットが入った冷蔵ケースって、1区画が4種類みたいなのね。よって必然的に4の倍数になるらしいよ」

などといった蘊蓄も披露しながら、幸せそうな表情で食べ進めていく。


「ところでさ」


一個目を食べ終わったタイミングで、おもむろにユーリさんが問いかけてきた。


「ミサキ君はさ、仲良しの友達とかいないの」

「いませんね」仲良しか否か以前に友人はいない。

「同じ高校から進学してきた同級生もいないの?君ひとり?」

「僕だけですね」そもそもそれが進学理由の一つである。

ユーリさんはスプーンをくわえながらふんふんと相槌をうった。


それからも彼女はいろいろと質問を続けた。

学校の授業のこと、家族構成、趣味、好きな音楽家。

面接官と求職者みたいに、僕は最小の文字数で簡潔に答えた。

何でもユーリさんは幼少期にピアノを習っていたらしく、音楽室の後ろの壁に飾ってある肖像くらいしか知らない僕はいい話し相手にはなれそうもなかった。


そうして話をしているうちに僕は、長い時間先輩と真正面から顔を突き合わせるのは初めてかもしれないと思った。

これまではチャトを眺めながら並んで会話をするだけだったから。


改めて見た先輩の顔は、大げさな長所も欠点もない。すらりとした鼻筋に、控えめな唇。笑うと覗く犬歯。肩口までの髪は天然色で、化粧っ気がそれほど無いので本当の年齢よりいくらか下に見られることも多いかもしれない。丸い目はどこかチャトに似ている気がした。


アイスの二つ目がなくなり、最後の一個にとりかかる。


「よく飽きないですね。全部同じで」

「コーラは飽きるけどお茶は幾らでも飲めるでしょ。飲み物と同じ」

同じかどうかは判断しかねる。


「それはそうと私、前から気になってたのだけど」

「何ですか」

「これって、重ねる順番はマニュアルあるのかな?その時の店員のきまぐれなのかな」

「順番」

「うん。例えば今日の君のは長男がバニラで次男がストロベリーで三男がメロンだったけど、同じ組合せを別な日に頼んだら、果たして同じ並び方で出てくるのだろうかと、素朴な疑問」


だんご三兄弟みたいな表現に、思わず口許が緩みそうになった。


「だって回らないお寿司屋さんだとさ、ネタの味が淡白な順で握るじゃない?濃い味の後の薄味は味がぼやけてわかんなくなるから」


そう言われると、昔読んだ寿司を題材にした漫画の中で修行中の主人公がそんなことを親方に言われていた気がする。


「それと同じ原理がアイスクリームにも当てはまるんじゃないかと思うのですよ」


確かに彼女の言う通り、例えば先にチョコレートを食べてしまったら後のバニラの味が解らなくなってしまう理屈は理解出来る。


「言いたいことは分かりますけど」

「でしょ」

「だけどユーリさんには対岸の火事みたいな問題じゃないですか?どのみち全部抹茶なんだから」

「それはそうだけど、そんな、身も蓋もない」


少しだけ揶揄も混じった、木で鼻を括るような僕の返答に、ユーリさんは塩をふった青菜みたくなってしまったので、


「まあ、どうしても気になるのなら、僕が次も同じラインナップで頼んでみますよ。それで答え合わせが出来るでしょ」


何故か慰めるようにそう言って、それから考えた。

また彼女と一緒にアイスクリームを食べに来ることなんて、この先あるのだろうかと。


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