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暴走娘、マカロンで尋問される

「見てらっしゃい寄ってらっしゃい」

 掛け声と鳴り物が聞こえる。私たちは声のかかる方に向かった。なにかやっているようだけど、人混みがひどくて私の身長じゃ何も見えない。仕方ないので私は浮遊魔法で飛び上がった。

「アリス、その魔法って」

 お兄ちゃんの声に、私は慌ててお兄ちゃんの背の高さよりほんの少し低い位置まで降りる。浮遊魔法と言えば、普通は鳶職の人が転落時用に身につけている魔道具か、国やお金持ちが使う特急密書便、魔法騎士ぐらいの印象だ。いくら魔法学校がある王都だとはいえ、私みたいな子どもの魔法使いが屋根より高い場所を遊び半分で飛んでいるなんて、色々と騒ぎになりそうで面倒くさい。

 私は広場に目を向けようとして、ふとお兄ちゃんと視線が合った。見回したその風景は初めて見る風景だけれど、見慣れた人たちでもあった。リルが見ていた視線の高さだ。

 魔道王リルは、お兄ちゃんよりはるかに高い位置の権力者で魔道士のはずだけれど、その地位にたどり着くまでの苦痛や恐怖、そして昏い二百年の統治でやっと育った心の身長は、それでもお兄ちゃんの背に、ほんの少し爪先だちをして届くほどの距離だったのかもしれない。

 どこかくしゅっとした気持ちになり、私はお兄ちゃんの左腕に自分の右腕を絡めてから広場に目を向けた。

 広場の中心では、毛皮の服をまとったおじさんが細身の宮廷服を着たお兄さんと剣の舞を舞っていた。細身のお兄さんは体型どおりにレイピアを、毛皮のおじさんは広刃の長剣を滑稽な仕草を交えながら奮っている。女性陣は細身のお兄さんに黄色い声援を送っていて、お兄さんは時折笑みをみせていた。

 でもね、たぶん。腕が立つのは毛皮のおじさんの方だ。よろけて見えるくせに、実はバランスを崩していないし、何度も空振りして首を傾げてみせているけれど、あの剣は風切り音から見ても本当に重い剣で、何度も空振りできる体力がとんでもない。

「あのおじさん、さっきの衣料品店で会ったバルマーが応援しそうだね。筋肉だし」

「たしかに筋肉好きだけどね、バルマーさん」

 お兄ちゃんの言葉に苦笑する。バルマーさんと違ってかなり繊細な剣技も身につけていると思うよ、あの人。でもなんであんな優秀な戦士が大道芸をやっているんだろう。

「さすがは爆炎の棟梁だけあるな」

 隣にいた騎士が感心した声ながら悲しそうな顔をしていた。私は気になって声をかける。

「おじさん、爆炎の棟梁ってなに?」

「あの剣士、ああ見えて爆炎騎士・スルトの直系なんだよ」

「直系が余興をやっているの?」

「いや、直系だからだよ。傍系はあちこちの貴族やら騎士長になっているんだが、直系は平民で騎士にもつけない規則があるんだ」

 穏やかではない話に私はお兄ちゃんを振り向いたけれど、お兄ちゃんも首を傾げる。すると騎士はお兄ちゃんのかばんに入っているそろばんを見ながら言った。

「財務コースの一年生ぐらいかな? それならまだ習わない範囲だからね。爆炎騎士・スルトは現王家、つまり氷の魔道士ジュピターと対立して、その意思を継いだ長子は現王家と袂を分けたんだ。ただ次男や三男は普通に現王家についたから、その話は歴史マニアか貴族、私たち騎士、そして官僚たちしか知らないってことさ」

 私はあらためて、滑稽な動きをしている男をみる。と、いきなりその男の動きが変わった。凄まじい剣速と圧力で一息に先ほどの美男子を追い詰め、ついに彼は大股開きでへたり込んでしまった。

「さあさ次、俺と対決できる奴はいないか? 長剣、長槍、短剣に暗器、なんでもござれだ。何なら魔道士さんが魔法を仕掛けてくれてもいいぞ? 周りに迷惑はかけない魔法でな」

 喉が渇く。この人を舐めた台詞。そして、魔法で迷惑をかけるなという言葉。先ほどの太刀筋。

 懐かしくも呪わしい悔恨の昏い想い。

 呼吸が苦しくなる。瞳が真紅に染まっていく。尽きたつもりでいた破壊衝動が急激に疼く。

「あーあーあーっ!」

 私は思わず叫んだ。私リルは叫んだ。スルト、スルト、スルト!

「爆炎の! そこになおれこの腐れ騎士がその首焼き尽くしてやる!」

 私は真ん中に躍りでようとする。お兄ちゃんが足を掴んだけれど振り払って飛び込んだ。

 魔力を解放する。復活して以来で最大限に解放する。

 止まらない。溶け消えかかっていたリルの魂が明確に尖り、けれどかつての大魔王と呼ばれた穢れから離れた幼い気持ちのまま私の中心を占めた。

「隕鉄! 剛流! 爆炎! 爆風! 毒闇!」

 呪文詠唱を省略。圧縮呪文により地、水、火、風、闇の五大呪文を同時起動。

「絶望に巣食う邪心よ呪詛にて我が名を統べよ」

 呪詛により呪力を結合。五大呪文を再起動。魔法杖に付与。

 呪詛の声が耳を穿つ。路面舗装に天よりぼたりぼたりと昏い血の色が流れ太陽は緑青色へと変色していく。私は哄笑した。

 広場を取り囲んでいた観客が叫び声をあげて我先にと逃げ出した。先ほどの騎士や対決していた美男子までも、手近にいたおじいさんと子どもをかばいながら逃げていく。

「あははははははははははははははは」

 杖に魔力が集中して暗黒の球体が現れ、球を五本の首を持った龍が食い破って這い出した。

「なんだこのガキは? 学園の異能児か」

 棟梁は先ほどの剣を地面に叩きつけた。大剣が割れて中から真紅の燃えたつ細身の剣が現れる。

「よく持っていたな余が与えた魔剣を! さあ力を見せろそして死にさらせ!」

 五大龍が棟梁を襲った。だが棟梁はまずその剣で爆炎の首を打ち払った。

 隕鉄の首が棟梁を打ち据えようとして空振りする。

 爆風が棟梁を竜巻で吹き上げようとして足だけをひっかける。

 剛流が天より濁水を召喚して棟梁の体を溺れさせた。

 毒闇が太陽下、毒霧を生成させる。

「馬鹿アリス! 何やってるんだ馬鹿アリス!」

 毒霧を降らせかけたそのとき、お兄ちゃんの声が耳に届いた。

 何を、やっている?

 何をしているの私。

 私は。私リルは。ううん。

「アリス!」

 この時代の私は。

「アリス!」

 私は、お兄ちゃんの妹の。

「私は、アリスだ!」

 毒闇が一気に晴れ渡り、太陽が本来の色を取り戻した。鎌首をもたげていた龍は姿を消し、そしてその場には爆炎の棟梁と私、そしてお兄ちゃんだけが残っていた。

「アリス」

 私がおずおずと振り向くと、すさまじく怒った表情のお兄ちゃんが立っていた。むにっと両頬が引っ張られる。

「おにいひゃん、いひゃいいひゃい」

「痛いどころじゃないぞ。何だこれ」

「伝説の、魔道王の決闘呪法」

 棟梁が呟くような低い声で言い、私とお兄ちゃんを睨みつける。

「あの、アリスは天才児で魔法が得意で」

「ただ魔法が得意な小児が、この五百年間で喪われ再現されることのない、魔道王の呪法を復活させたと?」

 お兄ちゃんの目が冷たい。氷の魔道士かと言いたいくらい冷たいんですが。

 棟梁は私をじっと見つめると、いきなり駆け戻って鞄を開け、何か箱を取り出した。そして無表情のまま、私の口に何か赤いものを押しつける。

「マカロン美味しい」

 私は思わず食べてしまい、ふにゃっとした。

「君は魔道王リルの転生者か」

 言ってまた黄色いマカロンを押しつける。ぱくりと食べて、ヘーゼルナッツ味がおいしい。

「そうですよー」

 私はふにゃっと答え、はっと気づく。お兄ちゃんが絶対零度の視線を向けて天を仰いだ。棟梁は私の肩を叩いて言った。

「ご先祖様の伝承どおりの御力だな。だがどうも、幼くなっておられる?」

 棟梁は青いマカロンを手の中でもてあそびながら私をじっと見つめる。

「もうやけっぱちで全部話すから、その箱のマカロンを全部ください」

「アリス、虫歯になるから三個まで」

 私とお兄ちゃんのやりとりに、棟梁は大きな溜息をついて言った。

「とにかくいったん、目立たないところに逃げようか」

 騎馬隊がこちらに駆けてくるのが見える。私はお兄ちゃんと棟梁、そして私に認識阻害の魔法をかけ、慌てて人混みへと二人の手を引っ張った。

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