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アリス、仲直りする

 お兄ちゃんの部屋の前に立つ。ノックのため腕を上げたけれど、思い切っていきなりドアノブを開けた。

 奥の机にはランプが灯され、お兄ちゃんの背中が見える。そっと近づくと、お兄ちゃんは歴史の勉強をしていた。ちょうど六百年前で、私が直接施政していた頃だ。この後、複雑な官僚機構を組み上げてダークスターに仕切らせたはずだ。

「僕、歴史って苦手なんだよね」

 怒るわけでもなく、普段の口調でお兄ちゃんが振り向いて呟く。私は深呼吸し、でも続ける言葉に逡巡した。するとお兄ちゃんは話を続けた。

「始原の魔法姫の時代が苦手なんだよな。頭に入ってこなくて」

  それなら私が教えてあげようか、お兄ちゃん。現代の学者はおろか、当時の最高幹部でも知らない機密まで教えてあげられるよ、私なら。言ってしまいたいところをぐっと堪える。

「違うか。たぶん、始原の魔法姫って人自体が苦手なんだな」

 一気に気分が萎える。私のこと、苦手なのか。苦手って面と向かって言われちゃったよ。いや違うお兄ちゃんは私の正体を知らないし単に歴史上の人物としか思っていないんだし。

「リル様より昔の王家でももう少し妥協しているのに、正論ぶつけて合わなければ内戦ばかりでね。おかげで被害も大きいし。それに何より、子孫も残せないで本人も何だか寂しそうだし」

 ここまで言って私をじっと見つめて言った。

「僕たちも、リル様のことを悪く言えないかもしれないけど。これじゃリル様に笑われているかもね」

 大丈夫、笑ってなんかいないよ。リルは困った顔してサンドイッチぶら下げてお兄ちゃんの目の前に立ってるから。

「お兄ちゃんは、悪くないよ。それに私、今からアデルと仲直りしてくる」

「アリス?」

「お兄ちゃんを莫迦にしたことは許さない。魔法を使ったことだってやり返しただけ。でも私は『魔法の赤目』だもの。もう少し抑えたら良かった。もっとアデルと話せばよかった」

 お兄ちゃんはやっと笑って上着を羽織ると籐籠を受け取り、着替えておいでと促す。私は走って自分の部屋に戻った。ベッドの上には洗い立ての服が用意されていた。お母さん、準備していたんだ。

 急いで着替えるとお兄ちゃんが廊下で待っていてくれた。私は靴を履くと走って家を飛び出した。


 アデルの家の玄関に立つ。お兄ちゃんは後ろに立って私の背中を軽く押してくれた。深呼吸して扉に下げられた手のひら大の真鍮の鐘を慣らす。軽い足音が聞こえ、扉が開かれた。

 家の暖かい光が玄関に漏れ、真ん中に亜麻色のお下げ髪が揺れ動く。

「アリス?」

 アデリーヌは怪訝な顔で、おずおずと私の名前を呼んだ。私はつばを飲んで呼吸を整え、来る道で考えていた台詞を口にした。

「アデルと、仲直りしにきたの。できるかな」

 アデリーヌは途端に笑顔になって、私の右手を両手でぎゅっと握った。

「うちの悪戯っ子、連れてくるよ」

 アデリーヌはとびはねるように中へ戻る。少しして言い争う声が聞こえ、何か叩くような音も聞こえ。最後になんと、私よりも小柄なアデリーヌがアデルを引きずってきた。

「魔法は私の方が上手なの。氷は私が教えたんだもの」

 アデリーヌの言葉に、アデルはふてくされた顔で口を尖らせたまま黙り込んでいる。アデルの足首と手首は雪遊びした後みたいに赤くなっており、そこを氷で固められたことがわかる。アデリーヌ、密かに過激かもしれない。

 アデルは舌打ちして、それでも立ち上がると真正面から私の瞳をじっと見つめた。私の、大嫌いな、赤い瞳。この力で忌まれ、捨てられ、奪われ、奪い、喪った。私は慌てて視線を逸らせる。

 でもアデルは意外なことを言った。

「魔法の赤目って言っても、魔力が高いだけで何も変わらないんだな」

「変わらない?」

「お兄ちゃんっ子だし、そのくせ文句は一人前だし、苦い野菜は残すし。あ、最後はアデリーヌだけか」

 アデリーヌは膨れてアデルの腹を肘で突いた。私は真面目な顔で答える。

「変わらないよ。魔力が高くても痛いものは痛いし、嫌なことは嫌。アデルたちと変わらないから喧嘩もするし、その、謝ることだって、出来るよ」

 やさぐれていたアデルが改めて真面目な顔になる。私は深呼吸して言った。

「お兄ちゃんを莫迦にしないで。でも、昨日の魔法はやり過ぎちゃった。ごめんね」

「俺こそ、簿記大会で勝つなんて無理だから。カンヴァスさんは凄いって思う」

 お兄ちゃんが私の後ろで慌ててそっぽを向いた。アデリーヌは私たちの間に入って言う。

「二人とも握手して。仲直りの握手」

 またアデルがそっぽを向き、恥ずかしそうに右手を差し出す。私もアデルの手に自分の手を重ねた。その二つの手をアデリーヌの小さい手が包み込んだ。

「二人とも仲直りしたんだから、もう喧嘩はお終い」

 アデリーヌの言葉にうなずいてから、ふとさっきの赤目について思い出す。ちょっとした穏やかな悪戯心が芽生えた。

「アデル、アデリーヌ。良いものを見せるから外に来て」

 二人が出てきた時点で、私は氷の魔法をゆっくり、なるべく単純にわかりやすく組み上げる。そして空中に三角柱の氷を生み出した。続けて位置を調整し、月明かりを三角柱に差し込んでやる。

 月光がプリズム効果で七色に分かれ、私たちの上に降り注いだ。アデルとアデリーヌの亜麻色の髪に、七色の光が溶け合いながら映える。

「夜の虹!」

 アデリーヌが溜息をついた。お兄ちゃんも息を飲む。アデルは素直な表情で驚いてくれる。

「アデルやアデリーヌは氷の魔法使い見習いさんだよね。綺麗だと思う」

 ありがとう、とアデルが素直に笑みを浮かべる。お兄ちゃんが優しく、私の頭を撫でてくれた。

 帰宅してお兄ちゃんと一緒に食べたサンドイッチの味は最高だった。

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