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6ページ目 後悔か、挑戦か

「37.5度。少し熱が残っているわね。清香、まだ寝てないとだめ」

「ごほっごほっ……明日テストなのに……」


大事なことがあるときに限って面倒なトラブルが起きることは多い。高校生、飯塚清香におきた厄介事は風邪であった。


「そう思うなら前からちゃんと勉強するようにしなさい。一夜漬けで受験はどうにかなるもんじゃないわよ?」

「そんなことわかっているよ……」


絞り出すような声を出して母親に反論する清香。彼女はどちらかといえば勉強があまり好きではなかった。そのため、試験日前に徹夜して詰め込むやり方を取ることが多く、この時、勉強はほぼ進んでいなかった。


(明日は確か苦手な社会、実技科目はどうにかするにしても社会が……)


彼女の苦手科目は社会科であった。どうやら単純に暗記をするというタイプの科目が苦手なようだ。しかし、学校のテストなのだから追試の一つや二つあるはずだ。なぜ明日行くことに彼女はこだわっているのかにはわけがあった。


(明日は……最終日だから)


彼女はとある男子生徒に告白をしようと考えていた。しかし、テスト期間の間に声をかけるのは彼女もためらわれた。何しろ相手は学年一の優等生だからだ。勉強の邪魔をしてはいけないと思ったのだ。そこで、テスト最終日の明日告白しようと思ったのだ。この日が当人の誕生日であるというのも理由の一つだった。


(なんとしても……私の思いを……)


そこまで考えたところで彼女の意識は闇へと落ちていった。


             ○

「……あれ? ここどこ?」


清香が目を開けると明るい空間だった。天井が高く壁側には本棚が上の方まで続いている。こんな光景は清香は見たことがなかった


辺りを見渡すと暖色系の照明に包まれた空間。自分の布団で寝ていたはずなのになぜかソファの上にいる。なんだか柔らかくて癖になりそうだと清香は思った。そして全身にあったはずのだるさがまるでない。風邪などひいていなかったようだ。


「一体どういうこと?」


清香が理解に追い付いていないでいると図書館のカウンターの奥の方から人が近づいてくるのを感じて少し身構えた。が、出てきたのは清香から見れば女性……天ヶ崎明花であった。


「初めまして、私はこの図書館で司書をしております天ヶ崎明花と申します。体のご気分はいかがですか?」

「は、はい……はじめまして。なんかわかんないけど元気です。風邪引いてたはずなのに……」


一瞬明花の顔を見てビクッとするしぐさを見せたが、すぐに質問に答える清香。風邪の症状がどこかにいっていることも不思議に思っていた。


「それはそうです。ここは夢の世界ですから。風邪の症状はここでは無縁です」

「夢の世界!? い、痛い……え、現実!? あれ!?」


はっきりと冴えている自分に驚いて頬をつねってみる。お約束のごとく痛かった。


「夢の世界ではありますが現実に近い世界……ここは世界の狭間と呼ばれている空間です」

「世界の狭間……」

「いろいろな世界の間にある空間と申せばいいでしょうか」

「そ、そうなんですか……」


正直理解はしていないが、追及してもわかるものではないと思いそれ以上の質問はやめた清香。


「それで……どうしますか?」

「どうしますか……というと?」

「テストが近いのですよね?」

「えっ!? なんでそれを!?」


初対面の人間に知らないであろうことを言われて驚かない人間などいない。それは清香も同様だった。


「この図書館、世界の狭間という特殊な場所に立地しておりますので身分照会をこちらでさせていただいているのです。お気に触ったのなら申し訳ありません」

「い、いえ……こちらこそ……」


なぜ謝った人間に対してさらに謝っているのかわからなかったがここまで丁寧にされると何となくそういう雰囲気になってしまうものであった。


「どういった科目の勉強でしょうか?」

「……社会です。正直苦手で……」

「そうですか。ならあれを使ってみましょう。ドラ猫さん、サクッと準備しちゃってくださいね。清香さん、少し移動しますね。こちらです」


         ○

清香は目の前を歩く女性がうらやましかった。身長は自分と同じくらいにも関わらず女性の象徴というべき部分は自分とは比較にならない。どうしても自分の恋のライバルの顔を否応なしに思い浮かべてしまうのだ。


「あの……ひとつだけ聞いていいですか?」

「? なんでしょうか?」

「その……七海の、天ヶ崎七海のお姉さんなんですか?」


どうやら明花の名字と彼女の恋のライバルの名字が偶然にも一致していたらしくもしかしたら血縁者ではないかと清香は考えていた。先ほど少し驚いたのはそのためだった。


「いいえ? 違いますが」

「そうですか……」


ホッと胸をなでおろす清香。ライバル本人ではないのだからそこまで警戒する必要はないはずなのだが、党にも警戒心が強くなっているようで余計なことも気になってしまう。


(? どうかしたのでしょうか?)


そんなことなど全く知らない明花は首をかしげていたが彼女の中身は男性である。正直女性の気持ちはあまりよくわからなかった。そんな会話をしているうちに目的地に到着した。


「こちらです。どうぞ」

「……これは一体?」


そこは全面が真っ暗になっている部屋であった。一瞬清香も怖くなった。足元も真っ暗だが歩いている感覚はあるのを確認すると少し落ち着いた。


「試験の範囲はどういったものになるでしょうか?」

「えーと……確かヘイヤンとかいうところからムロマチ? っていう時代までのところです。確か」

「平安から室町ですか……平安はどのあたりからかわかりますか?」

「うーん……あんまり覚えてないんだけど……あ、確か修学旅行で見た鳳凰堂から範囲だったことは覚えてる!」

(そうなると藤原頼通とか後三条天皇あたりからでしょうか……)


うろ覚えな清香の回答からテスト範囲を導き出す明花。彼女の一番の得意科目は社会科であり、特に歴史が得意な人間だった。その後こちらもうろ覚えだったが室町時代の範囲も聞き出して講義が始まった。


「ではまずは下を見てください。これは当時の情勢を示した地図になります」

「すごい……」


表示されていたのは日本地図。そこに浮かび上がるように様々な事柄が記されている。現代社会ではまだないデジタル技術をふんだんに使った。感覚的な授業であった。歴史が苦手な彼女でもわかるように噛み砕いた説明を心がけていたこともあったが、少なくとも彼女が眠そうだったりつまらなそうにしている様子はなかった。


「さて、ただじっとしているのもアレなので実際にこの世界の町を歩いてみましょう」

「え!? そんなことできるんですか?」

「まぁここは夢の世界なので。多少の無茶は通るものですよ?」


そんな感じで休憩を挟みつつ二時間。たったそれだけの時間であったが成果は出ているようだった。実際に明花が作った模擬試験をやってみてもらったところ、本人が見たことがないという80点代を叩き出したのだ。


「なんか、いつもよりすいすいと頭に入ってくる!」

(そういえば寝ている間は脳が記憶を整理していると言いますけど……そのため? ……いや、やめておきましょう。確かめる術もないですし)


もしかしたら寝ている間にここで勉強したらかなり効果があるのではないかと一瞬思ったがすぐに考えるのをやめた。あいにく研究者の領域のようなことには彼女も無力なのだ。


「今日はありがとうございます! その……もう一つだけ聞いてほしいことがあるんですけど……いいですか?」

「ええ……構いませんが……」

「その……私好きな人がいるんです! でもどうやって告白したらいいかわかんなくて……明花さん! 何かいい方法ありませんか?」


顔を赤らめながら聞く清香にまさか? と思ったが予想とは違うことであった。


(これは困りましたね……)


いくらレベルが1000あろうが彼女、ひいては彼女の中の男性もこういった経験はゼロだ。清香は同姓だと思って頼っているのだというのはすぐにわかる。どうにかしたいがどうしたらと思っていると学生時代の女性の先輩のことを思い出した。


「私から告白の方法についてアドバイスはできませんが……私の友人がこんなことをおっしゃっていました」

「それは……なんですか?」

「逃すのなら挑め。口癖のように言っていました。とても活動的な方で何度振られてもあきらめない。彼女に恋愛相談をする人はたいてい一度は聞いたことがあるフレーズですよ」

「明花さんもその人に?」

「ええ、私も振られてしまったんですけどね。後悔はしてないですよ」


正確には男性である昌弘が相談している。こちらも当の先輩には根性無しと雷を落とされてすぐ行って来いと追い出されたほどだ。


「後悔……しなかったんですか?」

「ええ……ダメ元だったというのもありますけどね」


明花は笑顔で清香にそう告げる。自分がここでへこんでいるわけにはいかないと考えたからだ。実を言えば後悔していないと言うのは若干嘘が入っている。告白した際に結構ぼろくそに言われたからだ。ただ、彼女の気持ちを後押しするには自分が過去にとらわれていないということをわかってもらう必要があった。


「そっか……なら私も同じだ。頭も悪いし、すごくかわいいってわけじゃない。でも、好きだから!」


そんな決意とともに周りの風景が一気に変わる。そこは学校の屋上庭園。目の前には清香の好きな人がいる。


「……これは?」

「助けになるかはわかりませんが、予行演習です。思いのたけをぶつけてみてください」


目の前の告白する対象を見て鼓動が高まる。清香は意を決して声を上げた。


「私は!」


               ○

この後、彼女は現実へと戻る。熱はどうやら寝ている間に引いたようであった。どうにも少しぼんやりしている。あれは夢だったのかと思うがどうにもそうは感じない。


熱が下がったこともあって清香は登校した。苦手科目の社会のテストが思った以上にとけることにやはり夢ではなかったと夜のことを思い出す。


そして放課後、あの屋上庭園で……


「私は、あなたが大好きです!」


彼女は後悔より挑戦を選び、その人物に想いをぶつけた。

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