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ペチュニアの咲く魔法服

 扉を開けると涼やかな鈴が鳴った。店内は私と同じような年格好の女子が親と一緒に服をみている。中には子どもだけで来ているらしいグループもいる。

 アデリーヌを連れてきたいな。

 あの子は魔法で吹っ切れたあと、何だか急に大人びたし、あの田舎村住まいだからこういったお店にあこがれていると思う。アデルとお兄ちゃんには男子同士でどこかで待ってもらって、アデリーヌと服を選べたら楽しそうだな。

 最近、なぜかアデリーヌのことをふと思い出してしまう。ホームシックかなと思うけれど、それなら先にお母さんやお父さん、魔法のオババのことだって思い出して良いようなものだと思うけれど。

 ジュピターと会って、何か古い友だちとかにアリスとして思いが向かっているのかもしれない。

 アリスとして。

 じゃあ、リルは。

 リルは三人衆のことを思い出すことはあるけれど、そこに懐かしさはないと思う。それは殺されたのだから当然なのだけれど。最初はその子孫まで滅ぼそうと思ったほどだけれど。

 でも、そんな彼らとは思い出だってあったはずなのに。

 ただ私は、自分の身を守りたくって、そのためには住処が必要でそのためには帝城が必要でその維持には帝国の維持が必要で。

 つまり私を攻撃するかもしれない領民や他種族は全て敵かもしれなくって。

 怯えを止めるには抑圧と攻撃が必要で。

 私は、たったそれだけの大魔王だったから。

 本当に矮小で残虐な大魔王だ。

 ぐるぐるする。

 アリスが懐かしんで、懐かしめないくせに愛情を少しは持っていたような幻影にすがる惨めなリルがいて気持ちが混乱して逃避して、アリスに全てを預けてしまう。

 ずっと同じところをぐるぐるしながら、それでも私はお兄ちゃんとつないだ手の暖かさだけは信じられて、リルもほんの少しだけ前に進む。

 ジュピターと会ってから繰り返される私の中のぐるぐる時間。

 でも、そこにいつもアデリーヌがいることに、ほんの少し胸騒ぎがしていた。


 お兄ちゃんはかわいく、と言っていたけれど、かわいくなら入学式に合わせて買った藤色のワンピースでじゅうぶんだと思う。あと今日のお兄ちゃんはワークショップ系だから少し活動的な趣味の服装だ。

 そんなわけで私たちは運動着を集めている二階へと階段を上った。階段を抜けるとまず、手前にあったのは運動訓練用の服。もう少し奥に行くと「ぼくもわたしも小さな冒険者」とかいう煽り文句のついた広告が掲載されており、ハイキング向けの服がそろっていた。さすがセーラさんの勧める店だ。

「ちょっとこの辺は、今日はいらないね」

 お兄ちゃんの言葉にうなずき、それでもさらに奥に進んだ。するとまた冒険者系ではあるけれど「かわいい魔道士さん」とか言って、魔法使い初心者向けを想定したような衣服が並んでいた。でもあくまで初心者子ども向けだけあって、高価な魔法陣の縫い取りや魔法防御の素材はほとんどない。一部魔法陣が描かれていたけれど、それは紛失物をすぐに見つけられるようにする魔法陣、要は迷子になっても安心というやつだ。

 その代わり、魔法よりもかわいさを優先するような意匠となっていて、むしろ大人向けより良い感じだ。

「この辺アリスにかわいいんじゃないかな」

「お兄ちゃん、さすがにそれは子どもっぽいよ」

 お兄ちゃんと言い合い笑いながら進む。と、急に私は左頬が熱くなった気がした。慌てて顔を向けると、そこには見慣れたようで初めての服があった。

 大魔王リルの戦闘衣を模した子供服だ。体にぴったりと張りつきつつ、運動の効率化ではなく魔力を効率的に動かすための体幹管理の当て布がされており、急所となる所々には革素材と金属が使われている。もちろん、使われている金属は本物ならミスリルやチタンだけど、これはアルミニウムだ。

 そして何より違うのは、元々は黒一色だったのに、紅、橙、青、藤色、白色など様々な色が選べる点だ。

「アリス」

 お兄ちゃんは名前を呼んで私の肩をそっと抱き寄せる。

「大丈夫だよ。こんなのじゃもう、揺らいだりしないから」

 王都に来て記念館に行ったとき、初めてカイラに会った店では揺らぎそうだったけれど、それから色々あるうちに、私はこの程度では揺らがなくなった。

 私リルまでもが、その自分の生きた時代を遠い過去だと思い始めていた。

 思っていたかった。

 でも一方で、やっぱり私リルにとって、この服は特別な服だ。私はサイズを選び、黒い服を手にする。お兄ちゃんに黙って微笑みかけて、そのまま更衣室に入った。

 着ている服を脱いで手にした服に着替える。身長だけじゃなく、女児用なので胸の辺りは余裕がない。もちろん今の私に、その余裕は不要なのだけれど。なんとなく溜息をついてしまう。

 入学以来使っている、指揮者の棒に似た魔法杖を右手に握って、私は抑制している魔力を少し緩和する。鏡に自分の身を写すと、いつもより赤眼の強いアリスが立っていた。服も魔法杖も魔道王リルとほぼ同じなのに、その顔は決してリルではなく、アリスだ。厳しい顔のアリスが鏡の中で微笑む。私は誰。

 中身にリルはいるけれど、やっぱり私はアリスだ。カンヴァスお兄ちゃんの妹の、アリス。

 私はカーテンを開いてお兄ちゃんに姿を見せた。一回転して魔法杖を振ってみせる。

「やっぱり似合う、よね」

 お兄ちゃんは私の気持ちを気にしているのか、ちょっと言葉に詰まりながら感想を言う。私の今の気持ちをお兄ちゃんに伝えたい。伝えたいけれど、ただ言葉では通じない気がした。もっと何か、私の中にある気持ちを印象で伝えたい。

 ちょっと考え、ふとセーラさんの花園を思い出した。色々な花があって、その全てに花言葉がついていた。その中で私の気になる花言葉を持った花があった。私は再び魔法杖を振る。素材は違っても、やはり私の魔法を邪魔しない私のための服だと感じる。

 私は、魔道王リルが一度も使わなかった魔法をお兄ちゃんに向けて放った。私は幻の花束を魔法の光でつくりだし、お兄ちゃんの手の中に咲かせてあげた。花弁が一体となってピンク色の花。

「小さくてかわいいな。朝顔、じゃないかな」

「ペチュニアって花だよ。花言葉は」

 説明しようとして急に恥ずかしくなり、私はお兄ちゃんから視線を逸らした。あらためて言おうとしてもまたちょっと舌が動かない。だから私は思い切って魔法の光で文字を書いた。

 ——あなたと一緒なら心が和らぐ、心の安らぎ——

 お兄ちゃんは笑って私の頭をそっとなでてくれる。私は魔法杖を腰に差して言う。

「リルがこの服を着て優しい魔法を使ったのは、魔道王統治二百年の間で一度もなかったんだ。だから、私はきっと、一歩また歩けたんだよ」

 お兄ちゃんは優しくうなずくと、お兄ちゃんは店員さんを呼んでこの服をこのまま買うと告げた。

 昏い記憶の服が今、幸せの印に変わった。

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