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帝都牢獄史

 あらためて本の序文を読み直すと、過去の幻想小説的な舞台を図書館が独自に集約した書籍と書かれていた。でもさすがに本そのものをばらしてそのまま繋ぎ直すとか、そんな乱暴な編纂(へんさん)は聞いたことがない。

 元に戻って帝都改造総論を読み直すことにした。またお兄ちゃんが読んでいき、場合によって私が答える手順でいくことにしたんだけれど。

「元々、王国首都だった場所を魔道王リルが制圧して帝都に改造した、と」

「ちょっと違うかな。リルが王国首都に捕えられて連行されて、そこで脱出した際に報復して破壊し尽くしたから、その再建しただけ」

 私リルの言葉にお兄ちゃん、ちょっとひいた表情を浮かべた。それはそうかもしれない。大魔王と呼ばれる以上に暴虐の印象になってしまう。でもお兄ちゃんは違うことを言った。

「リルは、囚われの姫様みたいだったんだね」

 お兄ちゃんの言葉に私はちょっと、目が潤みそうになる。でも私リルはさらにお兄ちゃんの言葉を訂正した。

「姫じゃないよ。実験動物か家畜だよ」

 お兄ちゃんが目を丸くして私を見つめる。

 リルが何者だったのか。

 少なくとも、今の魔法学校ではほとんど教えていない。ただ現代の魔法の学問体系を確立した大魔法使いで、暴虐の支配者だったという印象で描かれている。そしてその苛烈な政治を変えたのが三人衆だと。

 その三人衆のおかげで、私たちは学校で学べるんだと。まあ、三人衆のおかげだろうね。ジュピターの陰謀の影もちらつくけれど。でもそれだけ。

 私リルは思い出す。自分の出自を世界に対してどう語っていたか。何を語り、何を語らず、何を秘匿したか、思い返しても判然としない。それはただ、攻撃は最大の防御という存在であったから。そして儀礼的なことはジュピターに任せていたから。だからもしかしたら、いつのまにかジュピターが当時でも秘匿していたのかもしれない。

 私はお兄ちゃんの瞳を覗き込む。優しくてきれいな黒い瞳と見つめ合う。今、お兄ちゃんの瞳には私の紅い瞳が映っている。私の大嫌いな赤眼。魔法使いの証であり、私を実験動物に堕とした赤眼。

「私は、この赤眼が嫌いなのだ。私が魔法を使えなければ、魔道王にならず普通の女の子だった希望もあるのだ」

 私リルは言葉を紡ぐ。お兄ちゃん相手なのに、アリスではなく純粋にリルとして語った。初めて、リルとしてお兄ちゃんに語った。それは恐ろしいことで。

 でも、リルの魂はふるえていた。リルの魂は、その二百歳という歳を経て、さらに五百年のときを超えたリルの魂は、ずっと幼いカンヴァスという少年の透き通った黒い瞳にすがっていた。

「だからこの瞳は潰してしまった方が」

 言って、私リルは首を振った。優しくて幼いカンヴァス少年の黒い瞳をじっと見つめて言った。

「でも、この赤眼のおかげで貴方と、逢えた」

 私の言葉に私は驚く。私リルは、私アリスとこの点だけは本当に呆れるほどずれがなくて。私は言葉が続かなくなり、ただ黙ったままお兄ちゃんから一歩だけ体を離した。

 するとお兄ちゃんは膝を詰め、私の両手をぎゅっと握った。私は慌てて手を振り解こうと頭で思ったのに、体は逆にお兄ちゃんの首元に頬を寄せていた。これはアリスの気持ち。

 ではなく。

 リルは、お兄ちゃんのそばから離れられなかった。アリスよりもずっと暖かさを知らないリルだから。

 お兄ちゃんは私をぎゅっと抱き寄せる。私もしがみつくようjにお兄ちゃんの首へ手を回した。

「魔道王リルは残酷な支配者だって話は本当。改革改造の覇者ってきれいな伝承はジュピターがつくった嘘。でもそのぶん、誰も知らない話。私も知らない、自分でも気づかなかった話があるの」

「それはもしかして、今、気づいた話?」

「リルは寂しかったの。寂しいことも分からなかったの。そして今は、寂しさが怖いって知っちゃったの」

「僕は、君の味方だよ」

 お兄ちゃんが私のことを「君」と呼んだ。アリスじゃなく。私の中のリルだけを別に見つめてくれた気がした。

 私リルが幼かった頃の記憶は曖昧で心に負荷が強くて、私リルは嫌だ。あと私アリスはその記憶を直視できるようなものじゃない。でも今、重要なことは。

「つまり最初の帝都成立は、改造を狙ったのではなく純粋に破壊の復興に過ぎなかったということだね」

 お兄ちゃんはさらっと話をまとめた。なんて言うか、わざと避けてくれたことはわかる。ぽすっ、とお兄ちゃんの肩に頭を寄せ、薄く目を閉じた。

 そうだよ。

 答えたつもりだったけれど、声が出ずに唇だけが動いていた。大したことはしていないはずなのに、ひどく疲れていた。でもお兄ちゃんは私の唇に人差し指をあて、私の体を抱き抱えるようにして頭を撫でてくれる。

 気づかないうちに早くなっていた呼吸が静まっていく。

 私はゆっくりと目を開け、私は再びリルとしての意識を強めて語った。

「最初は本当に再建のみを行なった。しかしそのうち、私の魔法を透徹しやすいような呪術性のある配置に変えた。それに、帝都全体に魔法による防災設備等、存在しなかったものも整備した」

「それらは今は」

 お兄ちゃんの問いに私リルは言い淀み、普段の私に戻って答えることにした。

「ほぼ全部、ないと思う。撤去というより、壊されてる。とくに呪術性のある配置は」

「つまりこの帝都改造は」

「大魔王リルの力を削ぐもの、だと思うよ」

 あえて私は大魔王と答える。魔道王という公式の名称ではなく、今の時代の評価。魔法の世界では大いなる魔法使いと呼ばれつつも、社会的には大魔王と呼ばれる存在。

 そんな存在が、いつかまた復活したときに備えて、予め力を削ぐための巨大な都市改造計画なら。

「それなら、単なる都市開発費じゃなく防衛費としても見ることが可能かもね」

 お兄ちゃんは言って考え込みつつ頁をめくっていく。実際、その後に多く記述される単語には、都市防衛や魔法防御といった言葉が多く並んでいた。

 一時間ほど読み進め、お兄ちゃんは手を止めて一点を指差した。

「魔道士教育課程編成にかかる王室の独占管理」

 お兄ちゃんはお手上げ、という手振りをして私に本を押し付ける。見ると魔法学校の教育課程についての原則論から始まり、魔道理論の教育範囲を細かく書いてある。都市計画にしてはおかしい。さらに読み進めると、とくに開発魔法については王都内のみで教育できるよう、都市の配置を設計する方針が書かれていた。

 魔法学校の教育課程が都市計画を決めるだなんて、どれだけ教育熱心なんだか。そんなわけ、ないけど。とくに開発魔法という点が怪しい。あまり配慮する必要がない魔法としては実業魔法と医療魔法で、いずれも攻撃や政治転用が難しく、さらに魔道王の影響を排せる見込みとなっていた。

 私は小さく笑ってその箇所、実業魔法の文字を指差す。お兄ちゃんも一緒になって笑った。

 私が実業魔法を選んだのは、ジュピターにとって計画外そのものなのかもしれない。あと、ジュピターの子孫が私と仲良くなって、さらに医療魔法に目覚めさせてしまうのは失敗だったのかもしれない。

 少し機嫌を良くした私に、お兄ちゃんは呟くように言った。

「この本、見つからなかったことにした方が良いんじゃないかな」

 私が首を傾げると、お兄ちゃんは唸りながら言った。

「もしかしてこの変な本の作り自体、著者が隠すためにやったんじゃないかな。だとすれば、貸出記録だとか残さない方が安全な気がする」

 お兄ちゃんの言葉に私もうなずいた。たしかに、もしそうならこの奇妙な図書館の行為にも説明がつく。お兄ちゃんはさらに他の頁をめくりながら言った。

「無関係な他の頁を見ると、単に雑多じゃないんだよ。この帝都改造史以外はどれも悪ふざけのようなものが多いんだ。まるでこの帝都改造史もでたらめなんだって訴えたいように」

 言われて私は頁をめくった。たしかに、メロンの王様がハムのお姫様と一緒に治める国の話や砂漠にある人魚の王国、子供だけの国。どれも帝都改造史からはかけ離れた、でも本当に夢物語と片付けられそうなお話の世界ばかり。そこに帝都改造史を真ん中辺りに混ぜ込むとか、紛れさせたという印象の方が強い。

 それにしても、これだけの都市計画を書いたとなると、本当に魔法や歴史に詳しい人なんだろうなと思う。どんな人なんだろう。そして、あの下巻をジュピターの子孫が持っていた不思議。もう訳がわからない。

 私は溜息をついて本を叩いたら埃が舞い上がった。私は咳き込んでしまい、唾が本に広がる。

「ほらアリス、そういうことしちゃ駄目だって」

 言ってお兄ちゃんは慌ててハンカチで唾を拭き取った。すると私リルの感覚に何かが触れた。

「お兄ちゃん、そのハンカチ貸して」

 私はそっと本を布でこする。こすった箇所が少し光るけれどまた光はすぐ消える。ゆっくり動かす。またゆっくり光って消える。そういえば下巻は布表紙だったっけ。

 私は続けて、こするのをやめてハンカチで本の表紙をくるっと包み込んでみた。そのまま紅い光が灯り、そして背表紙の下部に文字が浮かんだ。

 —— 魔道王リルに捧げる書 編集・暗黒神官ダークマター、爆炎騎士スルト ——

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