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お兄ちゃん、全力で計算する

「おじさん、お兄ちゃんと協力して魔法を使っても良いかな?」

 出店のおじさんはにやっと笑って言った。

「協力は全然良いぞ。あっちの子もお父さんが手伝っているだろう。ただし料金は二人分だ」

 見ると、ビアンカさんたちぐらいから上のカップルたちが一緒に遊んでいる。まあ二人で両手をつないで魔法を使うとか、弓を使う騎士学校のちょっと格好良い男子を、女子が風魔法で応援するとかいった感じで、どちらかと言えば協力を言い訳にした公然イチャイチャ時間という感じ。

 あとは、私より年下の子たちがお父さんやお母さんに手伝ってもらっているってところか。おじさんの目には、私は大魔王にあこがれる幼い子どもってとこかな。アデリーヌならアデルと協力したのかな。いや、きっとアデルはアデリーヌと決闘だね。

 そういや私の周り、ああいうカップルはいないな。カイラは狙っているけど排除してるし。他は酒が恋人か戦闘が恋人か研究が恋人か恋物語より怪談が好物か。ビアンカさんは本人の意思にかかわらず、女子生徒にもてる人だし。

 色々考えて話等は小さく吹き出してしまった。次いで私はお兄ちゃんを仰ぎ見る。お兄ちゃんは二人分の料金を払うと、私を的に近い方へ連れて行こうとした。

「お兄ちゃんそっちじゃないよ。こっちだよ」

 私はぐいぐい引っ張りっていちばん端っこ、銀の指輪狙いの場所に立った。

「アリスの魔法でも無茶だろ? 力任せは駄目なんだし」

「ふっふー、さっき言ったでしょ。新しい魔法を考えたって。お兄ちゃん、おんぶ」

 お兄ちゃんは首をかしげつつも私をおんぶする。私は左手をお兄ちゃんの額に当て、五本の指をしっかりと押し付けた。

「お兄ちゃん。十秒ほど頭痛と、馬鹿みたいにたくさんの数式が頭に流れるけど我慢してくれる?」

「頭痛って、どのくらい?」

「風邪ひいたときぐらい、だと思う」

 お兄ちゃんは体を硬くして黙り、あらためて口を開いた。

「本当に、風邪ぐらいだよね?」

「大丈夫。そこは私、計算しているから。というか私はお兄ちゃんのことが大好きだし」

 お兄ちゃんが苦笑するのが肩越しにでもわかる。私は魔法杖を右手に構え、おじさんに声をかけた。

「じゃあ始めるよー」

「おー。馬鹿力の魔法は駄目だぞー。一応はみんなどけとけ!」

 おじさんも私たちに不安を感じたのか、だが少し馬鹿にした感じで他のお客さんをどけさせる。私は周囲の様子を確認し、普段は抑制している魔力を解放した。赤眼が濃く輝き、私の体の周囲に魔力の保護層が自動的に浮き上がる。次いで私は、右手の魔法杖で先ほどの魔法陣をお兄ちゃんの頭の上に一気に描き上げた。

 展開した魔法陣が闇を吐き、次いで金色の光を放って私たちを虹色に包み込む。私はお兄ちゃんの額に力を込め、一気に距離、魔力規模、魔法種類、風向、風力、風の渦、重力、私たちの高さで組んだ重積分関数を何本も起こしてお兄ちゃんの頭の中に送り込んだ。

 お兄ちゃんは目を見開いて、うわ、とうめく。計算解が私の頭脳に準備していた呪文の空白に次々と埋め込まれていく。

「ご破算で!」

 私は叫び、魔道王史最大に絞り込んだ、針穴よりも細い魔法をぶっ放した。当然に渦風で逸れるけれど、その逸れた先に指輪の袋を止めている針金に到達し、背後の壁に当たることなく針金のみを焼き切った。

「おっっしゃー!」

 私は両手を上げて万歳し、危なくお兄ちゃんの背中から転げ落ちそうになってお兄ちゃんに抑えられる。私は慌てて飛び降りてお兄ちゃんに向き合った。うわ、ちょっとお兄ちゃん顔色悪い。

「何今の? なんか数学の授業一コマ分ぐらいの計算をさせられた感じがしたんだけど」

「ごめん。私の魔法のうち方向制御に必要な計算、お兄ちゃんに肩代わりしてもらったの。たぶん授業一コマ分って合ってると思うよ」

「魔法制御ってそんなきつい計算、やるの?」

「まっさかー。普通は職人的な勘とか大まかな計算だよ。大規模魔法でもここまで精度の高い魔法計算なんて、医療魔法でも滅多にしないと思うよ」

 言ってふと、カイラは回復魔法の使い手としては優秀でも、癌とか脳血管を治す魔法はあの頭じゃ一生無理そうだよね、と余計なことを思う。お兄ちゃんは呆れた顔で私をじっと見つめて言った。

「もしかして、計算の肩代わりって」

「魔道王ですら初めての魔法だよ。少なくとも魔道王治世時代のジュピターもやっていないはず。現代の安定魔法がないとできない魔法なんだ。それからお兄ちゃんのとんでもな計算能力がないと無理」

「それって、僕とアリス以外じゃ使えない魔法じゃないか」

 くくく、と私は怪しい笑い声を発する。と、周囲から拍手が巻き起こった。

 おじさんが捧げるようにして指輪をきれいなガラスの皿に載せて私たちの後ろに立っていた。

「おじさん、実は魔法学校の実業魔法コース卒業生なんだよ。だから魔法じゃ無理なことをわかっていながらこの指輪を置いていた。まさか取る子がいるとは思わなかったよ」

「うちのアリスは天才ですから」

 お兄ちゃんは慌てて言って私の両眼を手で塞ぐ。私は慌てて解放していた魔力を抑え、普通の赤眼に戻した。お兄ちゃんの手をどけ、私は指輪を摘みあげた。

「君は見た目、九歳か十歳ぐらいに見えるんだが」

「私は十歳、飛び級入学した魔法学校一年生だよ」

 周囲から驚きの声があがる。ちょっとバカップルっぽい子は「飛び級」ってところに驚いているだけのようだけど、魔法学校や騎士学校の生徒はもっと深いところで驚いているみたいだ。

「アドルフォと喧嘩した一年坊主って、もしかしてあのチビっ子じゃない?」

 奥にいた、尖り帽子をかぶった長髪のお姉さんが私を指差し、長剣を持ったお兄さんに囁いている。お姉さんは細身の美人さんで、騎士学校らしきお兄さんの方もお話の王子様みたいだ。

「あの男子、算盤を持っているから財務コースの一年生かな。財務だから魔法ができるのかな」

 いやそれなんか違うと思うけど。やっぱ騎士コースは脳筋中心なのかしら。

 次第に魔法に詳しい人たちが集まり始めた。お兄ちゃんは指輪を受け取り、それを私の薬指にはめる。簡単な魔法がかけられていて私の小さな指にもぴったりと収まった。

「おじさん、ありがとうございました!」

 お兄ちゃんは私をお姫様抱っこすると、慌てて店を飛び出した。


「なんか騒ぎになっちゃったじゃないか」

「学園が近いから、魔法に詳しい人が結構多かったんだね」

 私はあらためて指輪を確認する。銀製と言っていたが、さっき言ったとおり大きさを合わせる魔法がかけられている。表面には細く蔦草の飾りが彫られており、不規則にキラキラ光る石が埋め込まれていた。

 お兄ちゃんはおじさんが指輪と一緒に渡してくれた、指輪の説明書を読んでくれる。

「なんかこの光っているやつは隕石だってさ。成分は鉄が主だって。まあ値段はそんなものかな」

 まあ、出店の指輪だから宝石はさすがにないか。でも隕石は宝石と言わないまでもかなり高い。当然にあの料金じゃ大赤字だ。お兄ちゃんは私の手をとってあらためて見ながら言った。

「ところでアリス。鉄の多い隕石の石言葉って知っているかい?」

 首をかしげると、お兄ちゃんは満面の笑みで言った。

「兄弟愛だってさ。僕とアリスの協力プレイで取った指輪にぴったりだ」

「すごいね。これは私の宝物だよ」

 本当にこの指輪は、アリスに転生して初めての新魔法とお兄ちゃんとの協力の記念の、本当に宝物だ。

 私たちは笑いあうと、魔法射的と反対側の出店の雑踏へと向かった。

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