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十歳アリスちゃんは元大魔王でした  作者: hiroliteral
落ちた花弁は戻らない
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群青と蜂蜜

 海はほんの少し風がある程度で、漁師さん曰くこんなものは凪みたいなもんだと笑う。お兄ちゃんは馬車にはあんなに酔っていたくせに上機嫌で、お母さんが村を出る際に持たせてくれた薄荷の蜂蜜漬を取り出した。一人ずつコップに薄荷の葉をずつ入れ、漬けた蜂蜜を少し加える。持参した水で割り、私がその液体を魔法でキンキンに冷やしてあげる。

「乾杯!」

 漁師さんも一緒になってグラスをぶつける。ほんの少し汗ばむ太陽と潮風の中でも、グラスからはふんわりと甘い蜂蜜と薄荷の透き通った香りが際立つ。舌を濃厚な甘みが包み込み、そして薄荷の爽やかさが飽きを拭い去っていく。みんなから美味しい、という歓声が上がる。

 お兄ちゃんは男同士の方が気楽なのか、漁師さんの隣に行って何やら話し始めた。どれだけ魚が獲れるのかとか聞いて算盤を弾いて。う、結局は勉強に行っちゃうんだ。

「美味しいけど、気持ち悪いです。やはりエルフは森の生き物なんです」

 サリーはゾンビのような声を出し、せっかくのものを海面に吐いている。一方、セーラは剣を抱えながらも上品に正座して飲み、ゆったりと微笑で言った。

「だから言ったでしょう、おかしな研究より、エルフの森で自然を満喫する方が良いのですと。この薄荷葉、紅茶に浮かべたら素敵そうですわ」

 だがサリーは、セーラの嫌味に食いつく余裕もないようで、何も答えずごろりと横になる。と、船縁近くを泳いでいたレティーナが船の上に跳ねて乗ってきた。

「カンヴァス、さっきの葉、もう一枚だけちょうだい!」

 既に白ワインの口を開け、目を輝かせている。

「たまにお酒を抜いたらどうですか」

「そんな提案はね、君に『たまにアリスちゃんをぶん殴ったらどうですか』と言っているようなものだよ」

「「いやそれ違う」」

 私とお兄ちゃんの声が重なる。だがレティーナは意に介さない様子でケラケラ笑ってグラスをぐいぐいと押し付ける。お兄ちゃんはしょうがないな、とまた一枚だけレティーナのグラスに分けてあげた。レティーナは即座に白ワインで割ると、先ほどよりもう少し濃厚な金色の飲み物が出来上がった。

「やっぱりー! これ最高! カンヴァス君は算盤の技術とこういう知識を生かして居酒屋の主人なんてどうですかっ!」

「まあ、楽しそうですね。考えてみましょうか」

「そうしたら私、毎日通っちゃう!」

「じゃあ、やっぱり止めておきます」

「なんでー!」

 いや毎日レティーナが通ってきちゃ目障りというかこの酔っ払い人魚。

 馬鹿なことを言っている間も、船は着々と沖に進んで行く。いつの間にか海の色は、港近くにいた際の緑がかった色から群青色に変わり、海底を見通すことはできない。

 ざぶん、とレティーナが海に戻り、心地よさそうに並走する。時折、高く跳ね上がりながら私たちに手を振ってみせる。自分で泳いでいるぶん疲れそうなものだけど、そのレティーナの表情には疲れどろか輝いていて、腰から下の鱗が日光を反射して七色に輝いていた。

 次いで再びレティーナが跳ね上がると、後から三頭のイルカが次々と跳ね上がった。

「かわいいね」「どんな筋肉構造なのでしょうか」「つまり戦ったら強いのかしら」

 レティーナが連れてきたイルカを見た、三者三様の答えです。カイラ、サリー、セーラ。

「アリス、寮生に染まっちゃダメだぞ」

「大丈夫お兄ちゃん。おバカでもカイラの方がすごくまともだってわかってる」

「アリスちゃん、おバカって余計だと思う」

 カイラが悲しそうな声で言い、私に抱きついてくる。だーかーらー、そういうとこがおバカ。あと胸の脂肪をぎゅうぎゅう押し付けてくるの邪魔。

 レティーナが連れてきたイルカは、船の周りでぐるりぐるりとダンスをするように飛び跳ねる。要所要所で餌をあげると、カカカカ、とお礼の声を発する。餌の一部は私たちが持ち込んだおやつと、レティーナの酒のつまみ。レティーナ曰く、酒を付き合えないからおすそ分けだと。義理堅いのか、最初の発想からいかれているのか。

 まあとにかく。レティーナはお人好しなのかもしれない。

「レティーナさん、きれいですよね」

 カイラの言葉に私もうなずく。いつも空飛ぶ桶に入って酒瓶抱えて酔っぱらっているからどうとも思わないけれど、改めてこうしてみると本当に美しい。うちの寮は森のエルフ、海の人魚の双璧がともに揃っていて、それがともにあれな人だから忘れてしまうけれど、やはり人間なんかよりずっと美しいと思う。まして私なんかより。

 私は思わず、自分の紅い瞳を手で隠した。


 何も無いように見える海面にも、所々に橙色の旗を立てた硝子玉が浮かんでいる。漁師さんが仕掛けた漁網だ。それもほとんど無くなってきた頃、遠くにぽつりぽつりと影が見えてきた。だが残念なことに、遠い上にどれも靄がかかっていて形はよくわからない。

「霧島群島は寒流と暖流がぶつかる海域で、霧が発生しやすいんです。またこの海域で生まれた魚が王都近海で漁獲されるので、群島周辺海域は原則禁漁で漁網も見当たらない自然の海域なんですよ」

 サリーの説明に、みんなへー、と感心の声をあげる。リルが支配していた頃は漁獲が多いと漁師たちが血で血を洗う喧嘩をするというので、私が皆殺しにして両成敗しようと三人衆に持ちかけたら貴女は関わるなと言われた。そんなわけでリルとしても群島のことはよくわからない。

 今になってというか、アリスとしてみれば、やっぱり。リルは狂っているなと思う。どうして滅ぼすことしか考えられなかったのだろう。

 じゃあ今は。ふとお兄ちゃんとセーラに目がいく。セーラも一緒に喧嘩に混じるだろうと思う。でもお兄ちゃんなら。そう思って何も想像がつかない自分に気づいた。他の手段を思いつかないから。

 やっぱり私は。私のままなのかもしれない。

「花霧島、楽しみだねー」

 間抜けた声でカイラが寄ってきた。正面が花霧島らしい。

「お花で冠作ってあげる。十歳にぴったりでかわいいよ」

 なんか反論したかったけど。色とりどりの花の冠を私とカイラで被ることを想像したら、何だか楽しい気持ちになってきた。どんな花がかわいいかな。バラとかより雛菊みたいなのが可愛いよね。

「一緒にお花摘もうよ」

 私はカイラの肩に頭を預けてふんわりと答えた。するとサリーが腕組みして言った。

「お花摘みで満足ですか、やはり知的好奇心が大切では無いですか。島の奥には食虫植物のほか食肉植物もいると言いますし素敵な冒険ができますよひひひひ」

「それ、サリーとセーラに任せる。私、冒険より冠の方が好き」

 お兄ちゃんが私の背中で小さく吹いた。

 間抜けた話をしているうちに、レティーナも船に上がっていつもの空飛ぶ桶に収まった。綿帽子のように雲を被った島の形が明確に見えてきた。正面は鬱蒼とした森だが、向かって両岸には原っぱもあるように見える。緑の奥に桜色と紫の帯が見える。何かの花のようだ。

「おいがきども! 上陸準備だ!」

 お兄ちゃんが舳先に立って艀の準備を始めた。セーラは軽々と巨大な錨を片手で持って海面を睨む。

「投錨!」

 セーラが錨を投げ込んだ。さあ、花霧島へ上陸です。

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