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着せ替えごっこ

 島から帰宅して二週間後。島で相談したとおり、私とお兄ちゃん、それにサリーでカイラの家を訪問することにした。そんなわけで今日は早めに起きて朝食を済まし、ちょっと部屋の掃除をお兄ちゃんの指示でやり遂げた頃、寮の廊下を大きな鞄を手に提げたカイラが歩いているのを見かけた。

「こんなとこで何をやってるの?」

「今日、うちに来るっていうから準備に来たの」

 意味がわからない。私たちが自分の身支度をしたり、カイラがたぶん散らかし放題の部屋を片付けるのならわかるんだけど。すると音もなくセーラがふわっふわの可愛いピンクのエプロンドレス姿でカイラの背後に現れた。

「ちゃんと来て下さって、申し訳ありませんわ。あの身支度できない研究狂エルフを飾るには人手が必要ですの」

 なんかきな臭い台詞とともに、セーラは廊下に立てかけていた戦斧を笑顔で肩に担ぐと優雅にスカートの端を持って私と私の隣に立ったお兄ちゃんに一礼し、カイラを引きずるようにして廊下を進んでいく。私とお兄ちゃんは顔を見合わせると、一応二人の後を追った。

 着いた先は、あまり考えたくなかったけれどやっぱりサリーの寝室兼研究室。セーラがまた優雅な姿勢でこんこん、とゆっくりノックする。

「おはようございます、サリーさん。そろそろお(ぐし)も整えるお時間だと思いますわ」

「今、ちょっといい呪文書いてるから待っててー」

 上の空の声が聞こえる。途端セーラは笑顔のまま戦斧を木製扉に叩きつける。でも傷一つつかない謎の扉。

「開きませんわね」

 いやそれ開けてない。破壊しようとしてる。お兄ちゃんを見ると額に手を当てて青い顔をしている。大丈夫、と声をかけると、お兄ちゃんは呻くように言った。

「カイラさんの家って名家だけど、サリーさんがいつもの白衣を着て研究用の怪しい道具を首からぶら下げて行くっていうから、ついセーラさんに相談したんだよね」

「お兄ちゃん人選間違ってる」

 さすがに私もちょっと非難がましく言ってしまう。結果、こうなると。さすが優雅でお嬢様な脳筋。意味がわからない。そうこうしているうちにセーラさんの手袋が光を発し始める。カイラもおたおたしながら初級の筋肉増強呪文をセーラに浴びせかける。ふうぅ、と長い呼吸が聞こえ、セーラの目が輝いた気がした。

「突貫!」

 絶叫とともに戦斧が扉に叩きつけられる。執拗に多重に張り巡らされた炎、水、土の隠された魔法壁が突き崩され、風の魔法を応用した物理障壁をもぶち抜いていく。私はお兄ちゃんごと守護壁で防御、廊下を暴風が吹き荒れ、それでも斧が真っ直ぐ木製扉に食い込んでいく。リルでも半日はかかるほど複雑な魔法陣が扉の表面に明滅し、そして扉が粉砕された。

「馬鹿ですか貴方たちは! というかあの魔法陣を描くのに一ヶ月かかったんですよ何をしようというんですか」

「ただ貴方に似合う服をコーディネートして差し上げようという親切心ですわ。遠慮なさらなくても結構でしてよ?」

「そんなもんいるか! いつもの白衣を一応昨日洗ったし! 白衣の下は魔獣で作った特製長衣着るし!」

「それはお洒落ではなく戦闘態勢ですわ。だからファッションにうるさい私がコーデしてあげるんですの」

「可愛いフリル付きワンピに戦斧背負った戦闘狂に何がわかる!」

「フリルに戦斧は乙女の奥ゆかしい純情ですわ。ほうら、カイラさんの素敵ドレスもありますし」

「んなもん胸が余る! 際どいのは嫌いだ! 風邪引く!」

 きゃーきゃーわーわー、少女たちがファッション談義を繰り広げている。お兄ちゃんがぽつりと呟いた。

「リルはいつも黒い戦闘服だったそうだけど」

「私は、ちゃんと普通の服、お母さんに買ってもらってるから大丈夫だよ? というかお兄ちゃん、女の子がみんなあんなじゃないからね? 実家のアデリーヌとかの方が普通だからね?」

 若干お兄ちゃんのことが心配になる。私に染まるなと言っていたけれど、お兄ちゃんの周りにいる女子はこの寮の阿呆とカイラぐらいしか影がない。お兄ちゃんは苦笑して私の額を指先で押し、部屋に戻ろうと告げた。


 カイラは服を置いてそそくさと家に戻ったらしい。お出かけの時間にはやり遂げた笑顔で満足げなセーラ、寮内を破壊されて激怒状態のビアンカ、そして。

 天使のように美しいエルフが一人。亜麻色の絹糸より細い髪を細い三つ編み二筋にまとめ、それを頭の中ほどでまとめて長く房を垂らしている。ただでさえ白くきめ細かい頬にはほんのりと色を挿してあり、瞳は私と同じ紅眼だけれど、私よりも明るく透明感のある色。瑠璃色のドレスにはエルフを象徴する蔦草が金糸で刺繍され、腕の部分は暗緑色に染められた絹糸のレース編みになっている。足元は普通のドレスより短めのスカートで活動的になっており、一方でドレスと色を合わせたミュールには真珠があしらわれていた。

 さすがにお兄ちゃんも少し頬を赤くして見とれているが、非難する気は全く起きない。最高に美しいエルフ、これがサリーだとは。

「アリスもさ」

 お兄ちゃんが何か呟いたが、余計なこと考えなくていいよ、と念押しする。エルフに対抗する気なんてしないし、何よりセーラの着せ替え人形にされるのは冗談じゃない。

 それにしても、この変わりようはひどい。

「で、サリー。結局何かやらかしたのか? そんな変装して」

 ビアンカさんの言葉に、お兄ちゃんと私は吹き出してしまう。流石にサリーも憮然として言い返した。

「変装じゃねーですよ。ただちょっとだけお洒落しただけですよ。お洒落に普段縁がなくてもビアンカさん、貴方とは違うんですよ貴方とは」

「ほう、どう違うか言ってみろよ」

「狂魔道士にも衣装」

 自分で言っちゃったよこの人。私とお兄ちゃん、そしてセーラの呆れた視線を他所に、サリーは胸を張って言った。

「これからカイラの家に文献調査に行くということで、この私の頭脳が必要なんだよね」

「そこで女二人がかりで扉までぶっ壊して涙ぐましい努力をしていたと」

 ビアンカさんの言葉に、すっとセーラがスカートを両手で摘んで上品に後ずさる。逃げる気満々のようだ。だがビアンカさんは薄く笑って一枚の紙を示しつつ告げた。

「寮長権限で奨学金、生活最低限まで差し押さえるからご心配なく。何なら親御さんに請求書送っちゃおうかな」

 セーラがその場にくずおれた。


 カイラの邸宅は広大な前庭があり、青みがかった石積みと蔦草風に見せた黒塗りの金属の柵で囲われており、いかにも貴族然とした門構えをしていた。位置はカイラの先祖で私に仕えていた三人衆の一人、ジュピターが担当していた魔道士の管理と各種経済関係の事務所があった場所だ。

 お兄ちゃんによるとその辺りの機能は今、色々と組み替えられて王城と街中に分散しているらしいけど、例によって帳簿と算盤で説明されたので、ちょっとアリスとしては興味が湧かなかったし、リルとしても好みじゃないので聞き流してしまった。

 正門に立っている魔法のかかった金属鎧に声をかけると、金属鎧から「今、開けますよ」というカイラの声が聞こえた。次いで誰もいないのに金属の門が開いていき、お兄ちゃんは目を見張り、サリーはふむふむと面白がって見ている。

「お金持ちと王城に自動開閉の魔法が使われているとは聞いておりましたが、見るのは初めてですね。なるほど、こういう呪文系統ですかなるほどなるほど」

 サリーが前に前に組んだ手の中で小指と薬指をこちょこちょ動かしてにやにやしている。いきなり魔法の分析を始める辺り、やはり非常識な奴だ。私もやりたいの我慢してる、というかお兄ちゃんが右手をより強く握ってくるのは無言の圧力だと思うし。

 門が開ききったので、私たちは中に入る。中庭の芝生は綺麗に刈り揃えられており、奥の方では一振りの鎌がゆっくりと地面近くを平行に動いて草を刈っている。

「あの技術を応用したのが、獣の解体用ナイフ、私の解体丸ですよ」

 サリーが自慢げに解説する。魔力供給さえ何とかすれば、確かに一定で動くように仕立てるのはやろうと思えば簡単な話だ。私の時代には、そういう魔法の使い方はあまりされていなかったけれど。今の当主、つまりカイラの父親も私の知っているジュピターとは違う性質の人間のような気がする。

 ジュピターと直接会えるはずはないし、同じ類の人間とも会いたくはないけれど。ジュピターの子孫たちが全然違うかもしれないと思った途端、リルの部分に影が差すような寂しさが浮かんできて、私は慌ててお兄ちゃんの手をしっかりと握り返した。

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