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黒ぶち眼鏡のカラスさん

 最悪の事態を防ぐため、廃都もありえるのか。ひたすら現状追認ばかりを語るダークマター。暑苦しいほど熱のこもった勢いで死守を叫ぶスルト、そしれ客観的な効率性から、都市を住民ごと凍結すべきと論理的に語るジュピター。

 そして、敵も味方もまとめて皆殺しにしてしまえと嗤う私。

 ううん、私なんかじゃない大魔王リル。

 いや、私だ。大魔王リルは私だ。

 魔道王リルに叛逆した貴族軍が、疫病を王都にばらまいたのだ。その混乱に重ねて軍を派遣するという、何とも非道な戦争の仕掛け方だ。それを防戦する私たち魔道王軍と座する王都。

 四人の議論は紛糾し、そして私が叫ぶ。凍らせて敵を皆殺しにして、あとで救出できるぶんだけ救えば良いと。

「アリス?」

 揺さぶられる私。私はがばりと飛び起きて周囲を見回した。心配そうなお兄ちゃん。胸と背中が寝汗でべっしょりと濡れている。私はお兄ちゃんの首に両腕を回してぎゅっと抱きついた。

 背中をぽんぽん、と叩いてくれる。汗だらけなのに頭を優しく撫でてくれる。言葉もなく私は泣いてしまう。

 嫌な夢を見た。

 何より、その決断に快感を感じている大魔王リルが、私アリスはもちろん、リル自身が吐き気をおぼえていた。自分の中が変わってしまって、それなのに未だあのときの記憶が、悪意が私を責めていじめる。

 それも気持ちだけではなく、その結果があった。

 あのとき、凍結された住民の多くは障害も負った。でもその後始末はたしか、暗黒僧侶のダークマターに任せたはずだ。どうなったかは覚えていない。

 記憶にすら留めていない。魔道王ではなく、大魔王と呼ばれる由縁だ。

 でもふと、元々住民の凍結を言い出したのはジュピターだったと、今さらにふと違和感をおぼえた。

 なんて色々考えているうちに、お兄ちゃんは手早く私を脱がして汗をせっせと拭き取ってくれていた。

「お兄ちゃんエッチかも」

「十歳のちびっこが何を言ってるんだか。僕のベッドに潜り込んできたくせに」

 言われて私はでへへ、と笑ってお兄ちゃんに頬ずりする。でもまたふと、心の表面に何かが陰ってさざ波を立てた。胸騒ぎがする。キノコあたま病なんてふざけた病気だけれど。

 未だ私が再会していない氷の魔道士・ジュピターは本当に、私の思っているような。いや、歴史に残っているような。

 善き統治者だったのだろうか。


「残念なお知らせだよ」

 ビアンカさんが食事の席にいないと思っていたら、ご飯を終えたとたんにビアンカさんが飛び込んできた。そのまま自分の席を見て、旨そうだねと言ってまだ冷め切っていないニシンのタケノコ餡かけを頬張りながら言う。

「キノコあたま病、やっぱり外に漏れていた。幸か不幸かサリーの同学年の生徒だったから、すぐ事情を飲み込んで自宅療養に入ってくれた。今から薬を運ぶからみんな来てもらえる? 他の感染者も確認したいから」

私たちとカイラは当然、とうなずく。すると執事さんはすぐに部屋を出て、一本の魔法杖を携えて戻ってきた。

 音楽の指揮棒のような形をしており、草色がかった透明な杖で中心に一筋の細く紅の芯が通っている。表面には踊る人魚の装飾が施されていた。どこかで見覚えのある杖だ。私リルがかつて使っていた、装飾が一切ない金属の棒にしか見えない魔法杖とは対極の意匠だ。

「こちらは初代、ジュピター様が病魔退散の際にも使われていたと言われる杖でございます。お嬢様、お持ちください」

 たしかに、ジュピターの杖コレクションの中にあった気がする。というか使っていたこともあると思う。

「そんなの、家宝でしょ! 私、失くしたり壊したら怖いよ」

「失くされるのはなるべく避けていただきたいのですが、失礼ながらお嬢様の魔力や体力では到底、壊れませんぞ。それに世のために使うのならと、ご当主様も仰っておりますゆえ」

「さすが、そんなに良い杖なんだ」

「初代様の魔力に耐えうる魔法杖ですからな」

 私は魔法杖を見つめて分析する。たしかに私が知らない現代の技術が一切入っていないくせにやたらと強靭にできている。あと何か知らない魔法がかかっているようだけれど、たぶんジュピターの強化魔法か何かだろう。彼も研究熱心だったし。きっとひ弱な子孫も守るんだろう。

「カイラ、持っていった方が良いよ。せっかくなんだし」

 私はじっとカイラを見つめてゆっくりと言った。鈍感カイラでも私が、リルが言ったという意味を理解してくれると思う。カイラはおずおずと杖を右手にとって握り、首を傾げた。

「なんだろう、何か懐かしい気分になるよ」

 昨日聞いたような台詞を呟き、にへらっと笑って胸元の谷間に魔法杖を押し込んだ。

「ここって失くさないからねー」

「そんなところに物をしまっているから、頭や筋肉に栄養が届かないんですのよ」

 セーラさんが冷たい声で返す。ふと見るとお兄ちゃんが慌ててカイラから視線を逸らしていた。こらカイラ。するとビアンカさんは少し笑って言った。

「なんかいいな。緊張がほぐれたよ。緊張感が全くない奴がいるのも一つの効果なんだね」

「それって私、褒められているのかな」

「褒めてないと思うよ、普通は」

 呑気なことを言うカイラに私が突っ込むと、カイラはそっかあと言って頬をかいた。


 私たちはビアンカさんの案内でキノコあたま病の学生のところに急行した。入る直前に私とビアンカさんが防御魔法を張り、全員で家の中に入る。中にいた患者さんは男の人で知らない人だけど、とりあえず私たちの先輩ということで言葉遣いにはお兄ちゃんも含め気を付ける。

 頭の上に桜色のキノコが生えている、それを見ているだけで笑いだしそうになるのがとにかく苦しい。何より、カイラがにこにこしていて何か余計なことを言いだしそうで怖い。

 でも患者さんは気軽に言った。

「みんな無理して笑わないようにしなくても良いよ。サリーと同学年というだけで、ろくな目に遭わないのは正直慣れているし。あとジュピター様の子孫、カイラ様に会えるのは光栄ですよ」

 カイラ様って。上級生にはまだカイラのポンコツぶりが広がっていないのだろうか。カイラも自覚があるのかないのか知らないけど、いえそんな、とか言ってセーラさん以上に上品な仕草で笑った。やろうと思えばできるんだ、外面良しのお嬢様仕草も。まあ、さすがにそこはお嬢様ってことなのかな。

 まずはセーラさんが運んできた怪しい薬箱をお兄ちゃんが開け、ビアンカさんは説明書を読みながらお兄ちゃんと私に指示を出す。ひょうたん型のガラス容器に液薬を投入し、同じく箱に入っていたアルコールランプを机に置いた。その上に金属の脚立を立ててひょうたんを置く。ビアンカさんは魔法を全く使わないよう持ってきた火打ち石で器用にアルコールランプに点火した。

 少し経ってぷくぷくと湧きはじめ、唐辛子とワサビと玉ねぎと何かが入り混じった変な蒸気が室内を見たし、私たちは涙を浮かべる。

「またあのサリー、酷い薬を作りやがって」

 患者さんは諦めた表情で目を真っ赤にしている。さすが同級生、慣れていらっしゃる。私たちはビアンカさんからもらった、目の周りと鼻をふさぐ変装おもちゃみたいな変な眼鏡をかけ、カラスの口ばしみたいなマスクをして耐える。患者さん以外が全員、黒ぶち眼鏡に鷲鼻のカラス怪人で、笑いたいけど笑うと咳き込むという罰ゲーム状態。

「全く、周囲のことを何も考えない、酷い処方ですわ」

 セーラさんの目つきが剣呑になっているが、変な眼鏡のせいで面白い顔になっているせいか危機感を感じられない。でもビアンカさんはこんな変な環境の中でも淡々と患者さんから聞き取りをしてメモを作成していた。

「患者さんは幸い、ここんとこ風邪をひいていたから外出していないってさ。ご両親も仕事で偶然出張中だそうだ」

「それは良かったですねー。これで完璧ですか」

「その早合点が駄目だと言っているでしょ、お気楽カイラ」

 私の突っ込みにえー、とカイラは口を尖らせる仕草をして胸を上半身を揺らせる。患者さんの視線がカイラの胸元をちらちらと見る。カイラってまさか、わざとやっているんじゃないよね。

 ビアンカさんは聞こえるように咳払いすると、そのまま咳き込んだ。こんな変な蒸気の中で咳払いしちゃ駄目だってば。

「あー、ろくでもないな。まずアリスちゃんの方が正解ね。患者さんの後輩の子がお見舞いに来ちゃったらしいんだよ。ルイーザって子だけど知らない?」

「私たちの同級生です!」

 私はすかさず声をあげ、カイラも一緒に何回もうなずく。ビアンカさんは私たちを見回して言った。

「これも不幸中の幸いだね。ひとまずその子のところに急行しよう」

 私たちは薬の使い方メモを患者さんに渡すと、荷物をまとめてルイーザの家へと向かった。

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