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十歳アリスちゃんは元大魔王でした  作者: hiroliteral
薔薇と剣の交わる場所
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祠の聖地へ

「花園への準備は完璧ですわね」

 セーラさんはプレートメールを着込み、剣と盾を構えてみせる。くまさんは相変わらずくまさんだけど、武装型とやらで指先に金属の爪を生やしている。お兄ちゃんは荷物にあった中では動きやすい服に着替え、セーラさんから借りた革の鎧を身につけている。本当はもっと安全な鎧にしたいのだけれど、お兄ちゃんの体力では革の鎧より重かったら動きが鈍くなるのでむしろ危ないのだ。まあ、荒事は私リルの方が得意だし。そして私は、入学式で買ったドレスを私流に改造したもの。スカートは少し短く体のラインに沿うようにして、代わりにタイツを履いている。この服、魔力が通じやすいから案外と戦闘向きなのだ。でもアリスとしては可愛さは絶対壊したくないからスカート必須。

 実はお兄ちゃんにリルが中にいることを明かしてから、リルの元々の服をおねだりしたんだけど駄目だった。お金の問題もあるけれど、アリスとして魔法を使いなさいって。

 効率的に変だしリルは私の中で暴れたけれど、でもそんなリルを感じたから、むしろ私アリスは納得しちゃった。

 何かおかしい。花園ってなんかこう、ピクニック的なはずなんだけど。なんかもう、冒険者というか何というか。

「興奮しますわ。花園ダンジョンの攻略」

 言っちゃったよダンジョン。セーラさんのお屋敷は花園と果樹園とダンジョン付き、ってもう意味がわからない。でもまあ、セーラさんだし。無理に私は自分を納得させ、ちょっと足取りの浮ついているセーラさんを眺めていた。

「やっぱりお兄さんと一緒だと違うのかな」

 ぽつりとお兄ちゃんが呟くように私へ囁く。首を傾げると、お兄ちゃんは話を続けた。

「セーラさんってこういうとき、落ち着きが大切です、とか他の人を叱る方だと思うんだよね」

 言われてみればそうだ。ちょっとセーラさんらしくないかもしれない。

「これが素のセーラさんだって可能性もじゅうぶんあると思うけどね。それに今のセーラさん、普段のお嬢様状態と狂戦士状態の混じった感じというか、よくわからないけど、安定している感じがする」

 言われてみればそうかもしれない。そもそも私みたいに二人の人格が本当に在るわけじゃないのに、まるで二人のように極端に振る舞っているセーラさん。

 十歳だけど私にはわかる。十歳だからこそ、私には分かっちゃう。二つの心で生きることの生きにくさを。

 でも今、アリスはリルを嫌いになれない。強大な、遥かに強大なリルを。

 アリスの私は今、恐れずに見つめようとしている。

 むしろアリスを見つめられないのはリル。リルにはアリスの純真さが眩しすぎて。温かい想いに触れることに怯えてしまって。魔力の奥に隠れてしまいそうになる。

 そんな二つの私には、セーラさんの苦しみもなんとなく、分かってしまうんだ。そして、もしかしたら癒えることがあるのかもしれないセーラさんのことを、私はほんの少し。

 ほんの少しだけ、妬ましい気持ちで見てしまうんだ。


 まずはセーラさんのお母さんとは顔を合わせないようにして、私たち四人のパーティは花園へと向かった。花園の入口は薄紅色の薔薇のアーチで、くまさんも立ったままくぐれるほど大きなアーチだった。本当にきれい。その足元にはカタバミの花が群生していた。

「カタバミは雑草と言われておりますけれど、私はかわいらしくて大好きですわ。ある人が『雑草などという草は存在しない。それを支えるか否かで言っているだけだ』と言っておりました。だから私、かわいいと思えれば何でも素敵なお花として、花園にお迎えする気持ちになりますの」

「美しさは真理。美味しさは有用性」

「そこで美味しさを持ち出す辺り、お兄様、減点ですわ」

 セーラさんは少しむくれた表情を浮かべ、それでもくまさんの頭に薔薇を一輪飾ってあげる。セーラさん、お兄さんに言う言葉はきついのに、もっとお兄さんと仲良くすれば良いのに。

 思って私はぎゅっとお兄ちゃんの手を握る。お兄ちゃんも同じことを思ったらしく、でも口元に人差し指を当てて私に言わないよう諭す。

 分かってるよ、お兄ちゃん。そこはほら私、リルの部分は大人の女だし。なんて思いつつ、たぶんこういうことについてリルは、本当は大人じゃないかもしれないとも思う。

 セーラさんは剣を斜めに掲げ、奥に小さく見えるクリーム色の建物を指した。

「あの管理舎の奥に祠の入口がありますわ」

 お兄ちゃんがごくりと唾を飲む。この中ではお兄ちゃんが最もこういう荒事には疎いはずだ。くまさんはよく分からないけれど、なんと言ってもセーラさんのお兄さんだし。

 でもセーラさんは笑って言った。

「今からそんな緊張しなくてもよろしいですわ。祠の聖地までは誰でも入って大丈夫なのですから」

 私たちは少し力を抜き、セーラさんの後に続く。その間も、桜や水芭蕉、ガーベラなどが次々と現れ、管理舎の前は色とりどりの桔梗畑となっていた。群青の桔梗が密集し、その周りを守るかのように植えられている白色の桔梗。その桔梗からは甘い香りが漂ってくる。

「桔梗の花って、僕はあまり好きな匂いではないはずなんだけど」

 お兄ちゃんの言葉に、セーラさんは全く気にしない様子でうなずいてくまさんに視線を向けた。くまさんも戸惑う表情を見せ、一輪だけ手折って鼻に近づける。

「この香り、百合に似ている」

「正解ですわ。この桔梗は魔法の得意な友人が創り出した、桔梗と百合を合わせた花ですの。そして桔梗は美しくて、咳止めの薬にもなる素敵な植物ですわ」

 友人、というときにちょっとだけ声が落ちる。誰のことか分かった気がする。我が寮の誇る狂魔法使い、サリーのことでしょ。でもサリーがこういうきれいなものを生み出すなんて、ちょっと意外な気がした。

 ふと、私も美しいものを。リルでも美しいものを。

 だけど考えに落ち込む前にセーラさんは言葉を続けた。

「私が好きな百合の香り。お兄様の好きな有用性。両方を併せ持った花ですわ」

 くまさんは首をすくめ、そしてセーラさんの頭をそっと撫でた。

「セーラがこういうお友達を持てるようになるなんてね」

「そんなこと、言うつもりで紹介したわけではありませんわ」

 急にむくれるセーラさん。やっぱりかわいいと思ってしまう。セーラさんは咳払いをして、でもくまさんの手を振り払いもせずに言葉を続けた。

「今はまず、祠の聖地への突入ですわ」

 セーラさんは管理舎の扉を開ける。続けて入ると、手前は各種の園芸用品が並んでいた。鋏、高枝切鋏、熊手、鍬、鎌につるはし。いずれも使い込まれているが、なぜか柄が全て金属製だ。小道具は棚に並べられているけれど、よく見ると棚の両脇に薄く色が変わっている箇所がある。

「いざ戦いになったとき、柄が金属製ですと色々と便利でしょう」

 なぜそこで当然のような顔でそれを言う。さすがセーラさん、ぶれないというか逆にぶれ過ぎているというか。セーラさんは棚の色が変わっている箇所に両手を添え、力任せに移動させた。棚の背後には、流麗な蔓草の模様と白百合をあしらった、黒く輝く黒檀の扉が隠されていた。扉はくまさんが通れるほどの大きさがあり、いかにも重そうなつくりだ。

「秘密とまでは言わないけれど、代々なるべく外には見せないという約束になっている。ご先祖様が緩かったのか、なるべく、という曖昧な決まりなんだけどね」

 くまさんが解説してくれる。何だか緊張するのに緩い話でちょっと困っちゃうな。

「そういうことですのでお二人とも、なるべく他言無用ということでよろしくお願いしますわ。あ、でもサリーは面倒ですので寮生にはやっぱり秘密にしていだいた方がよろしいかしら」

 なんか基準が厳しくなった。まあサリーが面倒臭いのは本当だけどね。

 セーラさんが扉に手をかける。案外と軋むこともなく、でもいかにも重そうな動きで扉が開いた。扉の向こうは洞窟になっており、うっすらと光が漏れている。とりあえず私の感覚に危険な魔法の力は感じられない。でも何か、何とも言えない違和感があった。私はお兄ちゃんの手をそっと握る。

 今は甘えるんじゃなくお兄ちゃんを私が守る。そういう意味でお兄ちゃんの手を握った。

「さて、いくか」

 セーラさんを先頭に、私、お兄ちゃん、しんがりはくまさんだ。魔力を考えて私がしんがりを名乗りでたけれど、くまさんが守りたいと言って譲ってくれなかった。あと私の足だと遅れかねないっていうのもある。どうしても歩幅が狭いからね。

 洞窟から漏れている光はヒカリゴケだった。ただその光は普通のヒカリゴケより強くて、松明や光魔法も要らないほどだ。

「このヒカリゴケ、他の場所に植え替えたことがあるんだけれど、ここまで光らなくなってしまうんだよね。この祠、何かあるんだろうね」

 くまさんの説明に私とお兄ちゃんもまた少し、緊張を強くする。ただ、洞窟と言っても足元が濡れるほどではなく、ヒカリゴケもふかふかと絨毯のように生えており歩いていて楽しい気分にもなる。

 セーラさんは警戒心なくまっすぐ進み、ついに奥に達した。奥には扉と同じ蔓草模様をあしらった石のテーブルがあり、そのテーブルの上には白百合の花束が置かれていた。だが、その花束はまだ咲いていない花だ。

「こんなところに花束なんて」

 私の呟きに、セーラさんは振り返って私を抱き上げてその花束に近づける。触れてみると、白い石を加工して作られた見事な彫刻だった。セーラさんは私をお兄ちゃんに預けると剣を抜き放ち、力いっぱいにその花束の彫刻に切りつけた。

 がきん、と音が響き、でもセーラさんの剣技にも関わらず花びらには傷もつかずうっすらと花が咲き始める。そして中の花弁まで見えたとたん、奥の石壁が動き始めた。

 石の擦れる音が止まり、目の前に白と透明な石の入り混じった石壁の洞窟が現れたのだ。

「さあ、行きましょう。私たちも知らない、祠の聖地へ」

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