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「ちゃんとやってるね。関心関心」


目下絶賛食事中のチャトの脇、そこら辺から拾ってきたコンクリートブロックを腰掛けに飼育委員の仕事を全うしていた僕は、その声の発信源に振り向く。

そして直ぐに首を戻す。


微笑をたずさえて歩み寄ってくるのは、僕がいまここにいる理由を作った張本人である。

というより、何か明確な目的を持ってこの校舎裏を訪れる人間は、きっとこの学校で僕と彼女より他にないだろう。


両手首から先をパーカーのポケットに隠したユーリさんは、相変わらず上機嫌なオーブを纏って僕の隣に並び立った。

この人には基本的に笑顔以外の表情は無いのだろうか。


彼女を一瞬仰ぎ見て、やれやれと言わんばかりに僕は嘆息した。

「結局来るなら、分担した意味が無いと思うんだけど」


あの日ユーリさんが僕を飼育仲間に引き入れると、その場で早速決めたのは餌やりの分担だった。


こちらの要望などまるで聞かず、何を基準に決めたかもわからないまま、決議として僕の登板日が月曜と木曜。それ以外はとりあえず彼女が来てくれることになった。

問題なのが大学が休みの週末である。

土曜は幸いユーリさんが出校日らしい。教職課程をとっているらしく、必修科目が土曜に置かれてるとの事だった。

そうなると日曜は僕が命じられるのが規定路線かもしれない。もっとも大学まで徒歩五分だから不承不承と腹をくくったが、結論は意外。

「ま、1日くらいは大丈夫でしょ。食べない日があっても」

融通の利く人で少し助かった。


翌日から当番制が敷かれると、僕は律義に校舎裏を訪れ始めた。


元々一人で惰眠を貪っていた昼休みだ。ある日過ごす場所が変ろうが不思議がる者も咎める者もいない。

誰も僕のイレギュラーには気付かない。

僕には気の置けないご学友がいない。


反対にユーリさんには、さぞかし愉快な仲間たちがいることだろう。

サークル活動などに頼らずとも、こういう人には自然と質のいい友達ができる。そういう天性の人心掌握術を彼女は持っていると思う。


だから休息日くらい役目を僕に押しつけて、おとなしく学食のビュッフェなんかで選り取り見取りでもしていればいいものを、お休み返上で僕の勤務状況をチェックしにやって来るのだった。


構図としては校内清掃からのエスケープを図る健全な高校生が僕、さしずめ彼女はそれを監視するめざとい風紀委員というところだろうか。

そんなに信用ならないなら、はじめから動物愛護サークルの会員でも誘えばいいのに。そんな謎サークルあるかも知らないが。


僕の至極真っ当な指摘も我に関せずと言った風に、ユーリさんは膝を抱えてしゃがみこむ。

「別に君に逢いに来てるわけじゃないからね」

彼女の視線の先でチャトはキャットフードを平らげ、缶の内側をペロペロとなめていた。

「綺麗に食べたね。大きくなるんだぞ」

さも愉しげに言うやいなや、突如彼女は、ん?と何かに気づいて、それまでお日様模様だった表情を曇らす。

縁の下を覗き込むようにしてチャトの鼻先を確認すると、山中でイルカにでも会ったかのように、信じられないという目を僕に向けた。

「ちょっと、なにこれ」

そう言いながら猫の缶詰めを指差す。黒目をさらに丸くする。

明らかに非難のこもった眼差し。

どうやら僕は今、怒られているようだ。だが心当たりがない。もしや猫の缶詰めと間違えて人間用ツナ缶を食わせたのであるまいか。

しかし確認したパッケージには万人受けの愛くるしいふわ毛の子猫。不覚はない。

ちなみにコレ、僕の昼食のハムレタスサンドより高単価商品なのである。もっとも愛猫家ならこれしきの事で財布は泣かない。


ユーリさんは息をついた。

「まあいいや。ところでミサキ君、明日は何限まで入ってるの?」

「3限、ですけど」

僕の答えを聞くと、ふんふんと笑みを浮かべた。

「じゃあ、その後合流して、買い物にいきましょうか。私は午前で終わりだから、君の放課をしおらしく待っててあげるよ」

「買い物、って、何の買い物ですか」

「何を期待してるか知らないけど、目的はチャトのご飯ね。君が私とショッピングデートするなんて数年早いよ」

いたずらっぽく、憎たらしくにやつく。

「別にそんなこと」

正直早とちりしかけたのは否めない。

「真面目な話、最初に買ったストックが丁度切れたとこなの。まとめ買いしたいんだけど持ち帰るのがひと苦労でしょ。だから君が半分手伝ってよ。どのみち帰っても暇でしょ?」

ニコニコしながら気に障る発言をする彼女。

しかし僕は反論しようとして、口をつぐんだ。悔しいけれど暇なのは事実だ。


僕の返答を聞くまでもなく待ち合わせ時間と場所を指定して、それからユーリさんは内に巻いた腕時計の盤面を見た。脈を測るみたいに。

「そろそろ授業に戻らなきゃ。では明日、よろしくね」

慌ただしく立ち上がり、去り際手をひらひらさせて僕に笑みを投げると、やはり慌ただしく校舎の角に消えていった。


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