アリス、新型魔法を編み出す
私たちは衣料品店をあとにすると中央広場に向かった。
休日ということで、今日の中央広場には色々な屋台が出ている。遊園地にも行きたかったけれど、それはもうちょっと特別な日にしようってことにした。ジュピターのこともあると、なんかありそうで気持ち悪いし。
出ている屋台は、色々な食べ物屋さんをはじめ、くじ引きやホラーハウス、曲芸小屋、弾き語りなど本当に様々だ。今日は学芸祭の出し物を考えるってこともあり、その参考にするってこともある。
そう言いつつ、セーラさんもビアンカさんも楽しんでおいでって言ってくれている辺り、きっかけをつくってくれた感じは強いのだけれど。
入口の屋台は牛乳とチーズ、ヨーグルトの店で、その場で串に刺したチーズを焼いてくれる。このほかにもシロップ漬けのレーズンを練り込んだチーズや燻製のチーズもある。そして何より楽しいのが。
「干し草、買うかい?」
店のおじさんの言葉に、お兄ちゃんはうなずいて一束買ってくれる。私の目の前にはちょっと目つきの悪い山羊と、ふわふわもこもこの羊が仲良く並んで鳴いているんだ。この店のチーズは山羊と羊の乳で作っていて、そのお乳をだしてくれた羊たちに餌をあげられるってわけ。
お兄ちゃんと草を分け合って鼻先に向けると、途端に草に食いついてくる。山羊の方は乱暴で、羊の方はもこもこの見た目どおりのんびりさんだ。
「山羊乳はそれなりにあるんだが、羊の乳は珍しいよ」
おじさんは言って、ひとかけら試食させてくれる。癖が強くて、でも私はそのまま平気で食べてしまう。お兄ちゃんの方は顔をしかめて頑張って飲み込む感じで、おじさんは笑って言った。
「お兄さんの方が好き嫌いあるのかね。小さい子はまず嫌がるんだがね」
「お兄ちゃんはお料理が得意だから敏感なんだよ」
私は言ってお兄ちゃんを見上げる。ほんとはそれだけじゃない。辛味や苦味はアリスとして苦手なのだけれど、臭みにはリルが異常に耐性がある。
それは幼く混濁する記憶の彼方ではあるけれど、私リルは餌のような食事を与えられていた時期があったから。そしてその施設を逃げたあとも、動物のように食べられるものをとにかく食べるだけの時期があったから。そして、魔道王になってからも、ひたすら補給としてしか食事していなかったから。
でも今、そういう壊れた心が薄くなりつつある。セーラさんの淹れてくれるハーブティーを飲むにつれ、香りの意味を知っていくにつれ、魔道王は弱くなっていると思う。だからリルは、幸せになっていってるんだと思う。
草を食べさせ終えると、お兄ちゃんは串焼きチーズを一本買った。お団子みたいに四つ刺さっていて、私とお兄ちゃんで二つずつ分ける。
あっついよ、とおじさんが言うのでうなずいて、慎重にかじってやる。表面のおこげと中のとろっとろのチーズがすごく美味しい。今度はさっきと違って臭いはとくにないような感じだ。お兄ちゃんも笑顔で食べる。
でもほんと、あっつあつ。二人して笑いながら無口になってチーズを頬張った。
チーズ屋台の次に気になったのはキノコの看板の店だ。うきうきして覗き込むと、なんか変なのがいた。
人間サイズのキノコが店番をしてキノコ入りコンソメスープを売っているんだ。美味しそうな匂いはするけれど、このキノコがまた毒々しい赤色に青色まだら模様という。どういうセンスだ。
「アリスちゃん、美味しいよこのスープ」
聞き覚えのある声だ。
「さらにこのスープ、飲み直しにも最高です」
奥で鍋をかき回している人魚が声をかけてきた。片手にワインの瓶をぶら下げている。
「レティーナさんとサリーさん、また何か悪さしているんですか」
お兄ちゃんの言葉にキノコが失礼な、という態度で答えを返した。
「今日は大真面目にアルバイトですよ。キノコも私の特製キノコを使いたかったのですが、全部ビアンカに捨てられてしまったんですよけしからん!」
「そうだそうだけしからん! 怒りのあまりに飲むしかない!」
一緒にワイン瓶を振り上げて抗議の意思を表明する酔っ払い人魚。
「レティーナさんは怒ろうがお祝いだろうが飲んでいるじゃないですか」
「飲むほどに酔うほどにこれこぞ人生だよねー」
どうしようもない酔っ払い人魚だ。キノコことサリーが頭をかいて説明する。
「ほら、先日のゴタゴタもあって色々とお金が足りないんすよ。そんでビアンカの紹介でアルバイトというわけです。私の天才的な新型魔法で稼ごうとしたんですが、学校の目がうるさくて」
「学校の目をかいくぐるような魔法で稼ごうとするの、やめた方が良いですよ」
お兄ちゃんの常識的な言葉に、だがサリーは全く反省の色もなく怪しい踊りを披露しながらスープを示す。
「まあお堅いことは抜きで一杯、どうっすか」
私とお兄ちゃんは顔を見合わせる。どうもこの二人のスープという時点で何か嫌な予感がする。ビアンカさんが叱っていてもまだ何か残っていそうな。
と、私たちの背後で急な圧力を感じた。振り向くと警備員さんだ。
「そこのキノコスープ店。さっき『幸せな夢のスープ』とやらを売っていただろう。ちょっと聞きたいことがある」
踊っていたサリーが突然、後ろを向いて屋台から飛び出ようとする。レティーナも酒瓶をこちらに放り投げようとしたけれど、私はとっさに魔法でレティーナの手元とサリーの顔面に暴風をぶつけた。
「はい逃げない二人!」
警備員さんは私とお兄ちゃんに会釈すると、応援と一緒に二人を手慣れた様子で確保する。二人は私たちにお友だちでしょうとか叫んだけれど、私たちは大慌てでそのままキノコ屋台から逃げ出した。
ほんと、この二人に付き合うとろくなことがないね。
他にまた何か食べるか、それともどこかで遊ぶかと見ていると「魔法射的」という看板があった。
「おっ、そこのちびっこ大魔王ちゃん。やっていかないかい」
店の人が私に声をかける。見ると、子どもたちのほか大人のカップルも何やら遊んでいるようだ。
店のずっと奥にはおもちゃや髪飾りなんかがぶら下げてあり、そこに向かっておもちゃの矢や魔法弾を各々が打ち込んでいる。面白いことに、このお客さんたちはかなり近いところから撃っている人、遠くから撃っている人と様々なのだ。
「高い商品は遠くからだけ撃てる。あと魔法弾で壊してもだめだ。それにまっすぐ単純に撃っても難しい」
おじさんは地面の草をむしると、的に向かって手を広げる。途端に手の中の草は舞い上がり、左右に吹き飛びつつ渦を巻いて地面に落ちた。
「まあお子さんは近いところから、お菓子狙いなんかが良いだろうさ」
言っておじさんは安そうなビスケット一枚の入った袋を指差す。ふむ。私は無視して高額商品に目を向けた。高額商品は本物の銀細工の指輪だ。的が小さいうえに、距離は学校の教室の端から端ほどもある。
「あれは無茶だよなー。さっき魔法学校の先生も失敗してたじゃないか」
隣りの二十代ぐらいのカップルが二人で口をとがらせて文句を言うが、おじさんはへらへら笑うだけだ。
たしかにあれはきつい。壊すな、そして的が小さくて余計な風もある。戦闘なら強大な魔力で吹き飛ばすんだけれど、そういう力任せはできない。
なんかないかな。魔力を絞って、風向も全て計算して、か。
「計算が追いつかないよね」
私の独り言にお兄ちゃんが反応した。
「何か計算すれば良いの?」
「計算って言っても魔道計算だから、私の頭の中じゃないと」
言いかけてお兄ちゃんの目を覗き込んだ。私の計算をお兄ちゃんに代わってもらう。私の頭の中の演算部分をお兄ちゃんに直結する。魔道的にお兄ちゃんと私の脳を直結する。
ばかな発想だな。
ばかな発想だけど、私とお兄ちゃんの呼吸の合い方なら、理論上は。
「お兄ちゃんちょっと待って」
私は魔法杖を振って空間に魔法式を書き、今度はそれを魔法陣に落とし込む。こんな馬鹿げた魔法陣を描くだなんて私ったら。
面白い。そうだ、魔道王時代なら危険すぎてできなかったけれど、現代の安定魔法を支える理論なら安全弁をつけられて……。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「なんかアリス、ちょっと笑みが怖いんだけど」
「できたよ演算連携魔法の試作。あの的、お兄ちゃんと協力で撃ち抜こうよ」
私の深い笑みに、お兄ちゃんは少しひきながらもうなずいた。




