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アリス、運動する

「どうしよう、かね」

 先生が困った顔で私を見下ろす。何がおかしいんだか知らないが、カイラはけたけた笑い、ルイーザも半笑いの困った顔をしている。

 目の前にあるのは鉄棒。手を思い切り伸ばすと、すかっと空を切る。先生が弱った顔で頭を掻く。

「流石に十歳児は想定していないし、中でもアリスは小柄だしなあ」

 小柄だったリルの魂の影響か、単に遺伝なのかはわからないけど、私は十歳にしても小柄だ。私は溜息をついて呪文を口の中で唱え、ぱんと飛び上がって鉄棒にぶら下がった。

「それじゃ駄目なんだよ。回ったとしても、魔法の力なのか肉体の力なのか区別がつかなくなってしまう」

「えー。じゃあ私見学してる」

「いや、体育は必修だし何より魔法を使う基礎は肉体だ。その鍛錬を疎かにするわけにはいかん」

 先生は見せつけるように胸の筋肉をぴくぴくさせる。ごめんそういうの、気持ち悪い。思ったけれど一応は口に出さないで私も半笑いしておく。

「私もなかなか逆上がりとか苦手なのー」

 隣でカイラが鉄棒にぶら下がってうんうん言っている。それはそうだろう、胸に重りつけて逆上がりとか罰ゲームでもあるまいし。シリルが横目でカイラをちらちら見て頬を赤くしつつ、そのくせ真面目くさったことを言った。

「アリスさん、先生の言うことはもっともだから、何か代わりになることをやった方が良いと思うんだ」

「そりゃあ、わかってるんだけど」

 私も先生とシリルの言葉を否定しきれず語尾を濁してしまう。以前にお兄ちゃんを守ろうとして失敗しちゃったことがあったけれど、あのときは魔力には問題ないのに体力切れだった。流石に先生みたいにむっきむきになりたいとは欠片も思わないけれど、体力をつけなきゃならないのは事実なわけで。

 真っ青な空を仰いだ。リルはどうやって体力をつけたんだっけ。思い出そうとして、ずきりと頭痛がする。リルの子供の頃の記憶、それは最も忘れたいもので、今と比べたら惨めになってしまうもので。

 私は頭を振り、とりあえず屈伸する。先生はぽんと手を打ち、ちょっといい加減な調子で言った。

「走るのは良いぞ、全身運動で有酸素運動だ。ここは一つ、アリスは耐久走にしよう」

 へいへい、と私は適当な返事をするとたらたらと走り始めた。


 呼吸のリズムをつくり、グラウンド内を走り始める。さすが魔法学校だけあって、グラウンドのあちこちに魔法陣の残骸が見える。上級生が魔法の訓練をした後、適当に処理したのだろう。中には物騒な魔法が放置されたままになっていたり、残骸同士が乱雑に重なって危険なものになっている。筋肉先生、適当に放置してるんだろうか。

 痛い目に逢うのは嫌なので、足の裏に解呪を貼り付けて走ることにする。案の定、魔法陣を踏んで解呪の音がばしっと鳴る。続けてぱりっと鳴り、今度はぴりっ、と鳴る。ちょっと楽しくなってくる。

 ぱきっ、ぴしっ、ぽりっ、こりっ。

 きし、がり、ごつ、かつ。

 くん、つん、どん、ぞん。

 きん、りん、たん、ちん。

 かん、たん、とん、ぱん。

 急に村祭りを思い出した。アデリーヌのことが懐かしくなる。

アデリーヌと一緒に舞った夜のこと。アデリーヌから教わった複雑なステップ。私はどうしても遅れがちになるんだけど。でもちゃんと覚えてる。私の身体はアデリーヌとの時間を忘れずにいる。

 魔法陣の残骸を探しては踏んでいく。アデリーヌとのステップを踏みながら。もう一度、アデリーヌと一緒にステップを踏みたい。もう私の身長はとうに越しちゃったんだろうけど、でも私はアデリーヌについていく。

 体が育たなくたって、頭と魔法でアデリーヌとまた、一緒に。

 わあっ、と歓声が聞こえた。びっくりして振り向くと、なぜかクラスメイトがみんなで私を見ていた。

「その創作ダンス、良いですね!」

 ルイーザの声にわたしはあっ、と小さく声をあげた。体育の授業中なの忘れて、解呪紛れに走るのも忘れてダンスをしていたみたい。周りを見回すと魔法陣の残骸は綺麗になくなっており、私は背中にじっとりと汗をかいていた。張り付いたシャツを体から引き剥がすと風が入り心地良い。

 ……まだみんなこっち見てる。私は恥ずかしくなって両手を突き出してしっしっ、とやってからまた走りは始めた。背中にみんなの笑い声が聞こえる。でもその笑い声は馬鹿にするような声じゃなく、暖かくて。

 どこか、良かった。


 一周したところでルイーザが何か考えごとをしながら私の方に寄ってきた。みんなはまだ鉄棒の練習を続けている。カイラは全く進歩がなく、何人かの男子が怪しい視線を向けている。さすがにシリルは真面目に練習していた。

「流石に疲れちゃうよね」

 声に振り向くと、ルイーザが汗を拭きながら私の隣にしゃがみ込む。お兄ちゃんと歳は一緒のはずだけれど、ルイーザも結構小柄なので何となく親近感が湧いてしまう。そんなこと言ったら怒られちゃうかもだけど。私はうなずいて自分の掻いた汗を見せつける。ルイーザは頑張ったね、と笑い、そして私の顔をじっと覗き込んだ。

「アリスって、変わったよね」

「変わった?」

「ほら、あいつがクラスに殴り込んできたとき。凄い子だなとは思ったけど、余裕無い子だな、と思ってたんだ、私」

 そういえばそんなことあったっけ。お兄ちゃんと同い年のくせに、今は私に敬礼するからちょっと嫌なんだけど、あの人。でも、あのときの戦闘なんてリルとしては遊び以下で。

「あー、アリスが強いことはあれでよく分かってるし、戦闘は確かに余裕だったけどね」

 じゃあ、と私が言いかけると、ルイーザは指を立てて言った。

「アリスは、何でこの学校に来たんだっけ」

「私は魔法の勉強に」

 言って言葉を切る。単に魔法の勉強なんかじゃない。私がここに来たのは。

「私の不老の呪いを解呪するため、だよ」

 私の言葉にふふん、とルイーザは笑って土に小さなばつ印を描いた。

「来た頃のアリスなら、その解呪をすぐ答えたと思うよ」

 そっか、と言いかけたとき、カイラが鉄棒から落ちた。私は思わず危ない、と身を乗り出し、笑ってるカイラを見て安堵の溜息をついた。

「ほら。そういうとこも変わった」

 私は首をかしげる。

「怒るんじゃなく、心配するようになった。安心するようになった。きっと少し、余裕ができてる」

 言われて私は自分の両手を何となく見つめる。成長しない私の体。余裕どころか、次第にお兄ちゃんから、カイラから、ルイーザから、そしてアデリーヌから。私は置いてきぼりになって遠ざかっていっているというのに。

「余裕、というか開き直ったというのが正しいのかな。何ていうか周りを壊してでも突っ込んでいく感じがなくなった。普通によそ見して失敗して、可愛い」

「可愛いって言われても」

 何だか気恥ずかしくなって私はそっぽを向く。

 でも、本当に。解呪のことを忘れている日が多くなった。もちろん三人衆のこととか、色々あったけれど。それ以上に私は。私は今の日常も楽しんでいて。何を考えているんだか。

「何でそんなに急いで大人になるのさ」

「置いていかれたくない」

「体が子供だからって、本当に置いていかれるのかな」

 言ってルイーザは自分の頭をぽんぽん、と叩いてみせる。そりゃルイーザも小さいけれど。そうじゃなくて。

「置いて行く子なの? その、村にいた親友の子って」

「違う!」

 私は思わず叫んでしまい、慌てて口を両手で塞ぐ。

「なら、努力は続けるにしても、少しはよそ見しながら歩いてもいいんじゃないかな」

 ルイーザの言葉に私は小さくうなずき、今日二回目の尻餅をついたカイラを目撃して吹き出した。

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