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十歳アリスちゃんは元大魔王でした  作者: hiroliteral
落ちた花弁は戻らない
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山の幸、海の幸、友の幸

 最初に集合場所へ戻っていたのはセーラとサリーだった。鹿の角が草むらに転がされており、既に食べられる肉の状態に切り分けられている。

「セーラが討って私が処理です。解体は骨の折れる作業ですよ全く」

「変な魔法道具で一瞬で終わっていたのではなくて?」

 セーラが眉をひそめて言うと、サリーはふふん、と笑って黒い翼が付いた大ぶりの短剣を掲げた。黒い翼は剣の鍔より大きく横に広がっており、硬そうに黒光りしている。ただ金属には見えず、もしかしたら鉱石かもしれない。短剣の方は村にいたときにお父さんが農作業で使っていた刃物にも似ている。とにかく普及品なのは間違いなさそうだ。

「その魔法道具こそこの名刀、解体丸です!」

 お兄ちゃんが小さく吹き出す。サリー、命名センスないと思う。だがサリーは私たちの生暖かい視線を気にせず語り始めた。

「この解体丸、翼には黒曜石を使っておりまして。魔力吸収効率が良いのと、私の魔法陣書込に相性がよろしい。そして翼に飛行魔法のほか、筋肉組織の構造等を書き込んで動かすと」

 サリーが手を離すと、短剣はふわりと浮かび上がり宙で舞った。私も少し興味が出てきて質問する。

「それってサリーが開発したの?」

「その通り! 私の作った日用魔法品です。元々はレティーナと飲み会を開いたときにハムを切るのが面倒で怠けるために作ったのですが、このたび! 大改造しました!」

 サリーは両手を広げて拍手を誘導する。私たちはサリーの扇動に乗る形で拍手してあげる。すごいとは思うんだけど、動機がいまいち格好悪いの、どうにかならんかな。私とお兄ちゃんの思いを知ってか知らずか、サリーは上機嫌で短剣に命令を下し始める。

「お肉はどう裁きますかね? 薄切り細切れぶつ切り何でもいけますよ」

 お兄ちゃんは私たちの山菜籠を覗き込んで少し思案し、笑顔で言った。

「なるべく細かく、何なら挽肉にできますか?」

 はいよ、とサリーは軽い調子で請け負う。お兄ちゃんはいつの間に取ったのか、バジルを籠から取り出すと私に預ける。

「なるべく小さくちぎって」

 続けてお兄ちゃんは鞄からフライパンを取り出すと、油を入れて携帯コンロを用意する。次いでアケビを割って中の実を取り出すと細かく切り始めた。途中、私に目を向けるとあーん、と言って私の口にアケビの実を放り込む。さっき食べたイチイの実よりははっきりした、でもやっぱりねっとりした甘みが口の中に広がった。

「肉、できましたですよー」

 サリーが偉そうに胸を張り、苦笑しながらセーラが鹿肉の挽肉をお兄ちゃんの渡したボウルに入れて持ってきた。

「そういえばさっきからセーラさん、大人しいですね」

「さっきからあの調子で短剣自慢を聞かされ通しで疲れましたわ」

 お兄ちゃんは笑って挽肉をボウルごと受け取ると、そこに先ほどのアケビの実と私のちぎったバジルの葉を入れ、さらに塩と胡椒を加えて捏ね始めた。

「カンヴァス君は財務騎士より調理人の方が似合うのではなくて?」

「嫌いじゃないですが、今はやっぱり計算する方が性に合います」

 迷わず答えるお兄ちゃんに、セーラさんは優しく笑って紅茶の準備を始める。

「アリス。コンロ頼む」

 私は両手に炎を魔法で顕し、お兄ちゃんのコンロとセーラのコンロの両方に点火する。サリーはほう、と小さくため息をついた。私は首を傾げながら、お兄ちゃんが続けて出した指示のとおり、ワラビを三分割に切り始める。

「アリスちゃんは、自分が今使った魔法の力に驕りもしないのですね」

 私はやっぱり意味がわからず、少しねばついた手をこすり合わせながら、お兄ちゃんのくれたボウルにワラビを放り込みつつサリーの顔をじっと見つめた。

「両手に絞り込んだ炎を現出させ、小さなコンロに点火するというのは制御力、魔力ともに高度な技なんですよ」

 サリーの言葉にやっと私はああ、と納得する。敵の貴族を攻め滅ぼす際、威嚇のため広範囲攻撃を使ってはいたけれど、魔王と呼ばれる前、逃げ惑っていたときは焦点を絞って見えないように攻撃する方が主で。それはずっと手に馴染んだ、呼吸すると同じ感覚でできる技で。

「自覚ないみたいですわね。呼吸するように剣を振るう私と同じかしら」

「私、セーラみたいな戦闘狂じゃないよ」

 口を尖らせると、お兄ちゃんが笑いながらアケビに先ほどの肉団子を詰めていた。

「アリス、あんまり笑わせると、間違ってアケビの皮を破りそうだよ」

 ほほー、と急にサリーが私に興味への興味を捨ててお兄ちゃんの手元を見る。

「アケビの皮なんて捨てるところじゃないですか」

「焼いて食べると独特の風味があって美味しいんだよ。今回はアリスもいるから、実も練りこんで甘味をつけた」

 またサリーはほうほう、と言ってまだ詰め終わらないアケビの皮を摘んで眺める。

「皮なんて捨てるとしか思っていませんでしたが、もしかして薬効などもあったりして。もしかして魔力関係にも何か使えたりしませんかね」

 お兄ちゃんは苦笑して私を手招きする。

「気になるなら、アリスと課外授業で調べるとかしたらいかがですか。危ないことをしないなら、アリスも勉強になるんじゃないかな」

 急なお兄ちゃんの言葉に、私はまた首を傾げる。お兄ちゃんは私に目線を合わせて言った。

「アリスの魔法を驚くことなく、でも現代の魔法の常識もそれなりに正確に教えてくれて、秘密を守れる人って案外、サリーさんじゃないかな、ってさ」

 言われてみれば。サリーは非常識で見境い無しで、でも一周回ってそれでも現代の魔法使いだから、その上限は私よりわきまえているわけで。

 私はそっぽを向いて、小さい声で言った。

「一応、サリーは先輩だから、一緒に勉強してもいいかな」

 サリーが珍しく馬鹿笑いじゃなく、暖かいお姉さんの声で笑って私の手を優しく包み込んだ。


「私たちが最後かあ」

 レティーナとサリーがやっと現れた。だが二人とも意外なことに大きな魚は背負ってきていない。

「レティーナだとバケモノ魚でも背負ってくるかと期待していたのですが」

 サリーが余計な期待をしたいたらしく落ち込んでおり、セーラが面白そうに笑っている。でもレティーナは平然とした態度で言った。

「どうせメインディッシュはそこの狂戦士(バーサーカー)が用意するに決まってるしね」

 二人は重そうな袋を開く。中からは見慣れない巻貝と二枚貝が姿を現した。次いでレティーナは尾鰭で次々と巻貝を放り上げては指先だけで身を引き出し、奥の黒い部分を切り捨てていく。

「レティーナさん、それどうやって」

「人間には無理よ」

 お兄ちゃんの問いかけに、レティーナは人差し指を立てた。すると爪先が細く長く伸びて鉤のようになっている。

「私たち、貝を調理する姿はあまり見せないからね。これ、武器にも使えるから」

 武器と聞いて目を輝かせるセーラ。レティーナは慌ててセーラから距離を取って作業を再開する。

 セイラは抜いて散らかした貝を集めてお兄ちゃんへ。お兄ちゃんは私に助手をさせながら、巻き貝のアヒージョとアサリのスープを仕立てる。レティーナがオゴノリも持ってきていたので、それもスープに放して風味を付けて。最後に私が採ったワラビやゼンマイを湯がいてアクを抜き、村からお母さんに持たされた塩だれをまぶした。

 ふと私は気になってお兄ちゃんに訊いた。

「いつの間にこんなに料理覚えたの?」

「実家を出る前にお母さんに習ったよ」

 当たり前のように言うお兄ちゃんに、ちょっと不思議な気持ちになった。家庭料理といい算盤といい、地味なものをこつこつやるお兄ちゃん。正直、もっと面白い生き方もあると思う。私みたいに波瀾万丈で地獄ばかりを見ていた人が何を言うか、とも思うけど。

 でも、そういう地道なものに目を向け続けられるお兄ちゃんは眩し過ぎる存在なのかもしれないと思えた。


 お兄ちゃんの手料理にセーラの紅茶を加え、ノンアルコールの宴会となった。レティーナも珍しく紅茶に濃厚な火酒を垂らして一見、ノンアルコール風で過ごしている。日は完全に落ち、サリーの打ち上げた青白い魔法光球が私たちの顔を照らしていた。

「他の二人も何か、仕掛けているんですかね」

 脈絡のないサリーの言葉に、全員が首を傾げる。サリーはああ、と言って言葉を継ぎ足した。

「大魔王リルの三人衆のうち、残りのジュピターとスルトが、何か仕掛けているのでしょうか。調べる方法は」

 カイラがぴんと手を挙げて言う。

「ジュピター本家として、お父様に訊いてみる」

「却下」

 お兄ちゃんが即断する。カイラは涙目でお兄ちゃんの口元を見つめた。

「アリスの転生した魂は秘密だと言っていたでしょう」

「そこは伏せて、それとなく訊いてみるし」

「駄目です。カイラさんがそんな細かい芸当を出来るとは思えません」

 セーラがぷっと吹き出しつつ、珍しく助け船を出した。

「ジュピター大図書館に許可無しでは入れないエリアがあるでしょう。そこの鍵を借りてくれればサリーとカンヴァス君が調べてくれるはずですわ」

「いきなり丸投げですよこの剣術マニアは」

「でも禁断の書庫とか、サリーの好物でしょ」

 レティーナの指摘に、サリーは怪しい笑みを浮かべて答える。

「ええ大好物ですよ寝袋持ち込んで一ヶ月過ごせと言われたら過ごしちゃうぐらい大歓迎」

「じゃあ次の休みは禁書捜索で頑張りましょう」

 カイラの言葉に、私は珍しくありがとう、と答えた。

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