1ページ目 奔放の第二皇子
とある世界にある宮殿。その中庭で剣を振っている男性がいた。それを建物の中から見る人物が二人。
「……レノンよ、あれはいったい誰だ?」
「殿下、あれは紛れもなく殿下の息子である第二皇子、ザイラス様……のはずです」
白髭をたくわえ威厳たっぷりの殿下……もとい王が側近の大臣であるレノンに剣を振っている男性について尋ねた。王は別に違う答えに期待していたわけではない。目の前で起きている光景が信じられなかったからだ。
「あやつは昨日まで手のつけられない悪たれのはずだったはず……一体何があった?」
「使用人によると朝目が覚めた時からこの調子だと……」
「……頭でも打ったか?」
ひどい言われようではあるがそれがザイラスの評価だった。第二皇子でありながら自由を好み勝手に城から抜け出しては遊びまわったりしている。遊びの中には狩猟や泳ぎなどもあったが彼は飽きっぽい性格で長続きすることはなかった。そのため王家でも扱いに非常に困っている人間であった。
そんな彼が急に剣を持ち出して素振りを始めたのだ。一体何があったと考えるのは不思議ではない。しかし、彼への信頼度というのはすこぶる低かった。
「どうせ数日で飽きるだろう。それより今日の予定は?」
「はい、本日の予定は……」
そのためたいして気にされることはなかった。しかし、この一週間後のこと。
「……今日もやっておるのか?」
「はい、かれこれ七日になります。ここまで何かに熱心なザイラス様は見たことがありません」
「だがどうせそろそろ飽きるだろう。放っておけ」
「はっ、仰せのままに」
異例の長続きにレノンも驚くがやはりというか国王自身はあのバカ息子は大して変わりはしないだろうと思っていた。そう思ってながらさらに二週間が過ぎた。
「親父殿、よろしいだろうか」
「な、なんだ?」
いつも庶民と変わらない服装をしていたザイラスが正装で国王の執務室に姿を現した。レノンもその姿に口を半開きにしたまましばらく動けなかった。
「俺はしばらく修行の旅に出ようと思う」
「なんだと!?」
「俺は驕っていた。世の中には上には上がいる。俺はもっと力をつけなきゃいけないんだ! 頼む!」
ザイラスはこの時頭を下げた。国王はバカ息子であるザイラスが頭を下げたことにも驚いたが、なぜそこまでさせるのかを理解することができなかった。
(一体何がどうなっているのだ!?)
○
話の発端は三週間前にさかのぼる。ザイラスが自室で寝ていた時のことだ。ふと眼を覚ますと真っ暗な空間が広がっていた。
「なんだこりゃ?」
ぼりぼりと頭を掻きながら周りを見渡すと木製のドアが一つ。一体何のドアかは知らないが考えるより動くが信条の彼は迷うことなくドアを開いた。
「……これは?」
眼前に広がるのは本の世界だった。部屋中の棚にぎっしりと本が詰め込まれている。見える範囲には本と本棚しかない。
「おいおい……なんつーところだよ……」
ザイラス自体、体を動かすことは好きでも勉学の方は得意ではなかった。そのためかこんな本だらけの世界は嫌になってしまうようだ。
夢のはずなのに妙なリアル感があることに違和感を感じるが彼は歩きはじめた。ひたすらに本棚しかなかったがしばらく歩くと少し開けている空間があった。本棚しかない殺風景な空間とは少し違う場所に何かと思いザイラスは近づいていく。どうやら机と椅子があり本を読むためのスペースになっているようだ。その広い空間の一か所だけに人がいた。
(女か?)
そこにいるのは髪の長い人物。黒髪でストレートというザイラスの世界では変わった色合いと髪型。そして横顔しか見えないが間違いなく美人。その事実にザイラスの興味はそそられた。自室で寝ていたはずなのだから夢だと考えてもいいものだがそんなことは彼の頭からは消え去っていた。
「やぁお嬢さん、こんなところで何をしている?」
「え? 少々調べ物をしているんです」
「シラベモノ? 一体何なのだそれは」
女性はやや驚いてぎょっとした表情を見せた。しかし、すぐに笑顔を見せ質問に答える。
「自分の興味のあることを知識として知り突き詰めること……でしょうか」
「ほう……」
自分とは真逆のタイプだがこんな女性とちょっと行為をするのも面白い。そう考えて口説き文句を考え始めたザイラスであったが女性が先手を打った。
「ちなみにですがエッチなサービスはしませんのでそのおつもりで」
「い、いや……そんなことは思ってないぞ! ところで名前は何と言うのだ?」
自分の考えを先読みされ少し動揺するザイラスだが気を取り直して女性に名前を問う。
「天ヶ崎明花と申します。よろしくお願いしますね。ザイラスさん?」
「!? お前、なぜ俺の名を?」
「ああ、私ここの司書を務めておりまして」
「そんなことは聞いていない! なぜ初対面のはずの俺の名を知っている!」
「え!? えーっと……」
自分の名前が知られていたことに驚きを隠せないザイラス。明花に近付きどういうことか問い詰める。明花はそんな状況に後ずさりしながら答えた。
「この空間に入った時に情報として送られてきているんです」
「それは一体どういうことだ?」
「先ほども申しあげたように私はここの司書です。ここは少し特殊な場所でどこの世界でもない世界の狭間。それ故にどのような人物が入ってきたのかはこちらで把握するようになっているのです」
「…………どういうことだ?」
少なくともザイラスの世界には存在しないであろう奇妙な話にザイラスの頭はついていっていなかった。その姿を見て明花は慌てた。
「す、すいません、説明不足で。というより私もまだ新人なのでこの世界についてはよくわかっていなくて……」
「い、いや……俺も悪かった。もう少し詳しく教えてくれ」
「わかりました。それでは……」
○
「なるほど……ここは俺のいた世界でも司書さんがいる世界でもないのか……」
「はい、それ以外の世界でもないいわば世界の間、狭間と呼んでいる空間です」
三十分ほど世界についての説明が続いたがザイラスはようやく思考が追い付いていけるようになっていた。
「俺は死んだわけではないのだな?」
「ええ、私も肉体が死んではいませんので間違いないかと」
「妙に意味深な物言いだな?」
「すいません……ちょっと事情があるもので」
「? まぁいい。それでどうすれば元の世界に戻れるのだ?」
明花の物言いには気になるところはあったがザイラスにとって重要なのは元の世界に帰れるのかどうかだ。
「目がさめれば自然と元の世界に戻れます。御心配には及びませんよ」
「そうか! それは良かった! ところでお主、俺の世界に……」
「私は司書ですので。ここを離れるわけにはいきません。それにさっきも言いましたよ?」
「お、おう……そうだったな」
先ほど釘を刺されたことを思い出して引き下がるザイラス。しかし諦めきれない思いが燻っていた。
「なら一つ勝負をしよう」
「勝負ですか?」
「ああ、俺が勝てば少し相手をしてもらう」
相手をしてもらうと言ってはいるがその実はちょっと言えないことも考えていた。もちろん明花もそれには気づいている。しかし、夜はまだ長い。とりあえずの幕引きを計ることは必要だった。
「わかりました。なら私からも条件を」
「なんだ? 言ってみろ」
「私が勝ったら調べ物の資料を運ぶのを手伝ってもらいます。なにぶん量も多いですし人手が欲しいと思っていたので」
「いいだろう。二言はないな?」
「ええ、構いませんよ? 勝負の内容はザイラスさんにお任せします」
この時ザイラスは勝ったと確信した。勝負の内容を自分で設定できる時点で自分の負けはない。そう思ったからだ。それ故にそれが罠であるとは気付かなかった。
○
図書館内を移動し円形の大きな部屋で二人は向かい合っていた。ザイラスが求めた勝負が出来るのはここだったからだ。
「ならば戦いだ」
「戦いですか?」
「ああ、ここに二本の剣がある。お前には好きな方を選ばせてやろう。その剣を持って戦い、相手の背中を地面につけるか降参させたら勝ちだ」
ザイラスが出したのは大剣のように刀身が長いものとそれよりは短い短刀。どちらの剣も使いこなしているザイラスにとって負けはない。そう確信していた。
「ルールは以上ですか?」
「? そうだが?」
「ではこれにお名前をお願いします」
「これは?」
ザイラスが決めたルールを何かに書いている明花を不思議に思っていたザイラス。差し出されたものを見てさらに不思議に思う。そこにはルールと勝者が求めるものが書いてあり、ザイラスは読めなかったが明花のサインも記されている。
「契約書?」
「そうです。このルールにのっとって戦い、勝者は望みの物を得る。その効力に逆らうことは私でも許されてはいません」
「フフフ……いいだろう!」
相変わらずちょっとアレなシーンを想像しているザイラスであったが効力に逆らえないという点でお楽しみタイムになると思いワクワクしていた。明花はそれを見ながらもザイラスの差し出した剣を一つ取る。
「私はこれにします」
「いいのか? 短いほうの剣で」
「私では大きい方は扱えないのでこちらで十分です」
そういって戻る明花。片手で大剣を持ったザイラスが構える。一方の明花も軽くザイラスに向けて両手で剣を構える。
「俺はここから動かない。先に仕掛けてくるといい」
「いいんですか?」
「ああ、構わない」
この時、ザイラスはこんなことを考えていた。まず明花の方に攻撃させそれを自分が受け流す。疲れてきたところで渾身の一振りで剣を吹き飛ばす。剣を突き付け勝利して後は……というような勝利予定を立てていた。それがさらに自分の首を絞めるとは知らずに。
「では、行きます!」
その言葉とともに戦闘が始まる。軽くいなしてやろうと前を向くも明花の姿がない。どこに行ったと左右を見渡すも姿がない。その時だった。すでに首元に剣先が突き付けられていることに気付いたのは。
「! なんだと……!?」
「私の勝ちですね。降参してください」
「くっ……まだ負けたわけじゃない!」
素早く剣を明花に向ける。姿を消したかと思うとすでにかなり離れた場所に下がっていた。
「そうですね。勝負は背中をつけるか降参するのかのどちらか。まだ負けではありませんね」
「ああ、まぐれが二度起きると思う……っ! この!」
残像かとも思うようなスピードでザイラスに打ちかかる明花。その猛攻にザイラスは最初こそ耐えてはいたが前後左右から間断なく攻めてくる明花に有効な手が打てなかった。何せスピートがケタ違いなのだ。それに加えて女性とは思えないぐらい一撃が重い。常に気を張り防御を繰り返した結果、自身がシミュレートした状況が自分に降りかかりつつあるのを感じた。
「負けるかぁ!」
ザイラスは渾身の一撃を放つ。短時間で動きを読みその予想も当たってはいたが明花のスピードには勝てない。剣を大きく突き出した瞬間を明花は見逃さなかった。
「うわっ!」
横合いから剣に斬りかかる明花。その攻撃で耐えてきたザイラスの右手は限界を迎え剣はその手を離れた。座り込むザイラスに明花が声をかける。
「降参してくれ。これ以上は殺すしかなくなる」
それは明花の口調からはするとやや低い声だった。
○
「良いじゃねぇか。大人になるいい機会だったと思うぜ?」
「黙れ化け猫。お前もあのバカ王子と大差ないんじゃねぇのか?」
降参したザイラスに仕事をさせたあとしばらくしてザイラスは去って行った。来た時のような軽口をたたかず顔は真剣そのものであったのは明花にとって意外であった。その後見た目猫の世界の管理人が戻ってきた。その時のことを話す明花だが口調がまるで違う。
「悪いがその顔と声で言われても俺にはご褒美にしかならねぇこと忘れたか?」
「これはだいたいてめぇのせいだろうが! なんで男の俺が女の姿で司書やってんだよ!」
天ヶ崎明花、本名を安間昌弘。その正体はれっきとした男性であった。




