カイラ登場
私たちはお昼ご飯を食べた後、まずは魔法具店に向かった。私が見たいと言ったのと、両親からも頼まれていたらしい。お店はオババ推薦の店。オババの服装を思えば衣料品はゆっくり違う場所を探した方が良いかもしれない。
お店は魔法学校のごく近所で、格子状の太い道路に面していたのですぐに見つけられた。派手な看板は無く、だからと言って粗末な感じもしない小綺麗な玄関の店だ。兄ちゃんとほとんど年の変わらないように見える人たちが出入りしている。案外、オババの推薦は正しいようだ。
店の玄関をくぐると、天井からオババの家にあったような薬草の類が吊るされている。壁には様々な魔法杖やゆったりとしたマント、魔導書に魔力を帯びた石などが並んでいる。
奥の方でお兄ちゃんより少し年上だろうか、眼鏡を掛けたなかなか大人の魅力的な容姿をした女性が衣服や魔法杖をあれこれと手に取っていた。
だが、杖は何を基準に見ているのかわからないし、服は妙に露出多めのものを選んでいる感じがする。実際、今着ているものも、へそは出しているし袖はある癖に脇の下は空いているし。魔法を舐めているようにしか思えない。
その女が何故か私たちに注目したらしく、まっすぐこちらに寄ってきた。そしてこともあろうか、いきなり私の頭と頬を撫でようとした。
「いーや!」
私は声をあげてお兄ちゃんの後ろに隠れる。こいつ、たぶん厄介な奴だ。謎女は頬を人差し指で掻きながら、次いでお兄ちゃんをじっと見つめた。
「彼女ですか?」
何を言い出すんだろう、この女。案の定、お兄ちゃんも唖然として謎女を見つめている。
「可愛いお嬢さんですよね」
「いや、可愛いけど妹ですよ。まだ見たとおり、子供でしょう」
謎女はそうですよね、と言ってにへらっ、とだらしない笑みをお兄ちゃんに向ける。頭の悪そうな女だと思う。謎女は笑みのまま言った。
「私、昨年に中等学校卒業でさっき、魔法学校合格したんです! だから今日は入学準備に来たんです。あなたもそうなんですか?」
「いや、僕は騎士学校の財政コースで。妹が魔法学校へ飛び級なんです」
「まさか、こんなちっちゃいのに」
ちょっとした言葉だけど、この女に言われると腹が立つ。
「さっき彼女ですか、とか言っていたくせに変なの。ちっちゃくて悪い? というか昨年卒業で今受験ってお姉ちゃん、頭悪いの?」
「あ、ごめんなさい! 試験の際に見たからちょっと年下の彼女さんかなとか、いやよく見たらまだちっちゃいんだね。お兄さん、仲良くしましょ」
「ちっちゃい言うな、魔風で吹き飛ばすぞ」
「ア・リ・ス?」
お兄ちゃんが怖い顔して私の頭を抑えた。私は唇を噛んで黙り込む。お兄ちゃんはすみません、と言いながら私の手を強引に引いて店の奥に入った。
「アリス、乱暴なことを言っちゃ駄目だ」
「あんな奴に謝る必要ないよ、お兄ちゃん」
「変な人には正面から反論したら危ないよ」
さすがお兄ちゃん。私の気持ちが伝わっている。お兄ちゃんは首を傾げて言った。
「あの人、アリスと同級生になるはずだから、入学前から喧嘩しちゃ駄目だよ」
「そうそう、仲良くしましょうアリスちゃん。私、カイラ。よろしく」
お兄ちゃんの背中に謎女——カイラがまた出現し、一年分無駄に育った胸をお兄ちゃんの背中にくっつけた。お兄ちゃんの顔が赤くなる。
「あんたとは仲良くしない!」
私が声を大きくすると、お兄ちゃんがまた私の頭をぐっと抑えつつ私の方に逃げる。とにかく邪魔くさいし頭は悪そうだし、見たいものも見られないし。と、目の端に何かが気になり、慌てて振り向いた。
ちょうど背中に、革製の魔法衣があった。体に沿った構造で露出部は少なく、だが仄かに魔法が施されている。風の魔法を革に仕込んで通気性を保たせているのだ。その傍には大人の肘から下の長さの魔法杖。
丸っきり、私が戦争を含めて日常愛用していた魔法衣にそっくりだった。私はすかさず叫んだ。
「お兄ちゃん、これ買おう。これ着たいよ。これを着て練習したら魔法が上手になれそうだよ」
途端、空気が一変した。お兄ちゃんがカイラと目を合わせ一緒に溜息をつく。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「ごめんアリス、自分の鏡、見てみようよ」
言われて気づく。こんな背の高いの着たら足も袖も引きずるだろう。それに。
「胸のサイズは私だと結構きついけど、アリスちゃんだとぶかぶかしちゃいますね」
カイラの何気ない言葉にお兄ちゃんがぷっと吹き出す。私は憮然として言い返した。
「その大きい塊、魔法制御の邪魔になりそうですね。取っちゃおうか」
「取っちゃ駄目ですよ。大きいことは良いことですよ」
「そうアリス、大きいことは」
お兄ちゃんも言いかけ、慌てて口をつぐんで私の隣に寄ってきた。
「カイラさん誘惑ですか下品ですね。一緒にお勉強したくないです」
棒読みで言いつつ、腹の中ではこの女、潰してやろうかと本気で思い始める。大魔王だぞこっちは。遺体も残さず一瞬で蒸発させてやろうか証拠隠滅は完璧だぞ。
でもまたお兄ちゃんが私の頭を軽く叩き、今度は硬い声で言った。
「僕たち、田舎から出てきたのでアリスの入学用の道具とか揃えるので。学校では仲良くお願いしますね。カイラさんは年上なんですし」
お兄ちゃんは「年上」を強調して言い、私の手を引っ張って魔法杖売り場へと移動した。
「あれでも年上なんだから、言葉遣いは気をつけて。ちょっと足りない子みたいだけどさ」
お兄ちゃんは魔法杖の値段を確認しながら言う。私もはあい、と素直に答える。ちょっと変な瞬間はあったけれど、やはり私のお兄ちゃんに血迷った風はない。
とりあえず私たちは気をとり直して魔法杖と入学式用の服を選び始めた。
魔法杖は学校から指定された範囲で好きなものを選ぶ。私の身長に合わせ、児童用の中から安手のものを選んだ。お兄ちゃんはもう少し高いものを選ぼうとしたけれど、高いものは単に装飾が多いだけで機能は変わらない。後でこっそり私専用に魔法で内部を弄くり回すつもりなので、その邪魔になるだけだ。
おかげで余裕が出た資金分、今度は服に振り向けようということになった。最初、さっき私が欲しいと言ったものに似た、女児用があったので飛びついたんだけど、お兄ちゃんが許してくれなかった。
「こちらなんてキュートだと思いますよ」
店員さんがお勧めしてくれたのは、脇の下や腿の脇にスリットの入ったもので、お腹の部分もスカートとの間にちょっと隙間ができる。さっきのあほカイラっぽいスタイルなので私は慌ててぶんぶん首を振る。だが店員さんは諦めずに続けた。
「あのね、初心者だと手先でしか魔法を感じにくいから、ちょっと露出が多い方が魔力の流れを感じやすいの。中には頑張るために水着で練習する人もいるの」
言って店員さんはこそっと遠くのカイラに視線を向ける。まさかあいつ、水着で店内を歩いていたんじゃないよね。そんなアホとは一緒に勉強したくない。
「そういうことならアリスもそうしたら? カイラさんは都会人だから情報を持っててあの服装かもしれないし」
「嫌だよお兄ちゃん。お腹出したら風邪引くよ。それにカイラは一年遅れで学校に入るアホの子だよ」
アリス、と叱る口調ながらお兄ちゃんもそうだよな、と納得した声を発した。店員さんが言うのは嘘ではないけれど、全部暴露する分、他人の使う魔法の影響も受けやすいから大規模で繊細な魔法には向かないのが本当だ。いきなりそんな魔法を使う機会があるとは思えないが、何よりこの見た目は私の趣味じゃない。
次いでお兄ちゃんが勧めてくれたのは。
「これどうだろう、アリスに似合うと思うんだ。可愛いよ」
布地は魔法の流れを邪魔しない織り方で、日常生活を考えても擦れにくい良い素材だ。もちろん露出狂スタイルでもない。でもねお兄ちゃん、イチゴのリボン付きフリルのワンピースで学校に通う勇気はないよ。
「ちょっと私、考えるよ」
とりあえず店員さんは論外として、お兄ちゃんに任せると可愛い路線大爆発になりそうだ。でもお兄ちゃんは懲りずにまたがさがさと見始める。私も慌てて自分で探し始めた。
と、藤色のワンピースが目に入った。背中に大きいリボンが付いていて、それが魔力を制御する際に方向づけしやすい構造になっている。布地もさっきのフリルと同じ素材で安心だ。私はそれを引き抜こうとした。
「これ欲しいかも」「これ良いんじゃないかな」
私とお兄ちゃんの声が重なり、私たちは同じワンピースを手にしていた。二人で顔を見合わせて吹き出す。店員さんも小さく笑ってから言った。
「きっとお似合いだと思いますよ」
前言撤回。やっぱり、お兄ちゃんには何を任せても安心だ。
私の大切なお兄ちゃんなんだ。