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外はいつの間にか雨が降っていた。


会計を終え店を一歩出たところで、ユーリさんは立ち止まって空を見上げた。


「やっぱ来たか。朝から降りそうだったもんね」


僕は片手に二袋ずつ、合計五キロ弱のキャットフードを提げたまま、舞い落ちる雨の粒をじっと眺めた。


それは道行く人の肩先を濡らし、車のバンパーについた泥を洗い流し、渇いた地面を濃紺に染めていく。


口から空気を深く吸い込み、鼻から吐き出す。


いつからは僕は、雨が好きだった。

雨の日のアスファルト舗装の匂い。雨を運んでくる灰色の雲の群れ。雨粒が屋根のトタンを叩く派手な音。

雨音で起きる休日の朝。

よく雨は人を憂鬱にさせるというけれど、どうして世間一般は雨を疎むのだろう。雨天や曇天よりも晴天が是、というほど、雨は人々の生活に辛苦をもたらしているのだろうか。

そもそも雨に対する悪天候という表現が、僕の腑に落ちない。どうして雨が悪者で太陽が善という二項対立が発生するのだろうか。雨天日に雨天という理由だけで気落ちする人間の心情も複雑怪奇だ。

もっとも、僕はそういった、雨がもたらす世間や人々の陰鬱さや、負の雰囲気の中にいることが心地よいのかもしれない。昼間なのに蛍光灯を要するようなうす暗い廊下や教室は、やけに心が落ち着くのだ。

あと半月も経てば梅雨がやってくる。平穏な季節がすぐそこまで来ている。


「何朗らかな顔してるの?」


ユーリさんの声で現実に引き戻された。いつの間にか僕は朗らかな顔をしていたらしかった。

このような空模様の日はいつもそうなのだろうか。


「もともとこんな顔ですけどね」

「嘘だ。いつも徹夜明けみたいな顔してるくせに」

「大学に来てから、夜更かしに拍車がかかってるのは確かですけどね」

「ちゃんとした時間に寝ないと成長しませんよ」

「とっくに成長期は終了してますけどね」

「だいたい深夜まで、何をすることがあるの」

「まあ、田舎と違って、こっちは深夜番組が豊富みたいで」

「成長ホルモンを無駄にしてるね」

「そういうあなたは、成長期に寝すぎたんですね」

「そうか、君はロリコン趣味だったか」


ユーリさんの身長は女子では割と高めの方で、あまり背の高くない僕と視線の落差はさほどない。

僕は小児性愛者の汚名を拭う気も起きず、ほとんど黙殺した。そして雲を見上げ、


「それよりどうします、雨。やむ気配ないですけど」

呟きながら彼女の装いを一瞥した。


ラフなコットンのパーカーに、足下はキャンバスシューズ。防水性はかなり低い。

リュックの中身は分からないが、今の時代常に折り畳み式を携帯している人の方が稀だろう。


「買ってきた方が良いですかね。傘」


背中にたっているのは渡りに船のホームセンターだ。傘なんてデッドストックになるほど置いてある。


しかし僕の提案に対し、ユーリさんは急に神妙な顔つきになった。


「傘っていうとさ。傘ってものはいつまでたっても進化しないよね。」

「なんですか急に」

「これだけ世の中いろいろ便利になってきてるのに、傘だけ形も役割も発明時から全然変わってないよね」

「はあ、まあ」

「それに傘を差したから濡れなくて済むってわけじゃないし。肩とか、ズボンの裾とか、必ずやられるし。ちょっとでも横風があろうものならすぐ無力化だし。これって絶対メーカーの怠慢よね。そんな物のために片手を犠牲にしなきゃいけないなんて怒りさえ沸いてくるの」

僕は彼女の瞳の奥に青く揺らめく静かな炎を見た。


「確かに、ごもっともです」

「結論。だから傘は買わなくていいよ」

いつものニコニコ顔に戻った。


「だいたい君、両手塞がってるじゃん。私と相合い傘しようって魂胆が見え見えだね」

「その両手を塞ぐきっかけを作った本人には触れないんですね」

「酷なことをさせる人もいるんだね」


口をすぼめたとぼけ顔に僕はあきれ笑いをした。


「それで、無抵抗のずぶ濡れで帰るんですか?その憎い傘への反抗の為に」

「そんなことしたら湿気っちゃうじゃん」


非難を込めて彼女は言うと、僕の両人差し指第一間接のフックにぶら下がっている袋を指差した。


「ひとまずここで止むまで雨宿り。別にいいでしょ?どうせ急ぐ用事もないんだし」

「いつになるか分かりませんけどね。そもそも止むかどうかも疑わしいし」

「時間の潰し方なんて123通りもあるんだからさ。さ、行こ行こ」


回れ右をすると、口笛をふくようなしぐさで入口に引き返した。何をもって123通りなのか聞くのも億劫だった。


踵を返しユーリさんの背中を追って自動ドアを入った所で、僕は時計を見る。


二本の針は、もうすぐアルファベットのエルの形を作ろうとするところだった。



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