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8ページ目 求められたもの

春は別れの季節である。同時に出会いの季節でもある。天ヶ崎明花の中の人こと安間昌弘はこの春、鬼に出会っていた。


「おう安間。どうよ新しい部署は?」

「新倉か。噂には聞いていたけどあれは確かに鬼だな。鬼ヶ島って言われるだけはある」


休憩スペースで偶然出会った同期の社員、新倉に手で壁を作りながら小声でつぶやく。昌弘の勤める会社では若手は経験を積むために1、2年程度で部署を異動する。昌弘の異動先は営業部であったのだが、ここには鬼がいると社内では有名なところであった。昌弘は異動した時のことを少し思い出す。


「課長の城ヶ島です。仕事はたたき込んでいくので覚えてください」

「えっ!?」 

「返事ははいで」

「は、はいっ!」


城ヶ島かなめ。先ほどの鬼ヶ島というあだ名は名字からもじったものだ。ちなみにだが実は昌弘と同じ年齢だ。昌弘は大卒、彼女は高卒なので同じ年齢でもキャリアとしては彼女の方が4つ先輩にあたる。スーツをびしっと着こなし、長めの黒髪をはためかせ、女性では珍しくズボン姿で営業先へと向かう姿はきれいというより美しいといいあらわす方が適切だろう。では、なぜ彼女は鬼ヶ島と呼ばれているのか。それは人に厳しく、取引相手に厳しく、自分に厳しいという三拍子そろった鬼だからだ。


「まだ1週間も経たないけど書類まとめてもミスしては突き返されてる。誤字脱字発見器みたいだ」

「ははは! 枢さんは集中力が半端じゃないからな。誤字脱字以外にもいろいろ指摘されただろ」

「ああ……仕事のペース配分とか、仕事の抱えすぎ注意されたりとかしたな。怒鳴ったり説教しないけどそれが逆に怖いんだよな」

「説教する時間があるなら仕事をするからなあの人」


城ヶ島枢はそうは怒らない。特に説教を嫌う。その理由は新倉が言ったように時間の無駄であることやエネルギーの無駄であることがあげられる。ある意味効率を突き詰めたスタイルといえるだろう。


「ただカリスマ性もすごい。一緒に商談に行くだけだったが相手がビビる光景初めて見たよ。大したこと言っているわけじゃないのに相手方の汗がすごいことになってたな」

「なんか誇張されてるからなあの噂。普通はそんなことするわけないだろうに」


現在は営業部の飲料部門の課長を務めているが現在、城ヶ島と聞いてその名を知らない者はいないと言うぐらいの人物になっている。とはいうが無理な条件を吹っかけているわけではない。どんな所からでも彼女が行けば契約を取ってくること、そして契約を取った結果、会社が一つ潰れたという噂がまことしやかに広がった結果だった。実際は少々経営が傾いたぐらいだが。しかし、そのためか現在では相手を物理的に締め上げたとか少々噂も誇大になってしまっている部分もある。


「その上で姉御肌だしな。惚れる奴がいるのも納得だ。俺としちゃ女性たちが集まってキャーキャー言っているのは悔しい部分もあるが」

「ああ……上司の鑑って感じだ。それと新倉ハーレムが実現することはないから安心しろ」

「うるせぇ! 絶対俺はハーレム作って暮らすんだ!」


姉御肌という部分には昌弘は共感を覚えた。仕事で失敗した部下に対してもやはり前述の理由で怒らない。一言、なぜ失敗したのかを考えるように言うだけだ。故に、彼女を慕うものも多く、その中には女性のファンも多数いる。新倉がハーレム状態を羨ましがっているがどちらかといえば憧れのまなざしという意味合いが強い。


「ただ、心配なんだよな」

「何がだ?」

「枢さんだよ。あの人仕事しすぎだろ。この前廊下ですれ違っても挨拶してくれなかったし」

「そういう時もあるんじゃないか?」

「でも枢さんだぞ? 超がつくぐらい真面目な人だ。おかしくないか?」

「……まぁ、確かに」


彼女の部署では大概の日の場合、一番長く仕事をしているのは枢自身である。部下にはできるだけ早く帰るように言っているが、自身は居残りをしていることが多い。昌弘もまだ別の部署にいたころ、毎日のように残業をしている彼女に驚いたものだった。ただ、最近はそれが徐々に当たり前になり、誰も気にかけなくなっていた。唯一気にするのは慣れていない新人ぐらいのものだが、立場上強くは言えない。結果、誰も止めることのないまま現在に至っている。


「倒れでもしたら、飲料部門その物が止まりかねない。なんとかしないといけないが……」

「……難しいな。家も会社のすぐそばだから家に帰るという危機感が欠けているのかもな」


しかし、昌弘自身も異動してまだ日も短い。城ヶ島枢がそういう人間であることを知っていてもどうにかできる立場にはいなかった。


「俺、そろそろ仕事戻るわ。枢さんを大事にしろよ」

「わかってるよ」


わかってはいる。しかし、その手立ては少なくとも現時点では彼には思いつきそうにもなかった。



                 ○

大図書館には関係者用の入口というものがある。眠りに落ちる際にドラ猫からもらった通行許可証を首から下げると効力を発揮する。現状、狭間の世界から持ち出された唯一のものでもある。ちなみに、見た目は首にかける社員証のようなものである。会社でもよく見かけるものだ。


それはともかくとして、意識を起こすといつもの司書室……の隣の部屋の天井が見える。ここにはいくつかペットが設置されており、このベットと通行証が現実世界との架け橋になっている。


とりあえず軽く背伸びをすると、足元のスリッパをはいて隣の司書室へ向かう。とりあえず入館情報の確認をと明花が思っていると奥の座敷の方にドラ猫の姿が見えた。


「(何をしているのでしょうか?)ドラ猫さん?」

「にゃあい!? 明花ちゃん!?」


明花が興味本位で近づき、声をかけてみると素っ頓狂な鳴き声の返事が返ってきた。一体何をしていたのかとドラ猫に聞こうとした視線の先には人が布団に寝かされていた。それも数時間前までともにいた人物だ。


「城ヶ島課長!?」

「し、知り合いかにゃ?」

「私の中の人の上司です。なんでここに?」

「さ、さっき外で寝ているのを連れてきたにゃ」


ドラ猫が動揺したままだが、一方の明花も動揺していた。まさか会社の知り合いがここに来るのは想定外だったからだ。ちなみにだが寝た状態でここに来る来館者も意外と多い。意識はなくとも夢は見ているためだ。そのため、来たのはいいものの起きずにそのまま戻るということもよくあることだった。


「スーツ姿ってことは……まだ会社に?」

「わからないが……たぶんそうだろうな」


基本的に来館者は寝た状態の格好でここにやってくる。そのため、パジャマ姿であることが大半だ。ここで戦うことを目的にしているザイラスはそれを知って全身に甲冑を身にまとって現れた時は明花のみならずドラ猫も唖然としていた。寝苦しくないのかと二人は思ったが案の定で、戦っている途中で目が覚めたようで途中退場してしまった。それはともかく、スーツであるならまだ家には帰っていない可能性も高い。そう思い明花は情報端末を起動する。


「課長が来たのは……二時間前、私の退社直後ですね。それから……」


熱心に情報端末からデータを調べている明花にドラ猫はほっと胸をなでおろしていた。枢ををここまで連れて来た後、ドラ猫はせっかくだからとそんな彼女にドラ猫はいたずらをしようとしていた。といっても上着のボタンやズボンを脱がせるぐらいのものであったが。しかし、いつばれるか不安になり考えているとそこに明花が来た。しかし、その明花の動揺でいたずらの思惑には気付かれなかったので胸をなでおろしていたのだった。


「やっぱり新倉さんの言うように課長疲れがたまっていたんですね……」

「過労による睡眠不足。大方原因はそんなところだろう」

「…………」


やはりというか起こるべくして起きたのだろう。枢の過労はピークに達していた。今は睡眠不足だけで済んでいるかもしれないが、じきに倒れることは容易に想像できた。


(わかってはいました。もしかしたらそう言うことも起こりえると)


しかし、何もできなかった。異動して日が浅かったというのは言い訳にはならないだろう。一年近く前から、そのこと自体は知っていたのだから。


(では、今私には何ができるのか)

「ん……あれ? ここはどこ?」


私にできることは何か。明花がそう考えを巡らせていると枢が目を覚ました。周りの光景が会社と違うことに驚いて辺りをきょろきょろと見回している。


「いらっしゃい。ここは世界の狭間、そこにある図書館だ」

「世界の狭間!? 図書館!? 私さっきまで会社にいたはずじゃ」

「その会社で寝てしまったのだろう。ここは所謂夢の中でもあるからね」

「ど、どうやったら戻れますか!」


こんな状況でも仕事のことを優先するために元の世界への戻り方を訊ねる枢。動揺はしていてもやはり凛とした姿ではある。そんな枢にどう説明したものかと顔をかくドラ猫に代わって明花がその質問に答えた。


「体が目を覚ましたら元の世界に戻れます」

「それでは困るんです。どうにかなりませんか?」

「あなたのお身体が休むことを希望している以上、私たちからできることはなにもございません」

「あなたは?」

「天ヶ崎明花と申します。この図書館の司書を務めております」


実際のところ、そう言う術がないわけでもないのだが事情を知っている以上、ここで返すわけにはいかない。返しても結局倒れるまで仕事をするだろう。


「お気づかいはありがたいですが……でも……」

「ずいぶん無理をされているのではないですか? 折角ですし、本を読んでいかれてはどうでしょう? 漫画も多数ありますよ。お仕事の息抜きと思えばよろしいのではないでしょうか?」

「…………」

(結局のところ、今の私にできることは何もありません)


城ヶ島枢は天ヶ崎明花を知らない。仮にここで説法じみたことを言ったところでその効果は大したものにならないことは容易に予想できた。そのため、彼女は仕事をすることにした。司書として、図書館を利用してもらうことを優先としたのだ。


「……それじゃあお願いします」


頑張ったところでこのよくわからない空間から抜け出ることができるわけでもない。そのうち目を覚ませば元の世界には戻れる。少なくとも自らに危機が迫っているわけではないと理解した枢はその提案を受け入れた。


                  ○

「わぁ! いい感じですねこの温泉!」

(……あのすいません、この人だれですか?)


心の中で結構失礼なことを言っている明花だがそう思うのも無理もない。クールで仕事人間、鬼と呼ばれる城ヶ島枢しかしらない明花からすれば年相応の感想が出てくることには驚きを隠せなかった。漫画の分類されている部屋に枢を案内した後、仕事もあるので明花は司書室に戻っていた。最初こそ緊張していてまだクールな雰囲気を醸し出していたのだが、しばらくして様子を見に行くと漫画がうずたかく積まれていた。そして口調も普段の仕事のものとは打って変わってかわいいと表現できるような状態になっていたのだ。


「あっ、司書さん!」

「えっ!?」


彼女としては見たいマンガの場所を訊ねただけなのだが、あまりの違いに明花は思わず声をあげてしまうぐらいに違っていた。そして現在、毎度おなじみ、ドラ猫の余計な気遣いでまた温泉に入らざるを得ない状況になっていた。明花は裸の自分を見たくないので体よく体を隠せる乳白色の湯船へと体を沈ませる。


「あの……先に体を洗った方が……」

「ここは夢の中なのでそこまで気にしなくても大丈夫ですよ」

「そ、そうですか……」

(……性格は変わってもやっぱり真面目ではあるんですね)


変わりようにまだ驚いている明花。やはり、このギャップはインパクトが大きかった。しかし、驚いてばかりもいられない。先ほど深入りはしないで仕事をすることを決めた明花だったが、一つだけどうしても聞いておきたかったことがあった。会社では絶対聞けないが今なら聞けるという確信もあった。


「ところで城ヶ島さん」

「? なんでしょうか?」

「なぜパンツをはいてお仕事しているのですか?」


ずっと気になっていたことだった。パンツをはいていることもあり、できる女ムードを漂わせていたがなぜそうなったのかは明花としても興味のあるところだった。


「…………」

「あ、話しにくかったらごめんなさい。でも、気になってしまって」

「いえ……大丈夫です。なかなか話す機会もないので少し驚いたんです」


そう言葉を返すと枢はぽつりぽつりとパンツをはくことになった経緯を話し始めた。


               ○

「……にゃるほど、一種の自己暗示か」

「そうみたいですね。パンツをはくことでできる女になり、それが私の会社では求められているものであったことが災いしたんだと思います」


枢が読んだ本の後片付けをしながら浴場での一部始終を聞き、ドラ猫はそうつぶやいた。要はパンツというものが優秀な女上司を演じるスイッチになっていたということだ。彼女は以前、今ほど積極的に話をする人間ではなく、弱気な部分が目立っていたという。そんな時、気分転換としてパンツをはいて仕事をしたところ、気持ちが大きくなるような感覚があったという。それを生かして営業として活躍した。そして、それは徐々に彼女を蝕むことになった。


「周りからの期待が彼女をどんどん追い詰めた。もちろん周りにそんな気がなかったとしてもだ。それに彼女は答えようとしてしまったんだな」

「はい、結果的に有能な女性というイメージをつけるために全てにおいて厳しくなりました。ただ、一番厳しくしていたのは自分自身だったようですね」


それは残業の多さからみても明らかだろう。部下のために自分が身を切るのは当然と考えていたからだった。確かに、部下には好評であった。営業としての成績もよくなったが、代わりにさらなる重圧を背負ってしまった。


「それで、君はどうするつもりだい?」

「……明日の朝礼で意見として言います。あそこまで聞いてしまった以上は引き返せませんよ。止めるなら今しかないです」


そう宣言して明花は最後の枢とのやり取りを思い出す。なぜそこまで頑張れるのかと明花が訊ね、『みんなが求めてくれるから私は頑張れる』と枢が答えたのに対して明花はこう返した。


「でもそれってつらくありませんか?」

「みんなが頼ってくれることが一番の幸せなんです」


この答えに明花は戦慄した。自分のことなど微塵も考えず、ただひたすら他人のためだけにつくす。明花にはそれが諦めに似たものであることを感じていた。全てを受け入れてしまったがためにもう自分という存在を捨ててしまっていたのだ。


「……今日は決戦だな。早めに上がって休んでおくといい」

「はい、そうさせてもらいます」


一通り片付けが済むと司書室の隣の部屋のベットに横たわる。決戦の朝はすでに朝焼けと共に迫っていた。


二カ月ぶりです。お待たせして申し訳ありません。ツイッター・活動報告で記載済みですが一次選考を通過したそうです。驚きです。同時にモチベさんも帰ってきたのでよしとすることにします。

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