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十歳アリスちゃんは元大魔王でした  作者: hiroliteral
学園ときどきお兄ちゃん
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危うい告白

 今日もお兄ちゃんは夕食後早々、勉強を始めた。

 タチカチシャタチャカジャジャジャジャ。

 入学から一ヶ月経ったけど、ほぼ毎日算盤の音が部屋に鳴る。王都に進学した最大の理由は私だけど、本当に真面目に勉強しているのは私よりもお兄ちゃんだと思う。

 でも、今日のお兄ちゃんはちょっとだけ様子が違った。算盤の鳴る音が時折途切れる。頭をかりかり書いて何かを書き込み、少しだけ唸ってまた計算を始める。

 明日は休みなのでお兄ちゃんとどっかおでかけしたいんだけど、ちょっと今のお兄ちゃんは何だか余裕が少なそうで、おねだりしにくい雰囲気。

 おねだりする機会を窺っていたけれど、お兄ちゃんのウンウンいう声と不規則な算盤の音がいつまでも続いている。もう一時間になる。

「お兄ちゃん、何のお勉強なの?」

 ついに私はしびれを切らして声をかけ、お兄ちゃんの手元を覗き込んだ。色々な予算が階層に分類されており、最後に実際の仕事をする予算が出てくる一覧表で、最小単位は馬車の運賃や衛兵の給料、私たちの学費なんかまでもが膨大に並んでいた。

「自分なりに国の予算を作り直してみろ、って課題なんだけど、自分なりにっていうのが上手くいかなくて」

 新入生に何をいきなりやらせてるんだか。呆れながらも私も中身を見ていく。リルが統治していたときより遥かに軍事費が小さくなり、教育費が増大している。だから私たちも学校で勉強できているんだけど。

 さらに辿っていき、変な項目を見つけた。再開発費。何をやっているのか分類が無いくせにやたらと額が大きい。

「お兄ちゃん、このお金削ればいいでしょ」

「削れないんだって、それ。昔、大魔王リルが遺した魔法の罠を毎年、少しずつ破壊して安全にしていく予算。老朽化して暴走したりするから、放置出来ないんだって」

 あれか。確かに色々作った。奴隷商人や庶民を虐待していた元貴族の叛乱分子を抑え込むために。

 ゴーレムだったり毒薬だったり爆発魔法だったり。

 まだ生きていたなんて。それも、こんな迷惑な形で。私が自分で壊して歩こうかと思う。

「でもきっと、当時は必要だったんだよ。何かを作れば次の時代には逆の効果になる。それはその時代の人が頑張るべきこと。もちろん、なるべく将来に遺さないようにするべきだけど」

 お兄ちゃんの言葉に、私はほわっとなり、お兄ちゃんの肩に頬を預けた。

「なんか甘えんぼだね、アリス」

「お兄ちゃんがいなくなったら私、きっとこの国を壊しちゃう」

 何を言っているんだか、とお兄ちゃんは笑って私の頭を乱暴に撫でる。もしかしてお兄ちゃんは私の正体に気づいているんじゃないだろうか。

「ねえお兄ちゃん、もし私がね」

 言いかけて。言っちゃ駄目だと思う。今の関係を壊しちゃいけない。

 それどころか、私のことをまた昔みたいに化け物と呼ぶ人たちが現れたら。その中心にお兄ちゃんがいたら。私は今度こそ、本当に壊れてしまう。

 この世界を壊してしまう。

 だから壊す前に、やはり化け物の私は、この世界にいらない子なんだ。

「ホームシックかな」

 お兄ちゃんがそっと私の目元を拭った。気づかないうちに私は泣いていたみたい。ああ、駄目だ。リルの論理性はアリスの感情に流されていく。

 もう、保たない。

「お兄ちゃん私は生まれ変わりなんですリルから転生したのだから魔力も異常に高いし開発魔法は何でも使えるしだけど人を癒したりものを創造したりする魔法は苦手だし今の周りの目が怖いしでもお兄ちゃんならきっと私のことを捨てないし捨てないで怖がらないで怖がられたら私この世界ごと滅ぼしてやるから!」

 一息に言って愕然とする。何を口走った。私は狂ったのか。

 せっかく転生したのに。

 全てを隠し通してきたのに。

 でも私は今、何のために転生して。

「よく、わからないよ」

 言って。お兄ちゃんは私を抱き上げて膝の上に向かい合わせになるように乗せた。ぎゅっと抱きしめてくれて。そして最後に。

 額にそっと、接吻をした。

「お兄、ちゃん?」

「怖い夢を見たのかな。それとも何か思い当たることがあるのかな。でもお兄ちゃんはアリスのお兄ちゃんだ」

「お兄、ちゃん」

「だからもし、アリスが追われるなら僕もアリスと一緒にいるよ。アリスが間違ったことをしたのなら、一緒に謝ってあげる。そしてアリスが戦わなきゃならないなら、僕はたった一人でも、アリスのそばにいるよ」

 力強く、お兄ちゃんは算盤を振ってみせる。戦争じゃ頼りないな。

 頼りないけど。

 絶対に裏切らない人が世界に一人だけでもいてくれるなら。

 私はその人のために生きていける。

「じゃあお兄ちゃんのお嫁さんになってあげる」

「ならやっぱり、アリスの美味しい手料理を食べてみたいな」

 お兄ちゃんはくつくつと喉元で笑った。兄妹なのに私は何を莫迦なことを言っているんだろ。私も一緒に笑ってしまう。お兄ちゃんにまたぎゅっと抱きつく。

 そしてふと私は思い出した。

 リルは、二百年も生きたというのに、一度も本気での恋をしなかったことを。

 私は慌てて変な感情へ向かないよう、お兄ちゃん、とだけ呟いた。

 カンヴァスという、名前を呼んじゃいけない気がした。


 結局、お兄ちゃんの宿題は夜中に完成した。お兄ちゃんは私に早く寝ろと言っていたけど、私は言うことを聞かずに起きて待っていた。今日のこともあったので、お兄ちゃんはあまり口うるさく言わなかった。

「で、明日はお兄ちゃんお出かけしようよ」

「どこか行きたい場所はあるの?」

 言われて遊園地、と言いたかったけれど、まだこの街に来て間もないところで、それは後にとっておきたいと思う。遊園地なら他の友達とかも一緒に連れて行ったら楽しそうだし、昼間のことがあって、もっとゆっくりとお兄ちゃんと過ごしたいと思う。

 お兄ちゃんは一冊の冊子を取り出した。街歩きマップ。

「せっかくだから街の中を探検しようか。どこに行くというより、何となく行ける所まで行ってみるというか」

 私は大きくうなずいて考える。何か魔法具店に行こうか。帰郷するときにアデリーヌへ持ってくお土産の下見なんていいかもしれない。こっちでしか買えないおっきいぬいぐるみさんとか。

「とりあえずレティーナさんには内緒な。ちょっと話したとき『美味しいお酒の店を紹介してあげる』って言ってたから、変なとこに連れて行かれそう」

 未成年捕まえて何する気なんだあの酔っ払い人魚。まあいいや、とにかく明日は。

 お兄ちゃんと一緒なら、どこへでも。

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