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アリス、学校で暴走する

「僕、騎士学校を目指して頑張るよ」

 帰宅してすぐ、お兄ちゃんは私を見つめて言った。そういえば今朝も訓練用の木製ナイフを手にしていたっけ。私は記憶をつい先日、今の時代から見れば五百年以上前まで遡る。

 爆炎の騎士、スルト。私が呪文を唱える間なら、たとえ龍に襲われても護り続け、そして私の絶大な魔力の下で爆炎を操り、(すべ)ての敵を屠り尽くした苛烈にして無情の騎士王。

 女たちからは絶大な憧憬、男たちからは限りない尊敬を受けていた、そんな彼すらも私の配下として従わせていたのが私だ。でも。

 最後は裏切られた。

 でもお兄ちゃんは。お兄ちゃんだけは私の騎士として守ってくれる。十八歳に成長した私が魔法を振るい、鋭い剣を構え輝く鎧に身を包んだお兄ちゃんが傍に控える。お兄ちゃんの下には多数の兵士が指示を待つ。スルトのような凄まじさはないけれど、これも絵になる。幸せな絵になっているよ。

「私だけの騎士として守ってくれる?」

 あ。声に出してしまった。頬が熱くなってくる。何で思ったことが口から出てしまうの。やっぱ十歳は不便なの。でもお兄ちゃんは私のこと。

 と、お兄ちゃんは微妙な笑みを浮かべて私の頭をそっと撫でた。

「ごめん。僕はアリスの騎士にはなれないよ」

「なんでー」

 本気で子供の駄々こねをしてしまう。するとお兄ちゃんはちょっとだけ恥ずかしそうに言った。

「僕が『頑張れば中央に行ける』っていうのは、先月の大会で優勝したからなんだよね」

「そうだよね、お兄ちゃん優勝するぐらい強いもんね。この間優勝したのは」

 表彰式を誇らしい気持ちで思い出す。そう、お兄ちゃんは頑張って方眼紙に計算式をたくさん書いて難しい帳簿を付け……。

「あの、お兄ちゃん」

「ごめんね。僕の平凡な剣術じゃ正規騎士コースは絶対無理なんだ。でもね、中央の騎士学校は選抜財務コースを用意してあるから大丈夫!」

 訂正。十八歳に成長した私が魔法を振るい、鋭いペンを構え予算設計書を検算するお兄ちゃんが傍に控える。お兄ちゃんの下には多数の経理係が指示を待つ。

「いいよ。いいよお兄ちゃんなら何でも良いよ。お兄ちゃん大好きだから!」

 私は十歳に転生した直後以来、ものすごい勢いで現実逃避した。


 私の飛び級と永遠の十歳については両親とも疑わしい顔をしたけれど、お兄ちゃんの騎士学校進学には大賛成だった。私の心配よりもむしろ、お兄ちゃんの進学の方が重視されたほどだ。

 まあ、永遠の十歳と言われても現実感がないだろうし、私も次第に元のアリスとしての行動に馴染んできたのもある。でもそれ以上に、お兄ちゃんの進路がまだぼんやりしていてやきもきしていた最中というのが大きいのだろう。

 そして翌日。私はお兄ちゃんと学校へ登校した。リルが覚醒して初めての登校だ。十歳の子どもたちと机を並べた大魔王がお勉強。

 リルとしての私は生まれてこの方、友達と言える相手がいない。つまり、私は過去二百年を加えても友達はアリスとしての学校の友達だけということになる。

 普通にアリスとして振る舞えば良い。頭ではわかっていても、友達がいなかった上に高齢のリルとしては色々と悩んでしまうわけで。で。私は考えないことにした。感じたまま、あるがまま。思考と論理はリルの色が強くなり、感情だとアリスの色が強くなる。

 だから考えないのが最善。

「今日のアリスって哲学だね!」

 教室に入った途端、おちびのアデリーヌが亜麻色の三つ編みをぴこぴこ揺らしながら私の顔を下から覗き込んだ。意味がわからず私は黙り込む。

「アリスが静かに考えごとしてると気持ち悪い」

 アデリーヌの双子の兄、アデルがアデリーヌのお下げを引っ張りながら言った。まだ十歳の双子なだけあって、服装と髪型を変えれば一見区別はつかないだろう。でもアデルはアデリーヌと違って、意地悪な顔で私を見た。

 私の髪にも伸ばしかけた手をすかさず振り払いつつ、私は黙って舌を出した。

「アリス、今日は結構強気だな。カンヴァス兄貴はいないのに、泣き虫アリスが元気だぞ」

 泣き虫アリス。イラッときた。こいつら暴風魔法で壁に叩きつけてやろうか。いや十歳の子相手に攻撃魔法を使うとか、いくら何でも大人気ない。

「アデル、アリスをからかうのやめなよ。なんか格好悪い」

 アデリーヌが顔をしかめてアデルを諌めるが、アデルはアデリーヌを無視して私の肩を平手で突いた。私はアデルのことを鼻で笑って教科書を机に準備して席につく。途端。お尻に何かひやりとしたものを感じた。

「アデル。何したの」

「なんもしてないよー」

 ほんの子供のいたずら、というには少し度が過ぎているかもしれない。今のは小さな氷の魔法で私のお尻を包もうとしたんだろう。私はそんな魔法、呪文を唱えなくても無意識で解除してしまうけれど、何も備えがなければ弱い人は軽いしもやけになりかねない。

 ちょっとお仕置きしてあげようか。私が軽くそよ風を起こそうとすると、アデルが余計なことを言った。

「何だよ、またお兄ちゃんに泣きつくのかよ。大して強くないくせに。うちの兄ちゃんは騎士学校推薦だぞ」

「うちのお兄ちゃんも、騎士学校行くもん!」

「どうせ経理係だろ、千ゴールドになりまーすって帳簿つけて根暗な金勘定係」

 私の手の中で転がしていた空気の流れがいきなり膨張する。暴れる感情を抑えつつ、私は問い詰める。

「お兄ちゃんへの言葉、取り消して」

「何度でも言ってやるよ、根暗な計算係。金庫の前の番犬ワンコ、ワンワンワン」

 アデリーヌがやめて、と叫んで焦った表情でアデルの袖を引っ張る。アデルがうるさい、と振り切った。

「消えて」

 暴風が室内の机とアデルを一気に巻き上げ、そのままアデルを中心に置き、机を全てアデルにぶつけ!

 直前で止める。

 何を、やっているんだろ。私。

 アデルはともかくアデリーヌは友達で。

 風の支えを失った机とアデルがそのまま落下する。アデルはさっきの勢いを失って泣き出した。

「アリス、許してあげて!」

 アデリーヌが叫んでアデルと私の間に入る。アデリーヌの足はがくがく震え、それでも私を強い意思で睨みつけていた。

 やってしまった。私、何をやってしまったんだ。

 私はそのまま、教室を飛び出した。

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