リル=アリス、転生に成功し過ぎる
氷の魔導士・ジュピター、闇の大神官・ダークマター、そして爆炎の騎士・スルト。
各々が得物を手に、ベッドに横たわる私を取り囲んでいた。寝所は衛兵と召使以外は立入禁止なのだが、彼らの姿も無い。
「大魔王リル陛下、恐れながらご隠居をしていただきたい」
スルトが慇懃無礼な口調で告げた。既にジュピターは魔法陣を展開して私を束縛し、更にダークマターが見たことも無い複雑怪奇な封印を私にぶつけてきている。スルトは抜き身の剣に、これまた見たこともないほどの熱量を宿し、私の頭上に振り上げている。
三人衆には上手く権力争いをさせ、敵国との戦闘でも無い限り連携は取らないよう仕向けていたはず。
そもそも私が、彼らの気配に気づかないはずも無いのだが。私はこっそりと自分の肉体を魔道診断する。体内には異常に小さい呪力の粒が検出された。
「リル陛下の魔力と魔道の知識は尋常ならず。十年にわたって少しずつ、食事に呪法を混ぜ込んでいたのです」
「さすがにそれじゃ気づかないな。食事の原料に残った生命力の残渣に紛れてしまうね。よく考えついたよ、ジュピター」
私は皮肉な笑みを浮かべた。ジュピターはいつもの弟子としての笑みを浮かべて答えた。
「私だけの力では露見しました。ダークマターが隠蔽の神印を与え、スルトが武力関係の面倒事を食事の際に相談する、その連携があってこそです」
「素晴らしい連携だね。で、何なんだお前たちの目的は」
ダークマターが言った。
「あなたは世界を変え過ぎた。旧弊の貴族を倒して魔道王となったあなたは、新たな魔法の技術を広げ国力を充実させた。だが他国は急激に没落して我が国は孤立し、それでもその孤立を莫大な魔力の恐怖で抑え込み、反発する国民も抑え込み、そして人の寿命さえも超越して二百歳。魔道王は大魔王と呼ばれるに至った」
三人は声を合わせて言った。
「あなたは孤独を恐れない。それに普通の人間は付いていけない。貴族以上に付いていけない」
下らない。私は笑って両手を広げた。ふと手首の皺が目に入る。長寿の魔法で老化を抑えているが、老婆とまで言わずとも老化の影は忍び寄っている。だがそんな私のゆっくりとした老衰なんて待ってはいられないようだ。
「茶番はさっさと終わりにしましょう」
私の脳天をスルトの剣が叩き割る。体が炎に包まれた。そして私はここぞと叫んだ。
「莫迦どもが! 私はとっくに転生の魔術を仕込んでいる! お前たちが老いさらばえたとき、復讐してやる!」
三人の驚愕する表情が見えたが、すぐに瞳も蒸発していく。だが命が尽きる瞬間、ダークマターの妙な言葉が耳に入った。
「どうか幸せな第二の人生を」
深夜零時。私は覚醒した。清潔だが少し硬めのベッドだ。庶民の家に転生したわけだ。もうあの老化した肉体ではない。私の魔力が衰える前の最高値の年齢で覚醒し、その年齢で老化が止まるよう予め設定している。
自分の両頬に触れると吸い付くようなすべすべの肌だ。生娘の肉体と膨大な魔力、そして老獪な魔導士の知識を併せた最強の大魔王様だ。まあ、そんなことより一人の女性として、このすべすべぷにぷにした肌は嬉しいものだ。
……ぷにぷに、って何だろ。再び自分の頬に触れる。次いで太腿。何だか色気が無く細い。こわごわ胸に触れる。すとんとなだらか。グラマーでは無かったが、これほど小さく無かったはず。転生で肉体は継げなかったか。まさか魔力も。慌てて自分の魔力を測る。
間違いない。私の魔力だ。私の最高潮だった十八歳よりも高い値を示している。
最高潮よりも高い値。
嫌な予感がする。
私はそっと光の魔術を唱えて部屋に明かりを灯し、さらに空中に水球を発生させて水鏡を形成すると全身を写した。
誰だろう、このぬいぐるみを枕にした幼い女の子は。
何でだろう。私と同じに手を振っている。
この十歳ぐらいの可愛らしい女の子は誰だろう。
ふと覚醒前の記憶が突然つながった。そう、寝る前はお兄ちゃんと一緒にラズベリー摘んで上手だねって褒めてもらって、十歳の誕生日のお祝いにたっくさんラズベリーパイをお母さんが作ってくれて美味しかったの。お兄ちゃん、まだスヤスヤかな。
あれ。
一気に感情が統合されていく。しまった。複数人格が発生しないよう、感情面は元々の人格が引き継ぐことに設定していたんだ。というか何だこの甘々な発想は。こんなのじゃ私、復讐も世界再征服もできないし、それじゃお兄ちゃんを私専用の遊園地に連れて行ってあげられない!
「……遊園地じゃなくて!」
私は叫んで地団駄を踏んだ。ぬいぐるみが目に入る。私の新しい名前が縫い取ってある。「アリス、十歳おめでとう」だって。私、十歳の女の子に転生したのか。私って早熟だったから、十歳が魔力の最高潮だったのか。いや落ち着け。あとしばらく経てば成長する。
……いや待て。私たしか、その年齢で老化が止まるよう設定したはず。ってことは。
「永遠の十歳だよ!」
冗談じゃない。それじゃ私、隣のアベルにも莫迦にされちゃうしおチビのアデリーナにも身長越されちゃうし、いつまでも秋祭りで夜更かしできないよ。
「じゃなく! 私は大魔王で!」
駄目だ慌てると思考が十歳に戻っちゃう。まず魔道設定を外すことだ。私は暗黒の呪力を呼び醒まし、魔道設定の破棄を唱えた。
『魔力コード:リルを確認。年齢を十八歳未満と確認。覚醒前のエラー排除として魔道設定の破棄は拒否されました』
あ。幼い頃によく魔力暴走したから、覚醒前に同じく暴走で転生呪文を破壊しないよう、私が十八歳未満で指示しても設定書換できないように魔法を組んだんだった。つまり私が十八歳に成長するまで魔道設定は書き換えられない。
でも不老の設定で最高潮の十歳から老化、つまり成長することはない。
金庫の鍵は金庫の中にあるという笑い話。
完全に詰んだ。
私はベッドの上に突っ伏し、そして。
いかにも十歳なりたてのまま、手足をバタバタさせて泣いた。




