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亡霊はどこにいる

「『また一歩進んだよ。もう一歩歩くね』 不明瞭だった声が明確な輪郭を描き、近づいてくる。彼女は学園で禁止されている開発魔法、それも軍用魔法を放ったの。いえ、放とうとした。でもその天才的な魔法は何も反応しなかったわ。そして声は次第に、次第に近づいてきて」

 ごくり、唾を飲む音はカイラだろうか、それとも私の喉だっただろうか。私は椅子の肘掛けをぐっと握る。

「アリス、痛いんだけど」

 はっと気づいて背後を振り向く。お兄ちゃんの苦笑が目に入る。そうだ私、お兄ちゃんの膝の上に座っていたんだっけ。私はへへっ、と笑って舌を出した。けどそんな私の反応をさらに誘うかのようにルイーザの声が低くなる。

「少女はふと思いついて叫んだの、そこにいるはずのない彼のことを。『お兄ちゃんっ!』って。すると目の前に大好きなお兄ちゃんの顔が現れて、彼女はほうっと溜息をついたわ」

 すっとルイーザは紅茶を口にしてゆったりと溜息をついた。私も一緒にセーラがくれたクッキーを口に含む。優しい甘みと香ばしい香りが口に広がり、お兄ちゃんの胸に頭を預けようとした。

「そして、そのお兄ちゃんの顔が歪み、足元に首が転がったー!」

「わーっ!」

 嫌らしい笑みを浮かべるルイーザ、悲鳴を上げるカイラ、そして。

 恐慌した私の手から火球が吹き上がった。即座、セーラが火球を十六分割にぶった斬る。

「アリス、落ち着け!」

 お兄ちゃんがぎゅっと私の体を羽交い締めにする。ふわっと気持ちが落ち着き、右手に集めた暴風、左手に固めた腐敗の術式を慌てて放棄した。

 ルイーザが両足をだらしなく開いて腰を抜かしかけていた。

「アリスちゃん、怖いって魔法暴走怖いって!」

「いやルイーザの話怖いから! お兄ちゃんの首がごろりとか怖すぎるし!」

「別にアリスちゃんのお兄ちゃんじゃないから! ってかその瞳ヤバいから。臨戦態勢とか洒落なってない!」

 やっと上品に座り直して冷めた表情を取り繕ったルイーザが両手を振る。私もはっと気づいて自分の魔力に枷を嵌め直す。実はこれでも一番軽い枷が外れただけなんだけど。

 セーラが私たちに次々とカモミールとジャスミンを合わせたハーブティーを配った。

「はい、皆さんティーの香りを胸いっぱいに深呼吸、ですわ」

 セーラの言葉に私、ルイーザ、カイラ、そしてお兄ちゃんが揃って従う。香りに包まれ、もう一段心が落ち着いてくる。腹立ちと恐怖がゆったりと溶けていく。

「アリスさんにお兄ちゃんのお話は取扱注意ですわ」

 セーラが茶化したことをお上品な口調で言う。ほんと、この狂戦士(バーサーカー)の取り繕い技術は半端じゃない。けれどルイーザは少し口を尖らせて言った。

「だってアリスちゃんっていつもお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってるから、これは弱点掴んだと思ったんですよ。それがむしろ危険物化の仕掛けだなんて」

「ルイーザって普段、真面目な割にそんなこと考えてるんだねー」

 カイラの何も考えていない、でも結構真理を突いた発言にルイーザは慌てて手を振った。

「いや、そんなつもりじゃなく、何て言うか優秀で子供なのに勉強のときは全然子供っぽくないから、ちょっと悪戯してみたいな、とか思ったんですよ」

 なるほど、とお兄ちゃんは深くうなずく。そういうものなんだろか。というか今日の集まり自体、何故だかルイーザがカイラと遊びに来て、それで何だかよくわかんないけど怪談が始まったっていう流れだったんだけど。

「ねえルイーザ、私を怖がらせようってことで遊びに来たの」

 私はわざと声を低くして訊く。だがルイーザは平然とした顔で言った。

「そんなことないよ。私、仲の良い子にはいつも怪談話しているし」

「それってなかなか個性的な趣味だね」

 お兄ちゃんがいかにも無理な答えを返す。こういうそつないとこが、お兄ちゃんの好きなところで、同時に困ったところだ。こういう子にはがっちりと言って欲しい。少なくとも、私を怖がらせようなんて子には。

 ふと、私は変なことに気づいた。何で私は怪談になんて怯えたんだろうって。私は、リルは、怪談なんかよりもずっと恐ろしく、昏く、罪深く。自身が、そんな存在だというのに。

 ふわっとお兄ちゃんが私の頭を撫でてくれる。薄く私は目を閉じる。今は余計なことを考えるのを止めよう。それにきっと、私は。私はずいぶんと変わっていってるんだと思う。リルとしても、アリスとしても。

 目を閉じていると、再びカイラが何気ない調子で変なことを言い出した。

「でもさ、怪談を自分で作っちゃう人って尊敬できるよね。それも作家さんじゃなく、生きた噂にできる人って」

「生きた、噂?」

 ルイーザがいらついた声音でおうむ返しに問いかける。セーラも目を開いてルイーザをじっと見つめた。ルイーザはうん、と軽くうなずいて人差し指を立てると言葉を続ける。

「私のお話ってカイラが思っているような作り話じゃないよ。うちの魔法学校で伝わってる実話だって」

「今から脅かそうって思ってるんなら、もう効果ないし」

 私は先回りしてぴしゃっと話を切ろうとする。でもルイーザは真面目な表情のまま話を続けた。

「だってこの話、魔法の証拠があるの。だから魔法学校って、夜間はしっかり鍵をかけているでしょう」

「それは単に防犯でしょう。戸締りは防衛の中で、攻撃の次の基本ですわ」

 セーラが常識のようにさらっと非常識な防衛論を説いた。まあ、リルも似たような部分はあるので私自身、あまりそれを指摘できるものじゃないんだけど。

 とはいえ戸締りは常識なわけで。お兄ちゃんもまた苦笑して手元の算盤を弄っている。それでもルイーザはさらに食い下がった。

「でも、本当なんです。それが理由で戸締りをしっかり、とくに奥の音楽室は防音魔法を多重に掛けているんです」

「防音魔法を?」

 急にお兄ちゃんが声をあげた。私たちは何でそんな声を出すのか、と訝しげにお兄ちゃんの顔を見つめる。お兄ちゃんは算盤をちゃちゃっと弄って言った。

「防音魔法って普通、魔法だけでは効果が無くて、吸音しやすい棉や布を隙間に詰めて、さらにその吸音能力を高める魔法なんだよ」

「何で騎士学校の方がそんなことに詳しいんですの?」

 セーラのもっともな疑問に、お兄ちゃんはまた算盤を振って音を鳴らしながら答える。

「ほら、僕は財務とか会計とか、そっちの方だから。だから経常経費が高い魔法とか初期投資の高い魔法とか、そういう視点で勉強するわけ」

 お兄ちゃんの言葉で頭の中がつながる。棉や布。資材が必要で、それも詰める作業が必要。

「作業賃や材料費がかかる?」

 私の言葉に、お兄ちゃん笑顔で私の頭を撫でてくれた。

「正解。もっと正確には、無理やり吸音させるから、普通より棉とかが痛んでしまう。だからコスト高になる。それにみんなが変な顔したってことは、あまり人気のなさそうな魔法だよね」

 それはそうだろう。美しい音楽を奏でるとか、炎や氷を現出させるわけでもなければ、魔法道具で稼ぐこともできない、ただ音を吸収するだけという徹底的に地味な魔法。そんなのに惹かれる人がいるとすれば、かなりの物好きと言って良いと思う。

「でも、その魔法を毎日毎日、音楽室に行っているんです! 音楽の授業中ではなく、よりもよって誰もいなくなる夜になって!」

 ルイーザがここぞとばかりに不気味な低い声で唸るように言う、やだアリスの部分が怯えちゃう。お兄ちゃんにしがみつく。お兄ちゃんの体温にほっとした気持ちになる。

 そしてカイラがうなずいた。

「とにかくよくわかんないけど、わかんないことが起きているってことがわかった! 冒険してみましょうよ」

 はい。何か不穏なことを言い出したぞこの阿呆なお友達。さらにセーラが喉元で笑いながら言った。

「妖の類を斬り捨てる、なかなか良いご趣味だと思いませんこと?」

 いや悪い趣味でしょ。

「無駄なお金をかけるとは思えない。原因を知りたいな」

「お兄ちゃん? お兄ちゃんまで何を言い出すかな?」

 私の必死な声を押しつぶすように、ルイーザが満面の笑みを浮かべて言った。

「これは早速、肝試し大会に突入だね!」

 私は無言で、お兄ちゃんの脛向こうを蹴っ飛ばした。

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