謎は夢の向こう
ドラムセットが止んだ後は不思議な魔力は雲散霧消してしまい、結局は何も掴めないで終わった。ただ終わっただけなら良かったのだけれど、開けたときの轟音は少し漏れてしまっていて、私たちは音楽の先生に見つかってしまった。
でもまあ、そこはルイーザが色々と言い訳してくれたのと、何よりドラムロールが止んだという功績で停学とかのお咎めなしとなった。ルイーザもずいぶんと交渉力あるなと思ったら、あちこち墓地とか禁止された場所に潜り込んでは何度も捕まったおかげで、こういうときの言い訳能力が鍛えられてしまったんだって。見直しかけて損した気分。
それで今日も、お兄ちゃん以外の私たちは音楽室にいるのだった。停学とかいった明確な罰はなしにする代わり、ドラムロールが再発しないか一週間、見張りをすることになっていて、それはカイラ、ルイーザ、セーラが交代でやってくれた。お兄ちゃんは他校だし、私は年齢から三人に任せることになったけれど、最終日の今日は私たち兄妹も一緒ということになったわけ。
「やはり何も起きる気配どころか、魔力の気配がありませんね」
ルイーザがつまんなさそうな顔で部屋の中を隅々まで確認しながら呟く。私も逆周りで確認して、そうだね、と呟くように答える。
「あのときのダンス、僕たちの村で昔から踊られている舞の曲なんだ。何かの魔力に関係する儀式の曲だったのかもね」
お兄ちゃんの言葉に私も一緒にうなずく。本来のアデリーヌの舞は一つの儀式的なもので、実際の魔力は伴わなくても影響を与えたり、意味をを書き換えたりする効果があるのかもしれない。
リルにだって、知らないことは結構あるんだな、って今、アリスとしてびっくりしちゃった。
でも結局、あのドラムロールは何だったんだろう。
「それは当然、お嬢様にダンスをさせられなくて寂しかったドラマーの霊ですわ」
セーラがあまりに当然のように言うので一瞬、みんな固まってしまった。セーラはそんな私たちを不思議そうに眺め、ローズマリーのハーブティーを全員に注ぎながら言葉を重ねる。
「何もなくなったのでしたら、あとは本にでも残っていないと本当のことなんて分かるはずはありませんわ。でも」
言葉を切り、セーラは不敵な表情で全員を見回して言葉を続けた。
「でも私たち、あのドラムセットにお礼の言葉を聞きましたもの。あの言葉が全てですわ」
「セーラさんって、案外とロマンチストなんですね」
「今頃気づきましたの? 戦斧と剣は乙女のロマンですもの」
それ違う。せっかく良い雰囲気でまとまりかけていたのにことごとく残念な戦乙女だ。みんなも呆れた溜息をついたけれど、セーラは何も感じない堂々とした態度でハーブティーを飲んだ。セーラは絹の手袋をした右手で上品にカップを傾ける。セーラの上品な立ち振る舞いと武人の凛とした姿勢は、中身の残念さとはうらはらに絵になる姿だ。
「セーラの家ってどういう家なのですか?」
唐突なカイラの問いかけに、セーラは平然と答える。
「それほど大きくありませんわ。守りは堅いですけれど」
「いやそっちの家じゃなく、家柄とか家風のことだったんですけど」
ああ、と言ってセーラは頬を染める。こうしているとどう見ても、名家のカイラなんかよりセーラの方が名家に見えるんだけど。
それを言えば、私は。リルは。
すっと感情に闇が射しかけ、余計な感情を頭の隅に追いやる。ふと、追いやっている私は誰なんだろうと思う。アリスがリルを追いやっているってわけじゃない。むしろリルとしての私が。
リルがリルから逃げている。
本当に余計な気持ち。いらない記憶。
そう思いかけ、でもリルとして生きた時代を全部は否定できない私がいて。私は頭を振った。
少し考え事をしているうちに、セーラとカイラの話は少し進んでいた。
「素敵ですねえ、花園があるなんて。見に行きたいなあ」
「お時間さえ許せば、お招きしてもよろしくてよ?」
何か面白い話になってきたような。ルイーザも目を輝かせてセーラの傍らに寄って行った。
「私も花園、見てみたいです! あと伝統ある名家のお屋敷とか、何かオカルトがありそう」
「おばけはもうたくさんだよ!」「私もオカルトは疲れたなあ」「私の屋敷に悪霊などいたら真っ二つにしておりますわ!」
私、カイラ、セーラの声が重なり、お兄ちゃんも黙ったまま苦笑して言った。
「ルイーザだけ、失礼がないように置いて行った方が良いかもしれないね」
「ごめんなさい! セーラさんのお宅は当然、清浄でお化けなんて一切でるはずがありません!」
慌てたルイーザの言葉に私たちは声を上げて笑う。
ふと部屋の中を見回して思った。こんなに笑いあえるこの部屋は、きっともう、本当に呪いなんてないのだろうと。そして新しくルイーザとここまで仲良くなれたことに、ドラムの霊へこっそり、心の中でお礼を言った。
寮に戻ると、なぜかセーラは少し憂鬱な表情になって溜息をついていた。
「セーラさんには珍しいですね。いつも元気か余裕がある感じなのに」
お兄ちゃんの言葉に、セーラは眉をひそめて答えた。
「さっきはその場の勢いで『お誘いする』なんて言ってしまったのですけれど、私はあまり、実家とは相性がよろしくありませんので」
寮長のビアンカさんが私たちを迎えながらちょっと意地悪な表情で答えた。
「ちょうど良い機会だから実家へ帰省しなよ。君、うちの寮でも本当に帰省が少なすぎるよ」
「そういったお話は聞きたくありませんわ」
ぷん、といった態度でセーラはそっぽを向く。ビアンカさんにからかわれているというのに、手が出るよりお嬢様状態のままだなんて珍しい。本人はそんな自分に気づかないらしく、それどころかしょげ込んでしまった。さすがにビアンカさんも少し優しい声に変わって、それでも意見は変えずに言葉を重ねる。
「セーラさ、君にだけ問題があるわけじゃないことくらい、僕もわかっているさ。でも君、お嬢様なんだから。ずっと実家と没交渉でいられるわけじゃないでしょ」
「わかっていますわ。わかってはいますけれど」
乙女な感じに上目遣いでビアンカさんを見上げる。普段の狂戦士っぷりを知らなきゃ本当に可愛らしいお嬢様っぷりだと思う。アデリーヌなんてきっと憧れちゃうんじゃないかな。
ふとアデリーヌのこと、実家のことを思い出して胸がちくっとした。
「僕とアリスはまだ実家に帰省していませんけど、たまには親に顔を見せなきゃとは思いますよ」
私の思いをお兄ちゃんが代弁してくれる。でもお兄ちゃん、ほんと真面目だよね。二人に責められ、セーラは拗ねた声を発した。
「私みたいな姫なのか戦士なのか分からないような人の気持ちなんて、どうせ皆さんわからないんですの」
「どうしてそんなに、実家と合わないの?」
セーラははっとした顔で私をじっと見つめた。そして少し考え込んで呟くように答えた。
「私とアリスさん、リルさん? は似ているのかもしれませんわ」
立ち上がって右手に剣、左手にはどこから取り出したのか一輪のバラを持って見せる。
「どちらも私の実家なのですわ。そして私はどちらにもなれない半端者ですの」
「どちらにも?」
聞き返すと、セーラは柔らかな、でも初めて見る頼りない表情で私のことを見つめた。
「今度、実家に行く際にはアリスさんにも一緒に来ていただきたいんですの」
私はお兄ちゃんを振り返る。お兄ちゃんも優しくうなずいた。私はぽすっとセーラの胸に顔を押しつけて答えた。
「ぜひ、私も行きたいよ」
セーラからはほのかに甘いバラの香りがした。




