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9ページ目 蔵書整理

「はぁ……」

「……あれだけ意気揚々としていたのになんでそんなに落ち込んでいるんだい?」


司書、天ヶ崎明花こと安間昌弘は落ち込んでいた。今日は上司の働きすぎ知ったので、それを止めると決心して会社に出社したのだ。そしてその目的は果たされた。だがしかし、それは本人も予想のしない方向に進んでしまったのだ。一方で管理者のドラ猫は薄ら笑いを浮かべながら机に突っ伏している明花に今日の経緯を訊ねる。


「ドラ猫さんはどこかから見ていたんでしょう? もうそれ以上はありませんよ……」


いつもならもう少しきつい返しをする明花なのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。鬼と呼ばれる上司に物申したことはほかの社員からも感謝された。しかし、その際に余計なことをしてしまっていた。次の言葉を大声で叫んでしまったからであった。


『私はあなたの姿勢は好きです! 尊敬もしています。ですが抱え込まないでください! そのために部署があるんです! 私が支えて見せます! いや、私たちが!』


さて、これを聞いたほかの社員はどう思ったか。あくまで本人としては部署として城ヶ島枢を支えると宣言したに過ぎないつもりだった。しかし、『好きです』や『支えて見せます』に加えて朝礼とは思えないぐらいの大声は他の部署から見物人を集める騒動になった。しまいには城ヶ島枢は『ありがとう……』と言いながら泣き出してしまう始末だ。その結果、これを見た他の社員たちはこう思った。


「安間さんが城ヶ島さんに告白した! しかもなんかいい感じ!」


完全に勘違いなのだがこうなれば後は早い。社内の人のネットワークという噂話でこの件は瞬く間に全社員に広まった。昌弘は枢をなだめ、噂の広まりに気付いてそれを一日丁寧に否定して回ることになった。その結果、精神的に疲労困憊な状態になっていたのだ。


「君の世界じゃ人のうわさも七十五日ともいうらしいじゃないか。もう少し気楽にやったら?」

「その七十五日流れるまでが苦痛なんですよ。当分このネタでいじられますよ!?」


明花はげんなりしながらぼやきを続ける。悪気があるわけではないことは理解していてもなかなかに居心地の悪い状態になっていた。何せ異動直後からこのようなことをしてしまったのだ。若干気も沈むだろう。


「挑戦したことは悪くない。後悔するよりはまし。じゃなかったのかい?」

「……そうでしたね」


以前、中学生にそんなアドバイスをしたことを指摘され、少しばつが悪くなる明花。人に後悔するなと言っておいてこの体たらくでは示しがつかないだろう。


「はぁ……仕事しますか」

「最近来客が多くて整理も滞っているからね。ちゃんと仕事はしないと」

「この前の魔導書関連の整理が手こずったのも理由ですけどね。おかげでしばらくは探知魔法使って本を探す羽目になりましたから。あの後魔王さんにはお世話になりましたね」


んっと背伸びをする。最近は慣れからかだいぶ目線の下にあるものがあまり気にならなくなっていた。また、ずいぶん自分の体としてのコントロールを取れてきていた。


「じゃあいきましょうか」


                       ○

図書館司書の仕事で重要なのは蔵書の整理である。この大図書館でもそれは例外ではない。むしろ一般の図書館よりも蔵書整理の仕事の方が大半を占めている。すでに整理した部屋にも新しく本が入ってくることもあり、その確認もある。そうなると、館内が散らかったように見え、利用者にとっても困ることになる。司書として使いやすい図書館にするということは使命だ。……ただし、普通に蔵書整理をしているのかと聞かれればそうではない。


「結局、上司さんはその後どうしたんだい?」

「部署全体で業務の見直しをするそうです。それと今日はもう帰っていると思いますよ」


本棚の通路越しに散らかっている本を整理する一人と一匹。至って普通に会話をしているように思われるがその間に一人と一匹は本に襲われている。時折、本に擬態したタイプの魔物が混ざっていることがあり、整理しようと手を伸ばすと襲いかかってくるのである。ここの司書として生きるためには最初に乗り越えないといけない壁であるが、明花も慣れてきていて、襲いかかってくるのを止めたりゲンコツを入れたりしながら流れ作業のように制圧していく。ドラ猫も似たようなもので明花以上に手際よく本を片づけていく。


「ただ、社長とか含めてだいぶ頼りきりでしたし、しばらくは大変なことになりそうですね」

「…………」

「? ドラ猫さん?」

「い、いや! なんでもないにゃ!」

「そうですか。ならいいんですが。」


またもや動揺しているドラ猫。明花の側からは様子をうかがい知ることはできない。しかし、何か気になるものでも見つけたのか。そう思いながら手は休めずに様子をうかがうが、反応がよくない。とはいっても割とよくあることなので明花も大して気にしてはいなかった。


(さて、これは……なんでしょう?)


落ちていたた本を手に取る明花。どこに分類するべきか考えを巡らせながらパラパラとページをめくる明花。その手があるページに偶然止まった。そして内容は少し首をひねるものであった。



『そろそろ持ちそうにない。この図書館の管理は彼に任せよう。必ず彼女を救ってほしい』



(……一体なんでしょうか? ドラ猫さんに聞く? なんかシリアスじみた話ですし答えてくれないかもしれませんね)


一言、そう記されているがそれだけでは何のことだかわからない。ドラ猫に聞くことも考えるがエロに食いつき、トラブルメーカーであるドラ猫だがこの図書館の設立経緯についてはほとんど口を割っていない。このまま聞いてもよい回答が返ってくるとは思えない。


(……少し読んでみましょうか。ベルトの辺りにはさんでおけば隠せるでしょう)


おなかのあたりに本を入れそれをベルトで固定することで本を見えないように隠す。動きにくいが、まぁ何とかはなるだろうと明花は思った。さて、明花が図書館の謎に迫ろうとしている反対側の棚ではというと。


(こ、これは! 究極の至宝じゃないか! またコレクションが増えるにゃ!)


大げさに言ってるが、ドラ猫が持っているのは表紙には女性の写真がでかでかとある所謂エロ本だった。こういったものも書籍には含まれるので転がっていることは珍しくない。そして、ドラ猫はこれを収集しているらしい。悩みに悩んで少し中を見ようとページを開こうとした次の瞬間のことだった。


「モオァァァァ!」

「えっ!?」


突然の咆哮に明花も驚いて本が落ちないように反対に回ると魔物にドラ猫が咥えられ、宙に浮いていた。どうやら擬態する魔物の中でも面倒な物を引き当てたらしい。


「立体型ですか! 面倒ですね!」


明花の目の前にそびえ立っているのは彼女の数倍は優に超えている魔物だった。二足歩行だが右手に持っている斧と角、鼻がかなり大きく牛のような印象を与えている。少なくとも本の大きさとは全くと言ってもいいほどサイズが合っていない。これは本に擬態している魔物の一種である。飛び出す絵本の仕組みに近い。こんな絵本があってほしくはないが、本の形のまま捕食するタイプと本とは別の本体が捕食する場合があり、これは後者の分類にあたる。


「モウ、モウ、モオァァァ!」

「ずいぶんお怒りのご様子で。さっさと始めましょうか」


現在、おなかのあたりに本を隠し持っているために、激しい動きはできない。そもそも通路が狭いのでそう言ったことができそうにもないのだが。それに加えて下手な攻撃は本も巻き込んでしまう。


「食われる! 食われるにゃ! はっ! ジャカジャンジャカジャンジャカジャン」

「腰を振らないでください。どこの白猫ですか。そのまま食われたいですか?」

「ごめんなさい。何とかしてください」 


ドラ猫は抵抗しているが放っておくと食われかねない。ドラ猫の言うようになんとかしなければと思っていると日曜六時半のOPの猫を真似てリズムとともに腰を振り始めたので一瞬カチンとくるがとにかく、早い段階でどうにかしないといけない。そう思った明花は魔法のイメージを膨らませる。


「はっ!」


先制攻撃として魔法を放つ。魔法といっても基本的にはイメージを元にしたもので科学的な物とかなければ術式としてあるわけでもない。使用する人間のイメージする力によって左右される。この場所は通路が狭く、ドンパチやり合うのは不向き。しかし、そのままだとすでにある本に被害が及んでしまう。そのため、彼女は押しつぶすという選択肢を取った。上から重力をかけるようなイメージで発生させた魔法は異変に気付いた魔物が抵抗するも徐々に徐々に追い込まれていき、最終的には紙程度のぺらぺらになってしまった。

そして明花は、つぶされた魔物を見て思い出す。


「あ、ドラ猫さんごとつぶしちゃった……」


本の事ばかり考えて割と普通に、ドラ猫のことを忘れていたことにつぶしてから気づいたのだった。

                   ○

「まったく、なんで丸ごとつぶしにかかるのか、僕には理解に苦しむね!」

「ごめんなさい、ドラ猫さん。本を守ろうと思ったら間違えてドラ猫さんごとつぶしてしまいました……でもあんな罠に引っ掛かるのもどうかとは思いますよ?」


つぶされた後何とか救出されたドラ猫が司書室で愚痴をこぼす。動けないので速攻で決めないといけないのでとりあえずつぶしてしまった明花も反省はするが、そもそも開けなければこの事態は起こらなかったはずである。とはいってもそんなことを延々議論してもらちが明かないことは双方ともに理解はしているので大きく口に出すことはない。せいぜい軽く反論するぐらいだ。


ちなみに本は司書室に戻った直後、隣の部屋の普段使用しているベットの裏側に本は隠しておいた。追々読む機会もあるだろうと見込んでのことだ。そもそもドラ猫は隣の部屋にはあまり出入りしないというのもある。その場合、一番の隠し場所はここである。


(そもそもなんで管理人が猫なのか。なんで図書館なのか。なんでこんな空間にあるのか。わからないことだらけですね。本当に踏み込んでいいのか悩みますが……ここはやって見ましょうか)


だいぶ時間がたっていたことや、アニメでもよくある話なので気にしていなかったがよく考えれば不自然であることは疑いようもない。さまざまな経緯を含めて調べる必要がある。つぶされたことに憤慨するドラ猫を見ながら天ヶ崎明花は再び、挑戦をする覚悟を決めたのだった。

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