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十歳アリスちゃんは元大魔王でした  作者: hiroliteral
薔薇と剣の交わる場所
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ルベライトの幻影

「聖地と呼ばれるだけはあるね」

 くまさんが洞窟の壁にそっと触れて溜息をついた。先ほどとはうって変わって、細かな白黒の色が入り混じった壁面をしており、一部はきらきらと輝いた石が半分埋まった形で顔を出している。花崗岩と、そこに産出した透明な水晶、黄色のトパーズ、そして色とりどりの輝く石たち。

 私はその中の一つ、薄紫色の石を魔力の炎でそっと包んだ。炎を外すとそこに、空色の石が現れる。

「アリスさん、これは何の魔法ですの?」

「ただの火炎魔法だよ。魔法学校の基礎授業で習った、安定魔法の火炎魔法で炙っただけ」

 私はいたずらな表情でみんなを見回す。お兄ちゃんはすぐに納得した顔になって言った。

「もしかしてこれ、トルマリンか」

「あったりー。それから、これも試してみるね。こっちはあまり使われないから知らない人が多いけれど、一応は安定魔法だよ。『ダークライト』」

 次いで私はみんなに私の後ろに立つよう指示し、壁に向かって手をかざす。ふわり、と壁があちこち紫色に光を発しはじめた。その冷たい光はどこかはかなくて。全然違う色なのに、ふとアデリーヌやアデルと一緒にかまくらから眺めた夜空を思い出してしまう。

 ちょっとだけ、村に帰りたいと思う。

 帰る場所があるアリス。帰る場所のないリル。

 少しだけ気持ちがざわめき、お兄ちゃんの手を探す。お兄ちゃんが私の頭をくしゃっと撫でた。

「これはフローライトだね。紫外線を受けると蛍光を放つ」

「またお兄ちゃんの正解」

 全部お兄ちゃんが答えてくれて、私は変な気持ちが消えてまた嬉しくなる。

「貴石関係は課税対象だから勉強したんだよ。重量がわかれば金額と課税額も概算できるぞ」

 お兄ちゃんが算盤を構える。すごいけど、すごいけどなんかそれ、今の感動と違う気が。

「『出自』と『自由』か」

 お兄ちゃんが呟き、私もうなずく。青いトルマリンとフローライトの石言葉だ。そしてこの石言葉は魔法ともつながりがある。

「青いトルマリンは根源を調べる魔法に使えるの。例えば呪いをかけた相手を探るとき。フローライトは解呪に使う石だよ」

「フローライトを飲むと呪いに効くって怪しげな露店が言っていたけれど、それって本当なのか!」

 少しお兄ちゃんが興奮した声でいう。何を考えていたのか分かった。ありがとう、お兄ちゃん。でも、そんな方法で私の呪法が解けるならとっくに。私は苦笑しつつ気づかないふりをして答えた。

「あくまで解呪の媒体として使うだけで、そのまま飲まないよ。魔法用の杖を食べないでしょ」

 お兄ちゃんはやっぱりそうか、と言って笑った。お兄ちゃん、変な露天商なんかに騙されなきゃいいけど。するとくまさんも話に入ってきた。

「トルマリンとフローライトが魔法に関係することは知っているけれど、もし鉱山になる等なら隠すとは思えないし、聖地とまでは呼ばないと思う。すくなくとも我が家系は」

 くまさんの言葉にセーラさんもうなずく。私は洞窟内を見回してダークライトの呪文を唱える。ぶわり、と蛍光で洞窟内が幻想的な色に包まれた。

「道が見えますわ」

 セーラさんが剣で方向を指し示した。そう、壁だけではなく床も発光している。その床の蛍光は人工的な直線が真ん中に通っており、途中で何もない壁に突き刺さるようになっていた。そして、その壁には蔓草の模様が蛍光で輝いているのだ。

 私たちはその壁まで進み、その壁を見つめる。蔓草と白百合の意匠。何度も屋敷で見た意匠だ。私は魔法の、セーラさんは毒矢や刃物といった仕掛けの罠を各々確認し、何もないことを知らせあった。さらに私は告げた。

「ここは魔法の扉だよ。でも鍵がよく分からないの。何かが触れれば開くことは確かだけれど、それは仕掛けた魔法使いでもあとで読めないような仕組みになってる」

 まさか金庫の鍵が金庫の中にあるパターンじゃないとは思うけど。リルのことを思い出して頭を抱えたくなる。するとセーラさんは顎をあげ、中空を見据えて歌い始めた。その声はいつもの張りのある強い声音ではなく、ソプラノの儚い声だった。


花園を守って

私の愛しい蔓草たちよ

果実を救って

私の可愛い白百合たちよ


もし貴女が

道を見失ったとしても

見守り続けるから

振り払われたとしても

貴女に手を差し伸べ続けるから


この身が滅びても

この手は貴女を包み続けるから


「これ、我が家の家訓ですの」

 私もお兄ちゃんも首を傾げる。家訓って普通、短いものだしそもそも歌うようなものじゃない。でもくまさんも一緒になってうなずく。

「この領地を守る我が家の家訓と教えられているんだ、僕たちはね。でも」

 言ってお兄さんはセーラさんの右手に触れた。

「これは家訓でもあるけれど、それ以上に暗号だと思うよ」

 セーラさんの手を壁に添えさせる。途端、蛍光が強くなり、続いてその蔓草と白百合が動き、ぽっかりとそこに穴が出現した。お兄ちゃんがそっと私の肩を抱く。私はお兄ちゃんの手を握った。

「さて、さらに謎へ迫りましょうか」

 セーラさんが再び剣で前を差し示す。でも勇ましい言葉とは裏腹に、少し声は震えていた。


 魔法の扉から先は再び同じような石壁が続いており、ダークライトの呪文を使って道を確認しながら進んでいった。ただ、この魔法は目に悪いのでずっと使い続けるわけにはいかない。でもそこはセーラさんもくまさんも戦士の勘やら野生の勘やらですぐ位置を覚えてくれるから困らない。

 ただ、お兄ちゃんの提案でとにかく慎重に、罠とかも確認しながら進むことにした。ほんと、何があるか分からないしね。あと何より。

 黙っていたけれど、さっきの詩。

 三人衆の一人、爆炎の騎士・スルトがよく言っていた言葉。「嫌だって手を振り払われても、俺は困っている奴を助けるさ」という言葉に似ていた。

 でも今は言えない。確証はないし、もしセーラさんのお母さんとの問題が大魔王リルに発するものだったら。私は、アリスは怖くてたまらない。セーラさんは変な人だけれど、今は素敵なお姉さんだから。

 でも、それでも先ほどの詩が私に染み込んでくる。私は手を振り払われたとしても絶対。セーラさんへ手を差し伸べるんだって。そう、ひそかに心に決めていた。

 途中に分かれ道もあったけれど、結局は示される道のとおりに歩くことにした。もちろんそこではお兄ちゃんがマッピングし、私とセーラさんが各々、魔法と剣で目印もつけている。とくにこの聖地、何が起きるか分からないからこういうところも時間はかかるけれど慎重に作業していく。

 二時間ほど歩いただろうか。唐突に広い空間に到達し、道案内の光が途絶えた。そこは壁一面が色とりどりのトルマリンで覆われていた。

「十一色のトルマリンが全て揃っているな」

 くまさんが呟き、内側が赤く外側が緑のトルマリンを嬉しそうに眺める。

「知っているかい? トルマリンは十一色あるって言われているのさ。とくにこのトルマリンは西瓜にそっくりでね。僕は大好きなトルマリンだよ」

「お兄様、その西瓜を食べると歯が折れますことよ?」

「食べないよ!」

 ちょっとセーラさんひどい。でもほんと、普段と違ってやんちゃだな、お兄さんといると。セーラさんったら、くまさんの両手を握って笑っている。

 お兄さんといると? 私はふと違和感を感じた。さっきまでみんなで慎重にと言っていたのに、あのセーラさんがお兄さんといるってだけでこんなに気軽というか、軽率に近い言葉を発するだろうか。

 と、お兄ちゃんが私をぐいっと抱き上げて肩車をした。

「なあアリス、きれいだね。こんな素敵な場所なら隠していても仕方ないよね」

 私は嬉しくて、でもリルの部分がアリスを思い切り引っ叩く。おかしい。お兄ちゃんもおかしい。真面目なお兄ちゃんが、自分で言っておいてこんな軽率な。肩車だなんて。

 ふと私は正面の壁に埋まった、クランベリーのように真紅の巨大なトルマリンに視線を向けた。私の拳より大きいトルマリンに私は気配を嗅ぎ取る。魔力に似ているけれど魔力ではない不思議な気配。そして見たこともない、トルマリンとは思えない赤。ああクランベリーは誤りだ。それは血の色にすら似ていて。

「お兄ちゃん、紅いトルマリンの石言葉はなに?」

「紅いトルマリンはルベライト。石言葉はよく知らないけれど、恋愛や愛情に効くといって高額で取引されるよ。愛情って言っても家族愛も入るけれどね」

 かすめるもう一つの疑惑、爆炎の騎士・スルト。その象徴は炎、すなわち紅。でも今はそっちを無視する。私とお兄ちゃん、セーラさんとくまさん。そこにある愛情。

 私はそのルベライトに強大な、そう、リルの魔法による超絶の冷気を浴びせかけた。加熱処理したルベライトは戻らないのが普通。でも、今の現象が魔法と組み合わせられたものなら。

 ルベライトが冷気を吸収し、その毒々しい赤を醒めさせていく。次第に血の赤からクランベリーへ、そしていちごのような赤へと変わっていく。その間、不自然なほど私ははしゃぎたくなる。アリスの部分がリルの背中を叩く。

 でも待って。今は。今はリルはこの制御を手放せない。

 だ・ま・れ!

「我が魔力に従え小娘が!」

 リルが叫ぶ。小娘のリルがアリスを怒鳴りつける。駄目押しの冷気を一気に浴びせかける。ふと、はしゃぎたい気持ちが嘘のように消えた。目の前のルベライトは薄桃色に変わり、怪しい気配が消えていた。

「私としたことが」

 セーラさんの呟きが聞こえ、くまさんと握りあっていた手を慌ててふりほどいた。頬が赤くなっていてかわいい。と、お兄ちゃんも慌てて私のことを降ろして警戒の姿勢を取る。お兄ちゃん、それ手遅れだから。

「アリスちゃん、今のは」

 くまさんの問いかけに、私は首を傾げて言った。

「たぶんあのルベライトに何か魔法か、不思議な力がかかっていたみたい。魔法、だとすれば全く私の知らない体系の魔法なんだけど」

 私の言葉にお兄ちゃんとセーラさんが唸り声をあげる。くまさんは私の中の大魔王リルを知らないけれど、二人は私の言った意味をわかるはず。

 セーラさんとくまさんの二人がルベライトに近づく。今は力も気配も感じないから大丈夫だとは思うけれど、お兄ちゃんは私の手を握って離さない。ちょっとまた嬉しい。

 くまさんとセーラさんは、ルベライトの表面に手を近づけた。するとルベライトの背後で何かが光り、はまっていたルベライトが転がり落ちる。ルベライトがはまっていた窪みの奥には蔓草と白百合の彫刻が彫られていた。

「この彫刻、動きそうだけれど。押してみて、いいか」

 私たちは全員揃い、私は耐衝撃、耐魔法の呪文を組み上げる。セーラさんは私たち三人を守るよう剣を抜き放ち、半眼となって全身の感覚を研ぎ澄ました。

 くまさんが彫刻を押し込むと目の前の石壁が扉のように開き、再び石の空間が眼前に広がった。

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