4ページ目 冒険者と魔王
「なんということだ!」
嘆くのは人ならざる者、その世界では魔族と呼ばれる集団を纏めるものだった。背中には羽を生やしている。
「どうかしたのか、ヴァイド」
「こ、これは魔王様……一大事にござります! 滅びの書が行方不明に!」
「な、なんだと!?」
そこにやってきたのは魔王。女性だが魔王だ。魔王だからと言って男だとは限らない。むしろ|よくあることだ。さて、ずいぶんと物騒なものがなくなったようだ。
「一大事だ! なんとしても見つけ出すぞヴァイド! 私も出る!」
「お、お待ちくだされ魔王様! 確かに滅びの書は魔王の象徴ではありますが魔王様が自ら探しに行かれては下の者に示しがつきません! なにとぞしばらく……」
ヴァイドがここまで慌てているのはわけがあった。まずヴァイドはその滅びの書の管理担当だったということだ。この仕事は現在魔族の中でナンバー2のヴァイドが担っている。普段、滅びの書は保管庫に保存されている。そこからなくなったのだから当然自分の責任になる。下の者に示しがつかないという表向きの理由はあるが、自分のメンツにかけても滅びの書、及び犯人を見つけなければと焦っていたのだ。
(まずい……まずいぞ……滅びの書が見つかったら私は!)
一方の魔王も慌てていた。それはなぜか。実は滅びの書と仰々しく名前こそ付いているが本当のところは魔王の私的日記帳でしかなかった。なんでも彼女の父である先代魔王が魔王の象徴としてこれをもって魔族を統一したために魔王の象徴のような扱いになっている。ちなみに人類を滅ぼす魔法が使えるといわれているがこれは完全に後付けの話である。数十年ほど前から人間と魔族が対立するようになった結果、噂として広まったものだった。現在はヴァイドが管理してはいるが魔王自身も鍵を持っているので時々持ち出しては日記を書いていた。しかし、昨日はそれを戻し忘れてたためにこんな騒動になってしまったのだ。
双方ともに焦っているこの状況。何か解決できる策はないものかと頭をひねる二人。その時ふと思い出したのは異次元にある図書館のことだった。
「ヴァイド、大図書館に行くぞ!」
「今からですか!? 一体なぜ!?」
「とにかく早く騒動を静めることが最善だ。あそこならどんな本もある。滅びの書も見つかるはずだ! なくなったものはその後に捜索すれば問題ない!」
「な、なるほど! さすがは魔王様!」
この世界の魔王は大図書館の常連であった。しかも睡眠時に限らず世界の狭間とのゲートを作り、起きたままやってくるレアな来館者である。ちなみにだが魔王の本音はというと……
(とりあえずコピーさえしておけば臣下はは安心する。そしてコピーをしておいて後でこっそり見つけやすいところにでも置いておけばバレない! 完璧だ!)
大図書館の図書は貸し出しはできない。現代日本に魔法、ファンタジー世界に飛行機のように世界を不安定化させてしまう要素になりかねないからだ。ただし、司書が必要と認めればコピーは可能になっている。うまく事情を話せばわかってくれるだろうと魔王は考えた。
なお、ヴァイドの方もナンバー2を狙う他のライバルにできる限り弱みを見せないためにもこの案に乗った節がある。
「では行くぞヴァイド!」
「はっ、魔王様!」
術式を使い、大図書館への道を作る魔王。二人はそこへ躊躇なく飛び込んで行った。
○
大図書館の資料は非常に多い。明花が司書に就任してだいぶ経つが未だ整理の手すらつけていない部屋が多数ある。明花本人の趣味や必要な場所から手をつけていることも大きな理由でもあった。
「しかし、今週はよく来るね。最初のころはその姿嫌がってたのに」
「……私は非常に合理的なので。だいぶ慣れて自分の姿にあまり興奮もしなくなりましたから。それと、最近よく来るのはこの前大門さんにおごったからお金ないんです。だから寝るぐらいしかやることないので」
「……今でも時々胸気にしてるけど、この前もシャツの合間からから谷間が」
「うるさいですよ?」
よく食べる成人男性一人におごるということがどういうことかを思い知った明花。会社でもまだまだ若手である。明花の給料と暮らす費用を考えれば、休みの日は多少女性の姿が恥ずかしくてもこちらに来るのがよかった。寝ることでお金は使わない、しかし、司書特権で暇な時には好きな本をタダで読める。これほどまでに充実した暇つぶしはないだろう。おまけに働いた時間に応じて給料もでるのなら尚更だ。若干管理人の猫が面倒という点を差し引いてもメリットは大きい。
「あれ? ここは?」
「ここが賢者セルディレルが言っていた大図書館……」
そうこうしていると来客が来たので明花が対応する。男性が一人に女性が三人。あまりない組み合わせである。
「ようこそ、大図書館へ」
「うおっ! えっと……どちらさまですか?」
「ここの司書をしております天ヶ崎明花です。よろしくお願いしますね」
「えっ!? 日本人なの!?」
来館者のデータは来館と同時に明花自身の記憶と専用のタブレットらしいものに送られる。日本人であることに驚いていたので記憶から彼ら彼女のプロフィールを見ると、男性と女性一人の名前が日本人的だ。先ほどの常連客の賢者のことを考えるとどうやら普通の日本人ではないようだ。
「ええ、私は日本人ですよ。ここは世界の狭間なので……どうかされました?」
「に、日本の人だぁ……」
どうやらいろいろと訳ありの御一行のようだ。
○
「なるほど……召喚魔法で異世界へ……」
「それで魔王を討伐しないといけなくなったんですけど……魔王の領域は強大な魔力で覆われていて侵入することができないんです」
「倒すには当然突破しないといけないからね……」
「……その解決方法を探しに私たちはここに来た」
「賢者様がここを教えてくれたんです」
一行は高校生ぐらいの男の子とハキハキとしゃべるツン気味な少女、無口な少女と柔らかい雰囲気の少女だ。明花はなんとなくハーレムものの光景を思い出す。
(本当にいたんですね……こういう人って)
女性を何人も侍らせている(自覚はあるかは別として)この光景を見て、中の人的には爆発しろの一言も言いたくなるがぐっとこらえる。ただ何となく関係に興味はあったのでせっかく女性の姿を借りていることから明花は少し悪戯をしてみたくなった。
「紙を持ってくるので少し待ってくださいね」
「わかりました。お願いします」
司書室に戻るまで大した距離ではない。先ほどまで話をしていたスペースからも目と鼻の先の距離だ。しかし、どうにもにやけていたようで明花はドラ猫に呼び止められた。
「にやけているぞ」
「そうでしたか?」
「何か悪だくみか?」
「ドラ猫さんに言われたくないです」
司書室の手近なところにあった紙を手に取り、服に少し細工をしてテーブルに戻る。
「お待たせしました。こちらの紙に必要なことを書いていただきたいのですが……」
「あ、はい」
「どのような図書が必要なのかを書いてください。単語とか簡単なものを重ねていくだけでもいいです。絵とかでも構わないので……」
「え、えっと……天ヶ崎さん?」
「…………」
この図書館の検索システムの説明をする際に少し悪戯をすることにした。いたずらといっても大したことではない。せいぜい明花が熱心に説明している際に少し胸の谷間が思春期の男子の目の前に見えるというだけのものだ。ただ効果はあるようで男子からは困惑、女子からは怒りが渦巻いているのを感じる。
「胸をじろじろ見るな修二ー!」
「……シュージは胸が大きいほうがいいの?」
「シュージさん! む、胸が見たいなら私の胸を!」
「ちょ、ちょっと……そんな目で見ていたわけじゃ」
(見えるようにしただけですけどね。ボタンひとつ外しただけですし)
案の定というかヒロイン候補のお怒りが待っていた。しばらくかかりそうだなと明花が思っていると次の来館者が来たようなので対応にあたる。
「ようこそ、大図書館へ」
「いきなりで済まないが本を探してくれ」
「どのような本をお探しですか? 魔王さん」
「こういうものだ」
常連である魔王は手慣れた様子で紙に必要な本を書いていく。魔王が見せたのは滅びの書の絵だった。この検索は絵でも問題ないのは先に明花が説明したとおりだ。というよりも絵で描いてくれた方がよく見つかることが多い。
検索の術をかけるとかなりピンポイントに表示がされた。魔王は絵がうまいのでタイトルや内容で探すよりもよっぽど早く見つかるのだ。
明花はドラ猫に四人組の事を頼むと魔王を部屋へと案内した。
(そういえばこの方は魔王ですけど……あのグループの敵なんでしょうか?)
ふと、魔王を倒すという四人組の目的から考えれば対象になりそうな人物がいると思ったがすぐに気にしないことにした。細かいことは気にしないのがルールであり、揉めるなら魔王でも勇者でも鎮圧するだけだからだ。
「この部屋ですね」
「……相変わらず本の山だな」
「徐々に整理はしているのですけどなかなか……」
司書の明花でもなんだかよくわからない本も多数あるため、本を探しに来た人と一緒に本の整理をするというのがいつもの光景だった。ただ、今回は対象がはっきりしているので整理は後回しになるだろう。
表示された入口から右9メートル、左に4メートルのところの辺りを探すと絵と同じ書物を見つけた。一応ぺらぺらと本を開けてみるが……なんだか妙な感じだがとりあえず明花は聞いてみることにした。
「魔王さん、これでしょうか?」
「! あ、ああ! それだ! 本当にありがとう!」
「これで一安心ですな! 魔王様!」
見つかると魔王さんはすぐに駆け寄ってきて滅びの書を大事そうに抱えた。ヴァイドも安心した表情を見せる。ただ、明花には気になることがあった。
(滅びの書……と言っていましたが、あれは明らかに……)
そう思ったところで閉めておいた扉が勢いよく開かれた。顔をのぞかせているのはツン娘だ。
「レナ! あれが魔王!?」
「……たぶんそう。今代の魔王は女性と聞いたことがあるし、あの滅びの書がその証」
無口娘ことレナがあれは魔王だという。まさかまさかの異世界で敵同士が邂逅するという状況が起きてしまった。
(これはすこしまずいですか?)
彼女らの後ろの方に猫がいることを考えると修二への折檻が終わった後ドラ猫が魔王を案内していったとでも言ったのだろう。明花はこの場が異常な雰囲気に包まれつつあるのを感じ取った。
「魔王様、お下がりを!」
「魔王、まさかこんな所で会うなんてな! 絶対に、俺たちの世界を滅ぼさせはしない!」
両者ともに戦闘態勢に入る。このままでは書物が吹き飛びかねないので司書の権限で明花が止めようと思ったその時だった。
「私は人を滅ぼすつもりなんてない!」
「なっ!?」
「えっ!?」
「これを見て!」
その空気を壊したのはそんな魔王の宣言だった。同時に魔王は滅びの書とされているもののページを開いた。そこに書かれていたのは滅びの呪文などではなく、魔王の孤独な思いだけが記されていた。
「そ、そんな……滅びの呪文などなかったのか!?」
驚くヴァイドを尻目になぜ滅びの書と呼ばれるにいたったか、彼と彼女らに話し始めた。元々は魔族の統一のためのものであったこと、時がたち、人間からそれが恐れられたこと、噂によって滅びの書と呼ばれたこと、そして魔王城の騒動が自分が原因であったということ。最後に、孤独でさみしかったのだということ。
すべて聞き終えたヴァイドは涙を流していた。ここまで魔王を支えてきたが、そんな弱音を吐くことはなかった。必死に魔王を務めていたことに思いがあふれたのと、まだ自分が支え切れていなかったことを思い、涙が止まらなかった。
4人組の方も話を聞いた結果、戦闘態勢を完全に解除。修二が魔王に近付いて握手を求めた。
「それなら、俺たちも力になる」
「本当に?」
「ああ、本当だ。だから握手だ」
この日、とある世界の人間と魔王との戦いは終結した。わだかまりはすぐには解けないだろうが彼らならいい世界が作れるだろう。明花もそう信じている。
「……ところで修二、あんたまた女の子に手を」
「出してない!」
「出した! そんな節操なしにはお仕置きよ!」
「勘弁してくれー!」
……ただ、一人の男性が好意を持つ女性皆を幸せにする世界を作れるかは、少々疑問が残るところではある。