アリス、登校する
入寮の翌日、私たちは各々校舎に向かった。お母さんは両方走り回って入学の様子をみるそうだ。本当はお父さんも一緒に来るはずだったんだけど、お仕事で結局はお母さんだけになった。
入学式はお偉いさんの単調な、中身の無い挨拶が続いた。やっと儀式が終わるとお母さんは満足そうに私たちを置いて村へと戻っていった。
教室に入ると、ほとんどは人間だが違う種族もいる。手の甲に鱗を持ったもの、耳が尖った美しい種族。私の頃は異種族間は基本的に戦争だったが、この学校はそういった時代とは無縁のようだ。もうリルのいた時代ではない。
まあ、種族がどうあろうと、私がこの中で最も肉体年齢が年下なのは間違いないんだけど。
「アーリースちゃん」
背中から舌ったらずな声が聞こえた。知らないふりをしようとしたけど、抱きついてきそうなので仕方なく振り向く。案の定、カイラがまた露出の多い服で私の横に擦り寄ってくる。
カイラは私の藤色のワンピースを見て叫んだ。
「アリスちゃん、その魔法服かわいい。藤色って似合うよ。すっごいかわいい」
「お兄ちゃんに選んでもらったんだよ。私、露出って嫌いなの」
カイラはひどい、と言って泣き真似をする。一応は自覚があるみたい。っていうか、カイラに注がれる男子の視線がうざったい。やっぱりこんな露出の多い服、カイラだけじゃないの。けど周りの反応は違った。
「さすが、飛び級するだけあって、入学前からカイラさんのご友人なんですね」
たしかエルフとかいう種族だっただろうか。耳の尖った金髪の美しい男子が爽やかな声で言った。こんな素敵な見た目でカイラを尊敬しちゃうなんて残念な人だと思ったけれど、他の人たちも何だか彼の言葉に納得している。
「ね、カイラ。あんたって劣等生……」
いきなりカイラが必死で私の口を塞ぎ、そのまま教室の外まで拉致される。ふざけるな、燃やすぞ。
「アリスちゃん、お願いだから乱暴なこと言わないで」
カイラの目が本気だ。私は眉を潜めてカイラの肩に手をかけると思い切り体重をかけてしゃがませ、私と視線を合わせさせた。
「私の名前は、カイラ・フォン・ジュピター。大魔王リルの三人衆、大魔導士ジュピターの末裔の家柄なの」
はあ。貴族様ですか。うざい。そういう奴らが私を実験台にしていたから皆殺しにしたんだけど、結局はそういう身分が復活したか。それもこんな出来の悪い。
「それも本家の一人娘で、なのに劣等生だから、その、父上からは縁を切られる寸前なの」
「本家って、ジュピターの直系なの?」
カイラはこくりとうなずく。あの裏切り者の直系か。アリスとしても色々と腹立たしいわけだし、この場で滅殺してしまおうか。
いやこんなアホを殺して恨みが晴れるものでもないし、何より面倒ごとになってお兄ちゃんと離れ離れになってお兄ちゃんと遊園地に行けなくなったら残念だよね。
じゃ・な・く・て!
この劣等生が私の裏切り者の子孫だということ。でも哀れなほど劣等生だという事実。
私の葛藤をそっちのけに、カイラは泣きそうな声で言った。
「実は私、父上の計らいで今朝まで留学中ってことになっているの。試験は外国の会場で一人で受けたからわからないはずだし。だから魔法店で会っていたとか不味いの」
「それなのに能天気に街中で堂々と買い物して歩いて、挙げ句の果てに自己紹介してたのアホですか」
「だってアリスちゃん可愛かったし、カンヴァス君、ちょっと好みかも、とか」
「私が可愛いのは良いけど、お兄ちゃんに変な気起こすなら」
燃やすよ、と言いかけて言葉を飲み込み、意地悪な笑みを浮かべて続けた。
「クラスのみんなに『カイラちゃんはアホで一年浪人してたよ!』って言いふらしちゃおうかな」
「大丈夫! 私やっぱり正騎士や魔法戦士が好みで財務コースはイマイチだし」
「やっぱ燃やす! この場で焼き尽くしてやる! お兄ちゃんの悪口は許さない!」
叫び声を聞きつけた人たちが走ってくる。私の魔法杖に束縛の魔法が降ってきた。うわビアンカさんが怖い顔してる。
「アリスちゃん、入学早々に反省文書かせられたら、お兄ちゃんが悲しむんじゃないかな」
ビアンカさんの言葉に、私は集めかけた魔力を霧消させた。カイラはしゃがみ込んで怖かった、とか言っている。
「カイラお嬢様、年下の子を虐めるのは年甲斐もありませんよ」
「虐められたのは私ですよ、アリスちゃんの魔力、むちゃくちゃ高いですよ」
「でもお嬢様は正統な三人衆の直系ではありませんか。魔力以外にも操作の才能が開花したと聞き及んでいますよ」
いやあ、はは、とカイラは曖昧に笑う。何か才能があるのか、やっぱただのコネなんだろか。とにかく。家系といい魔法への態度といい、何よりお兄ちゃんへの視線といい、カイラなんて仲良くできるはずがない。
それなのに、カイラは呑気に私の手を取って仲直りね、と言った。私は仕方なくビアンカさんに聞こえるよう、はあい、と返事した。
「アリスちゃん、飛び級なのに『実業魔法コース』志望にするの?」
カイラに声をかけていたエルフのシリル君が、入学早々に配られた志望調書をつき合わせながら言った。
魔法学校もお兄ちゃんの騎士学校と同様に複数のコースに分かれているんだけど、こちらは入学後に志望して、その後の成績とかも参考に振り分けられる仕組みになっている。
人気も難度も高いのは、ビアンカさんが所属する魔法戦闘コースと、シリル君が志望している基礎研究コースだ。
魔法戦闘コースはいわゆる魔法戦士というやつで、騎士と対等以上に魔法で戦うため、将来は軍人か警察幹部になるらしい。まあ、私リルは現代なら魔法戦闘コースの最高エリートになれるし、騎士学校と合同訓練があるので、授業中にお兄ちゃんに会えるかなとも思ったけど、魔法戦闘なんて飽き飽きしているので結局は止めた。
シリル君は将来、国に帰って先端研究を支える人材になりたいということで基礎研究コースだそうだ。他にも基礎研究コースは学者然とした人が多く、入学時の成績上位者みたい。こちらも古代に確立された開発魔法の体系を学習して新たな魔法を創る力をつける、というお題目だけど、その教科書となる古文書は私とジュピターで編纂したものだったのでどうでも良くなった。
あと医療白魔術コースもあって、カイラはそっちを志望しているみたいだけど、先生が頑張れと声をかけていたからきっと難しいんだろう。これは私も未知の部分が多いんだけど。
私の魔力はリルが子供の頃に散々受けた実験の所為ですっかり歪んでしまい、治療のような魔法が使えない。時代が進んで使えるようになっていれば、と希望は抱いたけれど。そんな歪み、他人はもちろんお兄ちゃんにだって見られたくないので逃げた。
他にあるのは大規模実務コースで、建築とか何やら。政治も金も絡むし、何となく興味が薄いので、これはとりあえず保留。で、最後に残ったのが実業魔法コース。家事まで含め、普段のお仕事に使う安定魔法を地味に作っていくような魔法。でもリルの時代はそんな容易な魔法は無かった。
そして私のかけた魔法は、私の知っている魔法の延長では解除できない気がしている。だからこれにかけることにしたわけだ。
それに何より。この魔法は家事の魔法もあるから。
学校で覚えて帰れば、きっとお兄ちゃんに褒めてもらえるわけ。
「なんかアリスちゃん、変なこと考えている?」
「なんもだよ。家事魔法でお兄ちゃんにいいこいいこしてもらおうとか、普通のことだよ」
「そっか、十歳だもんな」
周りが和んだ声で笑った。私もしばらく、このぬるいまま行ってみたいと思った。