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音楽室の謎

 カイラは何を囁いたのか、結局は何も明かさなかった。カイラ曰く、寂しい心の中は誰でも土足で踏み込んじゃいけないんだって。何となく言いたいことはわかるけど、全くもって理屈のない話で結局は何も答えていないのと同じ。

 でも、そんなカイラが好きだと思う。

 昔の縛られていた私、リルが嫌いって言葉は、でも私のことをむしろ認めていてくれて、大事に思っていてくれて。その優しさは、ちょっとお兄ちゃんのそれとは違って厳しいけれど、居心地が良くて。

 でもカイラの優しい居心地の良さは、ちょっと甘えすぎると私が駄目になる、そんな気がする。いや正確には。

 リルを甘やかしすぎちゃいけないって思う。

 リルは魔王。

 魔王って呼ばれるだけのことをし続けた私が、そこから丸ごと目を背けちゃいけない、そんな気がする。

 そこから目を背ける限り、私は。

 私はこの、十歳のままでいるしか、資格はないって気がする。

 ほんと理屈がないんだけど。

 だからカイラといると、私はなんだか自分のことがわかんなくなっちゃうんだ。

 わかりたくないんだ。

 だって私は。リルとして復活したかった私が本当になりたかったものは、もしかしたら平凡に生活していたアリスだったのかもしれなくて。だからリルの呪縛を解いてしまったら、私の本当の想いからむしろ離れてしまいそうで。

 ふと、お兄ちゃんの背中が遠ざかってみえた。

 一歩先を歩くお兄ちゃんの後ろ姿が愛おしくて、私は爪先立ちしてお兄ちゃんの背中に肩をそっとぶつけた。


「お待ちかね、ゴールの音楽室ですっ!」

 ルイーザがちょっと鼻息荒く声をあげ、芝居がかったゆっくりの動きでびしっと音楽室の扉を指差した。たしかに、昼間であれば開放されているはずの天窓の換気口までびっしりと綿が詰められており、さらにその棉からはうっすらと魔力を感じる。もちろん現代の実業魔法そのもので開発魔法とは系列が違うし、まだこんな魔法は習っていないので、力づくの解呪や即興の解析はともかく、正道の魔法としては私もよくわからない。

「とりあえず、この棉を全て攻撃破砕してみてはいかがかしら。現状復帰はわかりやすいですわ」

「やめなさいそこの脳筋」

 ルイーザが即座に狂戦士お嬢様の腕を掴んで睨みつける。

「そんな酷いですわ。私だってちょっとした冗談を言うこともあるんですのよ?」

「セーラさんが言うと、全然冗談に聞こえないですよー」

 カイラまで困った顔で突っ込みを入れた。私、リルも魔力で打ち抜くことはあるけれど、セーラは基本が力づくなわけだし。まあ冗談とか言われてもほとんど説得力はない。

 ルイーザは自分の頭を人差し指でぐりぐりしながら私たち全員を見回した。

「一応、今回は怪談と魔法の謎を解くという趣旨ですので、筋肉と魔力の力押しでなんでもぶち壊すのは無しですんで。とくにそこの二人」

 なんか私がセーラの同類に分類されてしまった。なんとも失礼な。けど、私がぷうっとほっぺを膨らましたのも無視してルイーザは話を続ける。

「まずはセーラさん、中の様子を聞き取って下さい。物音とかそういうの、察知するのはお得意かと思いますので。続けて私とアリスちゃんで内部の状況を魔法探知で調べます。その上でこの鍵で探検です」

 ルイーザが胸元から地味な赤銅色の鍵を取り出した。カイラが目を輝かせて声をあげる。

「鍵を借りておくだなんて、用意周到ですねー」

「先生方が鍵を素直に貸してくれるわけないでしょうが。昼間にいったん借りて、実業魔法の技術で鍵の姿を写し取って合鍵を作ったの」

「ルイーザさんなら怪盗になれそうですねー」

 お兄ちゃんが私の方に目を向け、小さい声で囁いた。

「泥棒の影響は駄目だからね」

「いやお兄さん、私別に泥棒じゃないですから、闇夜に怪奇の秘密を暴く探検家ですから!」

 慌ててルイーザが言い訳する。カイラは分かっていないのか首を傾げ、私とセーラは思わず吹き出してしまった。だがすぐにセーラは真面目な顔に戻ると扉の前に近づき、すっと両手の掌を扉に添え目を閉じる。カイラは何をしているのかセーラに訊こうとしたけれど、セーラがもの凄い形相で睨むので慌てて口を閉じた。

 一分、二分。全くの無音が続いた中、いきなりセーラが私たちに向き直った。

「中でドラムロールが鳴っていますわ」

「は?」

 全員が首をかしげる。不気味な音楽とか呪いの言葉とか、少なくとも打楽器以外のものを考えていたのだけれど。

「というか、ドラムロールって何なのよ」

 ルイーザが不満そうな声を発する。私も怖がるわけじゃないけど、何とも言えない微妙な気分でセーラを見つめた。でもセーラは自信ありげな美しいお嬢様の表情で微笑んで答える。

「だから、ドラムロールですわ。授賞式で鳴るドラムロール。ドラムロールのように何かを叩いている音ではありませんわ。本物のドラムの音。危険を察知するため、私の耳はドラムかそれ以外の何かかなんて間違うはずありませんわ」

 絶対的な自信で言い張るセーラに、とりあえず全員信じるしかない。仕方がないので、セーラと交代する形で私とルイーザの二人が扉の前に向かう。

 扉の向こうを透視する魔法もないわけではないんだけど、中にいる何かが察知してしまうとこっちの姿も丸見えになっちゃうので、今回は透視は使わない。こちらの情報を伝えずに中を知るのはどうしても限られてしまう。

 結局は単純な魔力探知。ルイーザが魔力の動きをとにかく手当たり次第に収集し、私の方で解析してやることにした。私とルイーザの魔力伝達をしやすいように、私はルイーザの腰に腕を回してぎゅっとしがみつくと、ルイーザがはわっ、と変な声を発した。

「なんかこう、アリスちゃんって体温高くってかわいい」

「私もルイーザの体、柔らかくって好き」

 言って何だか変な感じだなと思う。なんていうか、お母さんに甘えたときの気持ちっていうか。気持ちがとろっとしそうになっちゃう。でもぐっと踏みとどまって、アリスからリルの方に心を寄せてやる。

 私の内側に魔力と薄ら寒い闇が広がる。闇が魔力を完全に掌握し、リルの荒んだ欲求が鎌首をもたげる。慌ててもっとぎゅっとルイーザにしがみついて、みんなの顔を見回す。お兄ちゃんに笑いかける。

 がくりと異物感が胃に落ちてきた。ルイーザが拾ってきた音楽室の内部の魔力だ。私はその魔力の塊からルイーザの魔力をひっぺがし、魔力の放射の方向と強弱から物の形を構成していく。

 そして私の目の前に現れたのは。

「ドラムセットだ……」

 言ってから慌てて詳細に分析する。ドラムを叩く何者かの姿。悪霊、虫ほどの大きさの何か。でもそんなものは何もなく、ただドラムセットの形が明瞭になっていくだけだ。みんなを見回すと、セーラが勝ち誇った表情で私とルイーザに視線を向け、満足そうにうなずいた。

「ねえ、ドラムでしょう」

 とりあえず結論。誰もいないのにドラムが鳴っている。

「怖いというより意味不明としか言いようがないな」

 お兄ちゃんの言葉に私もうなずく。そしてルイーザは鍵を掲げて言った。

「さて、この鍵を開ける仕事ですが、今ここで調査に貢献していない人が」

「僕がやるよ」

 お兄ちゃんが即座に手をあげる。お兄ちゃんのこういうとこ、大好き。カイラはちょっと怯えた顔でどうぞどうぞと後ろに引き下がる。このお嬢様はとことん根性無しというか何というか。さっきはちょっと格好良かったのに。いやちょっとだけだよ?

 お兄ちゃんはルイーザから鍵を受け取ると、私たちと交代する形で扉の前に仁王立ちになる。鍵を右手に、算盤を左手に構えて扉を睨む。うん、この算盤が何か違うものになって欲しいって思いはたぶん、この場の女子全員の一致した気持ちだと思う。

 がちり、と鍵の音がして、お兄ちゃんはいきなり扉を開け放って後ろに飛び退いた。

 途端、割れんばかりのドラムロールの大音声が響く。私は慌てて風の魔法を半球状に張り巡らし、振動を閉じ込める。そして部屋の中にあったのは、やはりドラムセットだった。

 青い光を放ちながらスティックが盛んにドラムを叩いている。ひたすら同じ調子でドラムロール。でも普通のドラムロールより音が大きくて何と言うか。

 怖いんじゃなく、うるさーい!

 みんなの視線がルイーザに刺さる。

「怪奇現象っていうかさ」

「言いたいことはわかってます。私もさすがに、こんなだとは」

 ルイーザは溜息をついて部屋に一歩踏み込んだ。途端、ルイーザの姿が闇に包まれる!

 セーラが飛び、私は攻撃呪文の準備に入ろうとして。

 再びルイーザの姿が現れた。でもさっきの姿ではなく、なんと肩をしっかりと見せた赤いカクテルドレス姿だ。

『レディース・アンド・ジェントルメン! 今宵は素敵な淑女が舞い降りましたぞ!』

 ドラムから声が響いた。続けて扉の中から桃色の腕が伸び、私も引きづりこまれる。腕を攻撃しても手応えがなく、いきなり服をひっぺがされて。

「アリスちゃん、かわいい!」 

 カイラの声が響いた。私は子供用の桃色ドレス。胸元に白い大きなリボンがあしらわれており、スカートにはこれまではいたことのないフリルがふんだんにつけられている。

 意味が分からない。いや分かりたくないというか。それでも私はドラムを、現実を見つめた。怪しいドラムロールの速さがあがり、次いで急に音が止む。

 ドラムは聞き覚えのある、どこか懐かしいリズムを刻み始めた。何だか体が自然に動いてしまう。ここにいない誰かが私を導いているかのように、自然と脚が上がり腕が舞う。体が舞を覚えている。誰かの温かさが恋しくなってくる。

 アデリーヌ。私は唐突に思い出した。村で一緒に舞を踊ったアデリーヌ。あのときの曲と同じ、リズム。私の大切な友だち。私のことを待っていてくれる、本当に、大切な。

 こぼれそうになる涙をこらえて、お兄ちゃんに笑顔を向ける。緊張した表情だったお兄ちゃんが少し余裕のある表情に変わる。私は続けてルイーザの手をとって舞を続けた。今度は私がアデリーヌのように、もちろんアデリーヌのように上手には舞えないけど。アデリーヌのように穢れのない舞はできないけれど。

 でも心から舞う。このドラムが何なのか、調べるよりも今はきっと。きっとこの舞を完成させることが大切なんだと思う。

 汗ばんでドレスが体に張り付いてくる。長いスカートが脛に引っかかってふくらはぎが痛くなってくる。ルイーザは私よりも訳が分からないって顔をしながら、それでも一生懸命に一緒に踊ってくれた。

 ついに最後のリズムが鳴った。私の腕が天を指したまま止まる。僅かな静寂ののち、お兄ちゃんが小さく拍手を送ってくれる。すぐにカイラとセーラが続いた。そして。

 ドラムが赤く光りながら透明になっていく。ドラムは呟くように言った。

『お嬢様、お嬢様。やっと舞を覚えられましたね、お嬢様』

 そしてドラムは遂に姿を消した。窓からは何事もなかったように、お月様が黄色い静かなスポットライトを私たちに投げかけていた。

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