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休暇の終焉

 ルイーザの家はごく平凡なはずなので探すのに手間取るなと思っていたのだけれど、玄関に人だかりのある家があった。それはちょうど、ビアンカさんが事前に聞き取っていたルイーザの家の場所だった。

 家に着いたとたん、セーラさんは変顔眼鏡とカラスマスクを着けて一気に剣を抜いた。家に入ろうとしていた十人ほどの集団がぎょっとした顔でこちらを振り向いたとき、ビアンカさんは集団と扉の間に飛び込み、次々とセーラさんが当身を食らわせて気絶させてしまう。

「平和に防げましたわ」

「これって平和、なのかなあ」

 カイラの言葉にセーラさんは、当然ですわ乙女の常識ですわ、と上品に答える。いやどう見てもカイラの方が常識的な反応だし。お兄ちゃんと私で何も言えず全体を眺めていると、ビアンカさんは手際よく全員をルイーザの玄関脇に並べ、腰のダガーを抜いた。でもよく見ると柄に緑柱石が嵌まっており刃がついていない。ダガー型の魔法杖だ。

「カイラ、ちょっと手伝え」

 言っていきなりカイラの脇腹をダガー型魔法杖で刺した。幻影の血液が流れ、途端に十人が一斉に目を覚ます。

「大変だ! お前何者だ!」

「はい今からマジックショーですよ」

 ビアンカさんは皮肉な笑みを浮かべて脇腹の剣を抜く。柄から先はさらに幻影の桜の枝が現れ、花びらが広く散った。十人はもちろんビアンカさん以外の全員が鮮やかな技術に感動する。

「残念ながら今日の集会は中止になったんだよ。ボクはルイーザさんにお願いされて、ちょっとしたお詫びにマジックをお見せしているわけだ。申し訳ないが、今日は解散してもらえるかな」

 彼女は鮮やかに紳士の態度で頭を下げる。するとカイラも隣りで微笑んでジュピターの杖を胸元から引き出しつつ、ゆったりと言った。

「私、ジュピターの末裔を汚す者ではありますが、ルイーザ様は本当に真摯な方ですから」

 彼女の言葉に十人が納得した表情になり、むしろお礼を言って散会していった。数人の男子は最後にカイラの胸元を名残惜しそうに見ていたのは何ともだと思うけど。

「何ですの、今のは」

「ビアンカのとっさのお芝居に氷の魔道士の家柄で説得力を与えたってことでしょう」

 唯一理解できていなかったセーラさんにお兄ちゃんが解説する。セーラさんもお嬢様のはずだけれど、やっぱ素直すぎる気がする。カイラはいつものだらしない笑みをにへらっと浮かべて答えた。

「私、こういうのほんと苦手なんだよう。お母様になったつもりで頑張ったのー」

 ぐでぐでするカイラに、お兄ちゃんは仕方なさそうに偉い偉いと愛想を言う。せっかく少しは格好よかったのに、やっぱりセーラさん以上に残念すぎるお嬢様だ。

 ビアンカさんはぱん、と柏手を打つと私たちを見回して言った。

「さあ、とっととまだ自覚のない患者さんを襲撃するよ」

 治療と言わない辺りがまたビアンカさんらしい。私たちは苦笑して変顔眼鏡とカラスマスクを装備するとルイーザの家の玄関を開けた。

 私たちは誰もルイーザの家になんて来たことがないのに、ビアンカさんは慣れた様子で真っ直ぐに家の中を進む。

「私って魔法騎士だけど、中でも戦争屋さんよりは実用的な方が好きでね」

 ビアンカさんはちょっと悪そうな表情を浮かべて言う。変顔眼鏡とカラスマスクのせいで、格好つけたはずが台無しで残念な感じだけど。まあ実用的っていうのは、特殊工作的なお仕事ってことだろう。カイラははあ、と言って首を傾げていて、ビアンカさんは少し呆れたような顔をして立ち止まる。

「君さ、少しは家の仕事をよく見た方が良いんじゃないか?」

「家の仕事? 国を守る魔法使いだよ」

「国を守るってことはさ」

 言ってビアンカさんは顔を背ける。お兄ちゃんは眉をひそめ、低い声で言った。

「今はキノコあたま病に集中した方が良いんじゃないかな」

 ビアンカさんはそうだね、と呟くように言ってまた歩き始めた。ルイーザの家は私とお兄ちゃんの実家よりは大きいけれど、カイラやセーラさんのお屋敷という規模では全然ないので、廊下を曲がったところで扉に着いた。ビアンカさんは扉を音もなく開ける。

 開けた正面、いきなり床に頭蓋骨が転がっており、天井からは蜘蛛みたいに八本の脚が生えた猿の球体間接人形がぶら下がっている。壁には危なっかしい中途半端な魔法陣が描かれており、黒表紙の本がたくさん詰まった本棚が奥にあった。

 そして真ん中のベッドでサソリの抱き枕を抱えたルイーザが悲鳴をあげようとしていた。私はとっさに防音魔法を張り巡らし、僅差でルイーザの金切り声が部屋に響く。

「私だよー。ルイーザのお友だち、カイラちゃんだよ」

 カイラの言葉にルイーザは警報じみた悲鳴を止めて私たちを見回す。次いで吹き出した。そしてそのままベッドの上を転げ回って笑い続ける。

「何? 何の儀式? 何か楽しい心霊スポットに誘ってくれるの?」

 そうとるか、さすが心霊マニア、考える肝が違う。あと笑い転げなくてもって思うけど、私も初めてこれをみたら笑い転げちゃうかもしれない。ビアンカさんは抗議しかけたセーラさんを手で押しのけると、低い声で言った。

「君は当寮きっての天才、サリーの実験の影響にある感染症に罹患している。我々はそれを治療にきた」

 ビアンカさんの言葉にルイーザは突然、カエルみたいな声を発して震え始めた。

「寮の天才って『天災害のサリー』でしょ? 私、死んじゃうの? 死んじゃうのね? ゾンビになるの?」

 さすがサリー、知名度も言われようもひどいもんだ。でもさすがビアンカさんはこの反応が予想どおりだったのか、全く顔色を変えずに淡々と答えた。

「大丈夫。死ぬことはない。頭に大きいキノコが生えるだけだよ」

「よかった、あの天災害に関わってそれで済むなんて」

 半泣きだったルイーザは表情を明るくする。ほんとサリーには私も気をつけようっと。ビアンカさんはお兄ちゃんにさっきと同じく薬の準備をお兄ちゃんとセーラさん、カイラに指示する。私は薬に影響がないよう防御魔法と隔壁魔法を調整した。

 続けてお兄ちゃんたちが薬を調整している間に、ビアンカさんはルイーザからここ数日の行動を聞き取る。会った人数は幸い両親のみで私たちは胸を撫で下ろした。と、お兄ちゃんは薬に咳き込みつつ首を傾げて言った。

「ルイーザはどうして、そんなに人と会っていなかったんだ」

「ほら私、心霊マニアだから。水源地が今、心霊スポットで有名になったところなの。私、これは水中にあると思って毎日、泉に潜っていたのよ」

 ビアンカさんが真っ青な顔になってお兄ちゃんに視線を向ける。

「水源地の泉って、まさか」

「王都全体の水源だね。貴族や軍は別水源で井戸水や魔法の泉を使っているけれど」

「このキノコは、水を介して喫食伝染するんだよ!」

「じゃあ、王都は全部?」

「私の、家はそれこそカンヴァス君の言ったとおり、屋敷に湧いているジュピターの泉だから別です、けど」

 私たちだけは水を飲んでいないから大丈夫だけれど。王都の他の人は。

「王都民は、ほぼ感染だな」

 カイラが低い声でいう。セーラさんは溜息をついてカイラの肩に手を置いて声をかけた。

「こういうときはさすがに、少しは鋭くなるのですわね?」

 カイラの胸にある杖が青い光を発し、セーラさんの腕を氷が覆う。慌てて私は熱の魔法を浴びせてセーラさんの腕を守り、ビアンカさんはセーラさんを引きずった。

「剣術しか分からない男の子孫のくせに、少しは頭は回るかな。だが甘い」

 カイラは再び低い声で言ってマスクと変顔眼鏡をかなぐり捨てる。彼女の体を暴虐的な冷気が覆った。私は薬を無視して魔法を張り、お兄ちゃんとルイーザを守る。ビアンカさんも暴風で自身とセーラさんを守る。

「王民をいったん凍結し、治療を行うと良いと思うよ、僕はね」

 カイラは冷めた声で言い、魔法杖を胸から引き出すと右手に構えた。服が凍りつき氷でできたお兄ちゃんに似た服装に変わる。だけどその背中には瑠璃色の氷のマントがたなびき、冷気がさらに室内を覆う。

 そのマントは、私リルには懐かしい憎悪の色。

「ジュピター! お前は、氷の魔道士・ジュピターか!」

 私の叫びに、カイラにはありえないほどの魔力を杖の内部に送り込む。カイラは今まで見たこともない、一方で私リルには懐かしい酷薄な笑みを浮かべて答えた。

「魔道王リル陛下、お久しゅうございます。再びこの王都を守護しようではありませんか、魔道王軍の次官、魔道王と双璧の魔法使い、氷の魔道士・ジュピターとともに」

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