5ページ目 図書館の地下ダンジョン
大図書館の区域は大きく分けると三つに分類できる。一つは本が所蔵されているエリア、二つ目はドラ猫が趣味で拡張したエリア。そして三つ目。それは何か。
「マジでこんなところにお宝なんてあるのか? 誰にも攻略されたことないらいしいけど」
「私は存じてはおりませんがあるとも言われてはいます」
モンスターの巣窟……いわゆるダンジョンである。実を言うとこの世界に流れ込んでくるのは本に限らない。さまざまな物や時にはモンスターも流れ着いてしまう。しかし、これを元の世界に戻すわけにもいかないので図書館の地下領域に放っている。万一暴走されると面倒だが、そこは司書の仕事である。
(正直、その仕事があると知ってバイトを始めたのを一瞬後悔もしましたけど……だいぶ力も使いこなせますし大丈夫でしょう)
普段は地下領域で何かやることなど皆無なので明花自身も中に入ったことはない。しかし、時々ではあるがあちこちの世界からこの地下ダンジョンに挑みに来る冒険者もいた。今日はそういった冒険者の案内を行っていた。冒険者は四人組で男性で構成されており、リーダーがベテランのガルム、その他若手のエース、バン、的確さが売りのマルシー、後衛のジックから構成されていた。
「こちらが地下ダンジョンの入口になります」
「でかいな……」
冒険者の一人がそうつぶやいた。黄金に塗られた巨大な扉が彼らを出迎えた。小さめに見ても10メートルは下らないだろう。まさにダンジョンの入口にふさわしい佇まいだ。
「では簡単にこちらの説明をさせていただきます。こちらダンジョンでは死亡という概念がございません。死亡した場合、図書館の入口まで戻るようになっております。その点は安心していただいて結構です。ですが、死亡した場合、この空間で獲得したものは持ち帰れません。撤退も同様です」
「なるほど……なかなかに重いペナルティだな」
「ダンジョンは全10層です。何が出てくるかは私も存じてはいませんが、ご武運をお祈りしております」
「ああ。よし行くぞ!」
こうして男性パーティたちは図書館の地下ダンジョンに挑んでいくことになった。
○
「ところでドラ猫さん、あのダンジョンの中ってどうなっているんでしょうか?」
「ん? 気になる?」
「未だにクリアした人がいないと聞いているので」
冒険に出発するのを見届けた明花は司書室で休憩ついでに週刊誌の漫画を開いていた。ちなみに現在売られているものの一週先のものである。その漫画雑誌を読む手をいったん止めて、興味のあったことをドラ猫に訊ねた。もちろん興味があったのは地下ダンジョンのことである。
「一層は草原地帯の階だ。比較的レベルの低いモンスターを放り込んである」
「ならそこはさすがに突破できますか?」
「簡単にはいかないよ? あのモンスターへの対応がカギだろうね」
「うわあああああ! なんだこいつら!」
「落ち着け! ただの蜂だ! 冷静に対処しろ!」
「リーダー! こいつら全部モンスターだ! しかも毒もちだ!」
「何!? くっ……毒消しとポーションを怠るな! お前たち二人はいったん下がれ!」
現代日本にいる蜂サイズの小さなモンスターが冒険者を襲った。非常にターゲットにすることが難しく苦戦を強いられていた。
「レベルは俺たちには遠く及ばないが……この小ささと毒性、厄介だな」
「はい、俺たちは毒耐性あるので助かりましたが」
彼らの言うとおり、このモンスターのレベルはせいぜい5か6。女王蜂クラスでも10とまったくもって大したことではない。しかし、量が多いのと毒の特性で抹殺していくという面倒極まりないモンスターでもあった。
「なんですかそれ? 防護服着てダンジョン攻略でもするんですか? 性格悪いですね」
「それはどうも。毒への耐性さえあれば大したことはないよ。後は燃やすなりするだけ」
「そういえば私のレベルっていくつです?」
「そこに検査用の紙があるからやってみるといい」
レベルと書かれた棚に入った紙を明花の腕に張り付けてみると自分のレベルが表示……されなかった。
「あれ? 表示されない……」
「もう振り切ったのか。おめでとう。君も一人前の司書だ!」
「えー……」
本来ではレベル999まで表示可能なこの紙でも表示できない、つまり1000レベルを超えているということになる。なんでもここで司書としてやっていけるレベルになれば必要なくなるようにしているのだとか。
「はあ……これはもういいです。ダンジョンの続きの話、してもらえますか?」
「ああ、第二層は打って変わって砂漠ステージだ」
「……それで? どんな厄介ものを放っているんですか?」
「何? 厄介ものいる前提?」
「ドラ猫さんの性格ならいると思ったので」
「まぁいるよ。一匹面倒なのが」
「この階はなんもないっすね……」
「ああ、モンスターこそさっきより少しだけ強くなっているが大したことはないな。遠めだが次の階も見えてる」
時々出てくるモンスターを倒しながら砂漠の真ん中を進む彼ら。その彼らにひそかに近づく影があった。
「ん? なんか音がしないか?」
「音?」
「何か近付いて……ガルムさんそこ危ない!」
「何? うおっ!」
耳のいいジックがリーダーのガルムに警告する。とっさの判断でガルムがよけたところには何やらモンスターのようなものが口を開けていた。少し遅ければ食べられていただろう。
「ここは危険だ! もしかしたら他にもいるかもしれん。急いで扉まで向かうぞ!」
「砂漠蛇ですか……」
「砂の中に住んでて地上で動いている生き物を食う奴だ。土龍とかと違って音が小さいから気付かないことも多い。ま、一匹しかいないけどな!」
「何の慰めにもなってませんよ……じゃあ3層は何があるんです?」
「……素に戻ってきてるぞ。私の明花を返せ」
「お断りします♪」
人がいないので普段の口調に戻りつつあるが、断るところだけ全力の営業スマイルと声を出すことは忘れなかった。
「はー……湖ですか。休まりますね」
一行は第三層、湖と森が広がるエリアへ入った。こちらではここまでモンスターに遭遇しておらず、ガルムを除く三人は拍子抜けする思いだった。
「だがここまでの傾向を見るにどの階層にも厄介なモンスターがいる。警戒は怠らないようにするべきだ」
「と言いますがね、リーダー、ここまで一体もモンスターに遭遇してないんですよ?」
「だからこそだ。逆に強力なモンスターが隠れているかもしれん。気を抜くべきではない」
バンは若手ということもありそういった違和感というものには不慣れであったが、歴戦の猛者であるガルムはそう言った違和感によく気づく人間だった。さすがに年をとったこともあり、耳が遠くなっているようで先ほどの音は聞こえなかったようだが。
「マルシー、武器の手入れか?」
「ええ……さっきの砂漠の風でだいぶ砂が……ってうわっ! 引っ張られる!」
「マルシー!」
砂で少し汚れた剣を手入れしようと湖の水に武器を水をつけていたところ、それを引っ張られていた。引き戻そうとするも武器が水の中へと消えていった。
「私は大丈夫なのですが……剣が水の中に……」
「どうするかの……予備の剣をを使うにしても……うん? なんだあれは?」
ガルムが気付いたのは湖の中央に何か光が差し込んでいることだった。そこから現れたのは、古代ギリシャにいそうな片方の肩を出した服を着たおっさんだった。その手には剣を二本持っている。
「そなたらが落としたのはこの金の剣か? それとも銀の剣か?」
要は泉の精霊のような役割を持ったおっさんだった。
「それで? 金を選ぶとどうなるんです?」
「嘘をつくなとキレられる」
「じゃあ銀は?」
「嘘をつくなと以下略」
「じゃあどれでもないと言うと?」
「質問に答えろとキレられる」
「なんですかその理不尽」
二つ目までは予想通りだったが三つ目の答えに思わずそう漏らす明花。明らかに理不尽なのは間違いない。
「あいつは精霊界から流れてきてな。どれを答えてもぶん殴りに来るもんだからクビになったそうだ」
「それは当然でしょうね……そして次が四層目ですか。今まで挑んだ人たちがここで全員脱落しているという」
「うん、アレ突破するには事前知識ないと」
「いやー! この料理は非常にうまい! おまけにおかみさんも美人ときた!」
「あらあら、褒め上手ですこと」
四層に進んだガルム達一行だが……なぜか宴会に参加していた。四層に入ったところは町であり、そこの住人達に魔王討伐を依頼されたのだ。その祝いとして宴会に招待されている。他の三人も料理に舌鼓を打っていた。
しかし、おかしいとは思わないだろうか? なぜ図書館の中にあるダンジョンにそもそも町があるのかなどということに。
「うぃー……なんだか眠くなってきたわい……」
「あらあら……ではお布団の方にお運びしますね?」
「頼む……」
その時のおかみは不敵な笑みを浮かべていた。おかみだけではない。周りの町の人々もまた同じように……
「……ホラーかなにかですか?」
「あるときにコピー人形というのが大量にここに流れてきた。明花の姿を作っている技術のもとになった人形たちの町だ」
「これ魔術とかじゃなくて技術だったんだ……それよりなんでここでゲームオーバーに?」
明花も驚くがではなぜここで死亡してしまうのかは気になった。
「彼らはここにきてから研究熱心でね。生物のサンプルを取りたがるんだ。その研究に使われたということで死亡扱いにしている。トラウマ残しかねんからな」
「そういうところだけ良識あるんですね……」
呆れながら話しているとどうやら素材にされたようでガルム一行が転送されてきた。
「あ、お疲れさまでした!」
「おい! 一体何がどうなっているんだ!?」
戻ってきて早々、なぜ死んだことになったのかの説明を求めるガルム達。先ほどの説明を仕事モードに戻った明花がしたところ顔を青ざめていた(技術とかそういったことは省いてはいるが)
そして彼らは『恐ろしすぎる、二度と来ない』と言い残して去って行った。
地下ダンジョンが攻略されない最大の理由は一度挑むと嫌になるようなシステムにあった。
5層以降についてはいずれの機会に。