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十歳アリスちゃんは元大魔王でした  作者: hiroliteral
薔薇と剣の交わる場所
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びわのぬくもり

「せっかくですから花園よりも果樹園をご案内なさったら? 殿方はお花よりも実のあるものを好む方が多くてよ? それから予定されている遠乗りですが、今日はきっと『猛神』の機嫌がよろしくないので馬車がよろしいわ」

 昼食をいただいたところでお母さんがセーラさんに助言した。セーラさんはほんの少し眉をひそめたけれど、すぐに表情を戻し、そうですわね、と微笑む。

 セーラさんらしくない、と思ったけれど、部屋を出てセーラさんがぽつりと言った。

「私、花園に案内する予定も、遠乗りにいつもは乗らない兄上の馬の猛神を使いたいと思っていることも、何一つお母様にお話していないのに」

 うわ確かに気持ち悪い。たしかにうちのお母さんも、私やお兄ちゃんの行動を読んでいることはよくあるけれど、普段しない行動まで予測するとかちょっと嫌。

「いつもそう。ほんの小さなことでも、お母様の予想を超えられないことが怖いの」

「でもセーラさん、よく反発で不良になったりしないね」

 セーラさんは初めて、皮肉な笑みを浮かべてやさぐれた声を発した。

「やってみようとしましたわ。そう、思った日にいきなり釘を刺されたんですの。そこまで予想の範囲ですかと。それなら自分を傷つけるようなことをやってもきっと、それもお母様の予想の範囲内。つまらないので止めてしまいましたわ」

 そういってセーラさんは嫌な笑みを浮かべた。

「今日、皆さんは何のお茶を飲まれました?」

「私、ローズヒップ」

「僕はミント」

「私はカモミールですわ」

 みんなばらばら。でも各々、好きなお茶なのは確かだ。と思いかけ、嫌な予感がした。

「私、皆さんのお茶の好みのお話は、お母様には何一つしておりませんわよ」

「それ気持ち悪い」

「アリス、それは」

 お兄ちゃんの注意をセーラさんは即座に遮った。むしろ、私の答えを待っていたみたいだった。

「良いんですの。アリスさんの気持ちは、私が物心ついてからずっと感じているものですから。アリスさん、いえ、リルさんにお訊きしたいのですけれど。お母様は魔法使いなのでしょうか」

 私は黙って首を振る。少なくとも私の知る限り、そんな魔法は知らない。何より、セーラさんのお母さんには魔法を使う素振りも、魔力が収束する気配も何もなかった。もっと間接的な、例えば死霊術や召喚術のようなものなら絶対とは言えないけれど、リルの本能的な勘が敵を察知しなかった。

「魔法の関係する力じゃ、ないと思うよ」

 お兄ちゃんは黙って考え込み、ふと気づいたように言う。

「さっき『殿方は』と言っていたよね。そういう男性とか、子供とかいう括りで推測を組み立てているんじゃないかな」

 セーラさんは溜息をついてうなずいた。

「まあ、大方はそんなところだと思いますわ。そういう印象はありますもの。ただ、それを常にやられるとこちらの一挙手一投足がお母様への暴露になりそうで怖くなるんですの」

 するとお兄ちゃんはお気楽な声で言った。

「じゃあ、とりあえず、お母様のいない果樹園に行きますか」

「結局やっぱり、殿方は食べ物の方がよろしいのね」

 ようやくセーラさんが小さく笑った。


 干しぶどうが自慢と言っていたので当然、ぶどうだと思っていたのだけど、果樹園は色んな木が混じって植えられていた。ぶどう、みかん、りんご、プラム、桃、柿、ブルーベリー。何だか知らない果物もなっていて、見回すだけでも楽しくなってくる。

「普通、こんな色々な種類の果樹を一つの場所では育てないと思うんですが」

 お兄ちゃんの疑問にセーラさんは自慢げに指を立てて説明した。

「これは魔法使いの兄様がかけた魔法ですの。兄様は実業魔法コースですのよ?」

 私もお兄ちゃんも首を傾げる。お嬢様なセーラさん、狂戦士なセーラさん。どちらを見ても、実業魔法コースなんていかにも平民の魔法を選ぶとは思えない。するとセーラさんは、私と同じですの、と呟いた。

「せめてお母様の外に行きたいというところですわ。魔道の追求も戦闘魔法も、どこかこの家に縛られる感じがなおさらしますもの。でも、そう思うこともまた縛られることですのに」

 なんか悪いことを聞いちゃった気がする。でもセーラさんは気にする様子もなく、穏やかに笑った。

「逃れたかどうかは別にして、お兄様はこの素敵な果樹園をつくった。それは素晴らしいことですわ」

 言って手近にあった樹からぶどうを一房とると、その一粒を私の口に押し込む。甘酸っぱい味が広がり、次いで爽やかな香りが鼻に抜けていった。

「私が紅茶とハーブティーに熱心になったのも、このぶどうの香りがきっかけでした。私もぶどうは大好き。さあ、好きに果物を取って、みんなで食べてみましょう」

 言ってセーラさんは籠を私とお兄ちゃんに渡した。私は周りを見回した。さっきはぶどうを食べたし他を食べたくなってくる。あと、単純にこの季節を無視した不思議な果樹園を眺めたいと思う。

「少し見て歩いたら? 迷子になるような場所でもないし」

 お兄ちゃんの言葉にうなずき、私は木々の間を一人で歩き始めた。お兄ちゃんも別な方向に向かう。なぜか算盤を片手にしているのはちょっと失礼な気もするけど、まあ真面目なのかな。

 少し歩くと、梅の花が咲いていた。濃い桃色の可愛らしい花で、メジロがくちばしを花に挿して蜜を吸っている。私の姿を見ると小さく鳴いて、でも逃げずに私へかわいい仕草で首をかしげるだけだった。

 ふと、みんなで行った島のことを唐突に思い出した。花でいっぱいの島。そこはただ、呑気に花いっぱいの島を散歩するぐらいのつもりが大冒険になってしまった。

 あらためて紅梅を仰ぎ、ほのかな香りを胸いっぱいに吸う。

 私は。

 私なんかに、こんな魔法を身につけられるかな。

 誰かを、優しい気持ちにしてあげられる魔法。

 魔道王と呼ばれ、魔王と呼ばれたはずのリルなのに、それはまだまだ難しいように感じた。

 学校に戻ったらまた、勉強しよう。たぶんその必要な勉強は、他の子たちならとっくにできているはずのことの気がする。それはきっとセーラさんや、むしろカイラなんかはずっとずっと、私よりできていること。

 ほんとは、アリスもそのまま成長できたらできるはずのこと。

「これ、知ってる?」

 いつの間にかお兄ちゃんが隣に立っていた。私の手に薄橙色の小さな果物を乗せてくれる。見たことのない果実だ。産毛の生えた皮を爪で引っかくと簡単に剥け、中からゆるやかな甘い香りがする果肉が顔をだす。口に入れると、鮮烈さはないけれど薄く甘くて香りと同じ優しい甘みだ。中には二つ部の大きな黒い種が入っていた。

「びわの花言葉は『治癒』なんだってさ」

 へえ、と私はうなずいて手の中に残った二粒の種を指先ではじく。そんな私を眺めながら、お兄ちゃんは少し意地悪な表情になって話を続けた。

「同時に『びわを植えると人が死ぬ』なんて迷信もあるね」

 私は思わず種を取り落としそうになり、慌てて握り直した。

「お兄ちゃん、その逆さまなお話、なんなの」

「びわの種からは薬が取れる。その薬は劇薬で、使い方を間違えると人が死ぬ。国でもびわの種は食べないように、勝手に薬を作らないように決めているんだ。その薬は高価だけれど管理が難しいから経費も高い」

 お兄ちゃんは算盤をちゃちゃっと鳴らす。

「そんなの学校で習っているんだ?」

「さすがにここまで細かい話は習っていないよ。興味があって調べたんだよ」

「お薬に興味があるんだ?」

「そりゃアリスの呪いが」

 言いかけ、お兄ちゃんは慌ててそっぽを向いた。そっか。私の呪いが治る薬がないかなんてこと、思って。大魔王リルの最高の呪法に打ち勝つ魔法。

 私は思わず吹き出した。

「ひどいな、少しでも助けになればって、僕だって」

「ごめんお兄ちゃん。でも私の呪法は最強だし」

 言ってから、お兄ちゃんに抱きついて続けた。

「でも、だから常識じゃ無理ってところに助けがあるかもしれないって、私も思う」

 そう思いたい。口の中で呟く。元々の魔王としての知識じゃ無理なことだけれど。

 魔法の根源研究がずっと止まってしまった今の時代じゃ、無茶に見えることだけれど。

 こういうお兄ちゃんとなら。

「あと、さ。びわの性質って、魔王リルに似ているかもって」

 急な話の展開に、私は首を傾げてお兄ちゃんを仰ぎ見る。お兄ちゃんは続けた。

「魔王リルは、多くの人を粛清した。倒した。でも当時の酷い貴族もいなくなり、魔法のために拐われる子供たちはいなくなって、今の僕たちもこうやって学校に通えるまでになってる」

 お兄ちゃんは私の頭をそっと撫でて言った。

「アリス、リル。どちらも本当は、きっと優しい子なんだよ」

 お兄ちゃんの言葉に私は急に恥ずかしくなり、わざとお兄ちゃんのお腹を軽く叩いた。

 お兄ちゃんは笑う。また私はお兄ちゃんに頭を預けて撫でてもらう。

 やっぱり。

 今はこの、緩やかなお兄ちゃんとの時間を守りたい。

 私が、毒にならないように。

 神様なのか悪霊なのかわからないけれど、何かに私はそっと祈った。

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