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夏祭幻想

 中央の魔法学校行きは結局、担任の先生とオババ、両親も交えて話した結果、本当にお兄ちゃんと一緒に一年後、という結論となった。

 まず単に十歳だし、オババの診断が本当か一年経過観察しようという話。

 そして何より、先日のアデルとの喧嘩が問題になった。一人ではまだ行かせられない。全員一致で言われては肩をすくめるしかない。

 それに先月の歴史の小テストでお兄ちゃんの成績がぐんと上がったおかげもある。苦手科目を克服しつつあるお兄ちゃんを待っても大丈夫だろうというのが大人たちの判断だった。

 私も現代がどのような社会と技術水準にあるのか、ほぼ全く把握できていないアリスの知識だけで中央の王都まで行くことには不安があった。残った期間で田舎でもわかる範囲の情報は集めておきたい。例えばこれから夏祭りが始まるが、私の時代とは色々と儀式は異なるらしく、出店もあるという。

 だから夏祭りでお兄ちゃんと一緒にお店を観て歩いたり私の舞をお兄ちゃんに観てもらったりできるし、秋にはアデリーヌと栗拾いしてお母さんとお菓子作ってお兄ちゃんに美味しいって言ってもらって、そして冬にはアデルと雪合戦していっぱい遊ぶの。

 じゃ・な・く!

 何だったっけ。そう、情報収集を行うのだ。私の頃とは魔法の体系すら異なっている部分もあるようだから、その辺りも調べておかないと、どこかで大事になりかねない気がするのだ。

 私はお母さんからもらった自由帳に計画を書き取っていく。冷静で論理的なときに書いておかないと、すぐに余計な感情に流されてしまう。そう、例えばこの自由帳でお兄ちゃんと一緒に日記書いた方が絶対楽しいのに、せっかくだからアデリーヌから習ったお絵描き歌でクマさん描こうかな。

 じゃ・な・く!

 アリスは年齢のわりに体も心もちょっと幼いくせに、感情だけでリルを引き摺り回してしまう。だから論理的でいられるときに、調べたことをこのノートにまとめておくのだ。覗かれるのは不安だから、ノートの表紙には魔法陣をこうやって描いて封印をしてやる。私の魔法陣を破れる者などいるはずがない。

 魔法陣を書き上げて確認すると、魔法陣の周りには舞を舞っているクマちゃんの落書きが無意識に描かれていた。


「アデリーヌが今年の姫役でよろしいですか」

 級長の声に、クラスのほとんどが拍手する。毎年夏至に開催される夏祭りでは世代毎に舞を披露する風習があり、中でも一人で中心的な舞を舞う役を姫役と呼ぶ。リルの時代にも子供の舞はあったものの、これほど大々的には行われていなかった。

 リルに十歳の頃のまともな記憶は無い。何か薬を投与され呪術を施されていたという、絶望の影が見えるだけだ。だからリルとして覚醒した私にとって、十歳の夏祭りは特別なもので、面倒臭いという子もいる舞の練習だって楽しい。

 アデリーヌはクラスで一番小さいけれど、その小さな体をつま先までぴんと伸ばして一本の立木となり、また次の瞬間にはしなやかな弓のように体を引き絞り、弾けて空中を舞う。その間、小さな風の魔法と氷の魔法も駆使して滑らかな動きを魅せ続ける。

 魔法だけなら私だってアデリーヌに簡単に勝てるけど、あの純粋な視線と目まぐるしく正確に動く全身のばねは、私には到底無理な話。それでもみんなと一緒に花の舞をやっているだけでも楽しい。なんと言っても、お兄ちゃんは見に来てくれるんだし。

 練習が一段落したところで、アデリーヌが私の側に寄ってきた。

「アデルがね、この間面白い本を教えてくれたの」

 鞄を引き寄せて中から年少向けの大判の本を取り出した。学校の紋章が押されているところをみると、図書館から借りた本みたいだ。表紙には二羽の鳥が仲良く並んで飛んでいる絵が描かれていた。

「双鳥物語って言ってね、双子の小鳥さんが世界中を冒険するの」

 五百年前には既にあった伝説だ。足の悪い双子の小鳥が、お互いにかばって支え合いながら各地に幸せをもたらすため飛んでいるという伝説。アデリーヌは本を床に置くと、私の手を取ってくう、くうと鳥の鳴き真似をした。次いで私の右腕を左腕で抱き込み、右腕を翼のように上下させる。

「ほらアリスも、クウ、クウ、クウ!」

「クウ、クウ、クウ!」

 私も一緒に鳴き真似をしながら左腕を翼のように上下させる。アデリーヌは右足も絡めてきて、左足だけで立つとゆっくり回転しながらクウ、クウと鳴く。私もアデリーヌに合わせてクウ、クウと鳴いてみる。何だか楽しくなってくる。

 アデリーヌのちょっと汗ばんだ肌が温かい。アデリーヌは翼を下に向けて言った。

「ほうら、海が見えるよクウ、クククウ! キラキラ魚が泳いでる」

 私も五百年前にどこかで読んだ言葉を思い出しながらアデリーヌに返す。

「向こうは島が見えるよクウ、クククウ! アマアマ果物が香ってる」

 アデリーヌは上記した顔で頬を擦りつけて駆け足になりながら叫んだ。

「お魚食べるか果物食べるか、双子の君と分けようか」

「双子の君と、支えて飛べるどこまでも!」

 最後は私も何だか思いつきで応える。どたりとアデリーヌはその場に倒れこみ、一緒に転がった私の上に覆いかぶさった。

「アリスと一緒にいると楽しいな。ずっと一緒にいたいな」

「ずっと一緒にいたいね」

 答えてからはっとする。私は一年も経たず。

 アデリーヌとは離れ離れになる。


 夏至の日。夏祭りの本番がやってきた。私たち年少組は早い時間に舞を終え、後はお店を回ったり大人の舞を眺めたりする。

 私は袖と胸元のゆったりした、麻の衣装を身につけていた。上は晒し布の白、下は目に鮮やかな浅黄色のスカートだ。足首には各々七つの小さな鈴を付けており、歩くたびにしゃんしゃん、と涼しい音が鳴る。

 背中まで伸ばした髪には、お兄ちゃんが山から採ってきてくれたヤマユリの花が飾られていてちょっとだけ重たい。今年は十歳だから、お姉さんたちが薄紅色の紅を目元と唇に初めて差してくれた。

 お兄ちゃん、出番の前に来てくれるって言ったんだけど。

 舞で紅が溶けてしまう前に、私の姿を見て欲しい。

「アリス、ちゃんとトイレは済ました?」

 背中からの声に振り向くと、お兄ちゃんの優しい顔があった。お兄ちゃんはどう、とまた訊く。私はちょっとだけむくれて言った。

「お兄ちゃん、先に言うことないの」

 お兄ちゃんはえ、と言って慌てて私の頭を撫でて言った。

「アリス、とっても可愛いよ」

 ちょっとだけ、何か不満。子供扱いの可愛いじゃなく、もう少し違う言い方が欲しかった気がする。

 でもお兄ちゃんに優しく頭を撫でられているだけで不満は溶けていってしまう。ずるいよお兄ちゃん。

「頑張るんだぞ、アリス。ちゃんと全部見ているから」

「頑張る! お兄ちゃん」

 後ろでアデルが頑張るー、と私の口真似をしたけれど、すぐにアデリーヌに叱られていた。アデリーヌ、ほんとに気が強くなっちゃった。

 少し経って、私たちは村の中心にある大池の周りに立った。男子と女子で交互に並び、池を一周取り囲む。男子も履物が男物なだけで、私たちと同じ配色の服を着ており、髪には赤く染めた木製の短剣を飾っている。

 池の中心には磨かれた黒曜石でできた円い石舞台があり、月光を反射している。アデリーヌは髪に小さな向日葵の花を飾り、姫役を示す赤い鈴の首飾りを提げて小舟に乗り込んだ。

 先生が小さな太鼓を叩き、こん、こん、と乾いた音が鳴る。静々と小舟が池の中心に向かっていく。小舟が接岸した途端、アデリーヌは風の魔法で舞い上がり、ふわりと石舞台に着地した。

 着地を合図に私たちは両手を掲げ、その場でとん、とんと飛び跳ねる。次いで池の外側を向いたまま、池の周りを右回りに飛び跳ねながら回り始めた。

 くるりくるりと回りつつ、私たち女子は手を交互に動かして風の動きを表現する。男子はがに股で地面を踏みしめながら動かぬ大地を現していく。

 魔法で焚かれた篝火が高く炎をあげた。

 私たちは半分回って池の中心に顔を向け、両手を激しく揺り動かす。アデリーヌが石舞台の上で弓なりに体を反らせ、弾けるように飛び跳ねた。しゃんしゃ、しゃんしゃと私たちの鈴が鳴り、アデリーヌも首に提げた鈴の首飾りを振りながら、くるりくるりとその場で回る。

 最高潮に私たち魔法を使える子は、風の魔法で池の回りの子を空中に浮かべる。そしてアデリーヌがとん、と片足で飛び跳ねると風の魔法を唱えて。

「アデリーヌ!」

 私は慌てて叫んだ。アデリーヌがとんでもない間違いをした。高さを一桁間違った呪文を唱えたのだ。吹き上げられたアデリーヌが真っ逆さまに石舞台に落ちる。だけど私が、大魔王リルがここにいた。

 石舞台に叩きつけられる寸前、私の風がアデリーヌの自由落下を急停止させた。そのままアデリーヌは石舞台にへたり込み、それでも立ち上がろうとして痛い、と声をあげた。

 私は周りを無視して池に氷の橋を架け、その上を走って石舞台のアデリーヌに駆け寄った。

「空中で夢中になって足、捻っちゃった。もう、飛べない」

 もう少しだったのに。池の周りの子たちから落胆の空気が寄り集まってくる。アデリーヌは痛めた左足を引きずりながら私の肩にもたれ、それでも舞おうと立ち上がる。だがすぐにまた痛い、と言って目に涙を溜めた。

 私は癒しの魔法を使えない。痛む神経を切り落とすことはできるけれど。私は壊すことしかできない。

「クウ、クウ、クウ」

 池の外から誰かの声が聞こえた。見回すとアデルがこっちに向かって腕を上下させている。クウ、クウ、クウ。双子の鳥。そうか、足の悪い双子の鳥。私がアデリーヌを支えて舞ってあげれば。

 駄目。私みたいな、五百年前に暴虐を尽くした者が、穢れなき夏祭りの中心で舞うなんて許されない。

「頑張れ、アリス」

 かすかだけど、しっかりと聞こえたお兄ちゃんの声。お兄ちゃんの姿を探す。お兄ちゃんが真剣な顔で私に手を振ってくれた。

 もう、細かいことは気にしない。今は精一杯、この場を守るんだ。

「クウ、クウ、クウ」

 私は声を張り上げて右腕でアデリーヌの腰を支え、左腕に風の魔法を纏わせて羽ばたいた。ふわりと私とアデリーヌが空中に舞い上がる。今度はクウ、クウ、クウと鳴き真似をアデリーヌの耳に囁いた。

 アデリーヌの目に輝きが戻り、アデリーヌも私と一緒に羽ばたき始めた。でも私は舞に対する不安がまた湧き上がってきた。

「魔法は私が支えるから。アデリーヌは舞を舞って。私に、きれいな舞を教えて」

「アリスだって綺麗だよ。でも大丈夫、私が教えてあげる」

 アデリーヌが私の肩に右腕を回し、痛めた左足を私の右足に重ねた。アデリーヌの右腕の動きが自然に私へ舞の動きを伝えてくれる。私の中の何かが清められていく気がする。そして遂に空中の舞を終えると、とん、と地面に降りて私とアデリーヌは深々とお辞儀した。

 魔法の篝火が一斉に消え、月明かりと星の光だけが私たちを照らす。村人たちの暖かな拍手が、私たち十歳全員を包み込んだ。

 お兄ちゃんが頭の上にまで手を掲げて、拍手してくれていた。

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