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捜索給与はフルーツタルト

「皆さんにありがとうタルトですっ!」

 カイラの呼びかけでルイーザとシリル、私、そしてお兄ちゃんが図書館の談話室に集まると、色とりどりのタルトを入れた箱を抱えたカイラが満面の笑みで登場した。そして後ろにはなぜかセーラさん。

「剣の乙女神ですね! 初めまして、私はエルフのシリルで将来は開発魔法の研究者を志しております」

「乙女神だなんて畏れ多いですわ。それに私、今日は兄から預かった果物に合わせるお茶のために来ただけですもの」

 セーラさんは言って手早く全員に紅茶を淹れる。今日は珍しく香りのあまり強くないお茶だ。色んなフルーツに合わせるためにそういうお茶を選んだのかもしれない。それにしても、剣の乙女神って。

「美しく礼儀正しいうえに騎士学校女子では最強のセーラ女史にお会いできて光栄ですよ」

 シリルが聞いている評判は私たちが寮で知っているセーラさんとかなり違うようだ。セーラさんも少し慌てた様子で、お茶を配り終えるとすぐに退席してしまった。どこでぼろが出るかわからないしね。

 ルイーザはタルトをうずうずした様子で見つめながらも、怪訝な声で訊いた。

「で、このタルトはどういうこと?」

「だからあ、ありがとうタルト」

「そのありがとうタルトって何なのって聞いてるんですけど」

 するとカイラは少しの間考え込み、はっとした顔になって言った。

「報告忘れてた。今回、私ね、全教科平均点超えしたの。それも、ぎりっぎりの科目なし! 数学も」

 ほー。みんなでぱちぱちと拍手。

「それで何かお礼したいなと思って、そういえばセーラさんのお兄さんがすごく美味しいフルーツを作っていたから、それでタルト作ると美味しいよねーって」

「もしかしてこのタルト、カイラが焼いたの?」

 私の疑問にカイラは慌てて手を振った。

「まさか、私そんな器用なことできないよ。うちのお菓子作りが得意なメイドさんにお願いしたの。余った材料は全部あげるって約束してさー」

「さすが、お嬢様は豪快だよね」

 ルイーザが半分呆れ顔で私にささやく。私も苦笑しつつどのタルトを食べようか選び始めた。

 結局、私は桃が中心に八種類の果物、ルイーザはイチゴを中心に六種類のベリー、シリルは洋梨、カイラはぶどう、そしてお兄ちゃんはイチジクを選んだ。

 私とルイーザがうきうき顔でタルトを食べる中、お兄ちゃんは何か考え事をしながら食べている。

「お兄ちゃん、選ぶの失敗したの? 少し分ける?」

「いや、僕はイチジクが好きだしすごく美味しいよ」

 お兄ちゃんははっとした顔になり、慌てた様子で言う。そのあとはお兄ちゃんも美味しい笑顔になったから安心だ。でもお兄ちゃんはカイラをじっと見つめて言った。

「それでカイラ、なんで図書館を選んだのかな」

「え? それは試験勉強のお礼、勉強と言えば図書館みたいな」

「カイラの性格だと、試験後に図書館なんて近寄りたくないとか思っていそうだけれど」

 いやお兄ちゃん、ちょっとはっきり言い過ぎじゃないかと。私もカイラのことだからそんな気はするけど。でもお兄ちゃんは言葉をさらに続ける。

「あと果物を手配したとはいえ、セーラさんがわざわざお茶を淹れに来てくれるほど、カイラと仲良かったっけ?」

 カイラはあうあう言って両手の指先を絡み合わせ、そして上目遣いで言った。

「もう少しこう、優しく見守ってくれても良いと思うんだけど」

 何だろうこの駄目な子加減は。みんなが生暖かい視線を向ける中、カイラは溜息をついて一冊の本を机に置いた。群青色の布張りの表紙に箔押しで標題が書かれている。

「帝都改造史?」

 私が読むと一斉に視線が私に集まる。何で? と、お兄ちゃんが言った。

「現代では滅多に使わないけれど『帝都』という単語は魔道王リル治世での王都の雅名だね。僕は経済財政史で習ったけれど、魔法学校は習わないのかな」

「なるほど、カンヴァスさんから聞いていたのですね?」

 シリルが納得した顔をする。お兄ちゃん上手い。というか、帝都って言い方、そんなに普通は知らないんだ。と、私は強烈な違和感を感じた。私リルの頃は普通に使われていた帝都という呼び名。なぜここまで、優秀なシリルやちょっと恋愛物やオカルトに偏ってはいるけれど読書家のルイーザまで知らない単語になっているんだろう。

 カイラは全員の顔を見回して言った。

「この本、当家の蔵書で上下巻なのですが、上巻が見つからないんだよね。で、本の表紙をじーっとじーっと見たらここなんだけど」

 カイラは青い布張りを爪で引っ張り上げ、隙間がをかざしてみせる。するとそこにはうっすらと文字が見える。図書館、と書いてあるようだ。

「たぶん図書館の本にあとから布張りしちゃったと思うんだー。で、探したいなーって」

「カイラがまた勘違いしてやっちゃったの?」

「私じゃないよー! 蔵書だって言ったでしょ」

 カイラが珍しくむくれてみせる。でもやっぱり親類縁者にもカイラみたいなのがいるってことなんだろう。もしかしてそっちの血筋が濃いのではないだろか。

「まあ、何となく事情はわかりました。その不思議な題名の本の上巻をこっそり探して欲しいということですね」

「さっすがシリルくん、よくわかるね」

 カイラが嬉しそうに両手を合わせて叩く。私たちは残ったタルトを平らげると、各々の思う方向に古書捜索に出ることにした。


 私とお兄ちゃんは二人で歩いていたのだけれど、十五分ぐらい経ったら急にお兄ちゃんは早足になって館内を移動し、絵本コーナーにやってきた。さすがにここにはないでしょと思ったらカイラが本を探していた。様子からして暇つぶしじゃなく、本気で絵本に混じっている可能性を考えているようだ。そこ最後でしょ。

「今回の話はビアンカさんの提案だよね」

 いきなりお兄ちゃんはカイラに脈絡もなく切り出す。カイラは目を丸くして、すぐに視線を逸らすと答えた。

「ただ私の家の本を、こっそり返すためですよ」

「そんなことをわざわざ自分でやって、おまけに僕たちを巻き込むのは不自然だよね。あとさっきも言ったけれど、セーラさんが来てくれたことも、あっちにこっそり控えていることも不自然だよね」

 言ってお兄ちゃんはカイラの背後を指差す。かちゃりと小さく、腰に提げた剣の鳴る音が聞こえた。

「つまり今回のことはもう少し深い話だ。そしてこういうまどろっこしい作戦はカイラが立てるはずがないし、セーラさんも正面突破好きだし。で、セーラさんが動いたことと『帝都』ということは、リルと三人衆絡みだ」

 言って瞬間だけ私に視線を向ける。カイラはそっぽを向いたまま首筋に汗を垂らしていた。

「で、そうなるとあと二人、助言しそうな人たちがいるけれど、一方は人魚か酒が関係しないと興味なさそうだし、もう一人なら研究がとか言って、この場で騒ぎ立てていそうだ」

 あの停学反省文二人組か。そしてお兄ちゃんはゆっくりと言った。

「そうなると、最も怪しくて暗躍しそうな人って点で見てもビアンカさんでしょう」

 お兄ちゃんの言葉に、カイラは今日最大の深い溜息をついて顔をあげた。

「やっぱりカンヴァスくんは頭良すぎるよー。全部お見通しすぎるよ」

 言って、カイラはようやく説明を始めた。

 曰く、この本がカイラの家の蔵書というのは本当だということ。昔にカイラのお父さんが、下巻しかないなら捨てようかと言って執事さんが古い蔵書ですからと止めたことをカイラが偶然覚えていたこと。それでビアンカに見せたら、上巻を必ず入手しろと言って策を仕込んだこと。そしてセーラさんはこの作戦のお目付役としてビアンカさんの指示で現れたこと。

「じゃあシリルはどういうことなんだ?」

 当然のお兄ちゃんの疑問に、ようやくカイラは笑みを浮かべた。

「さすがに気づかないですねー。一見ごまかすために、魔道王とジュピターの問題に無関係な人を巻き込めという指示だったんですよ」

 なんかシリルがかわいそうな気がした。

「そこはほら、タルト食べさせてあげたし」

 まあ、くまさん謹製の特級果物のタルトを食べられるなんて正直、それだけでお得か。

「とにかくそういうことで、中身の重要さとかは説明されたけど覚えていないからまず探そうね」

「カイラはほんと、少しは考えて行動した方が良いと思うよ」

 お兄ちゃんの親身な指導に、カイラは頭をかいて誤魔化した。お兄ちゃんは私を振り返って言った。

「とにかく疑問は晴れたから、あらためて宝探しを始めようか」

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