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短編集  作者: 夜月 やみ
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白雪の幻

ゆぇさんから『雪』のお題でショートストーリー。




 ───あれは、まるで幻のようだった。



 視界には白。ただただひたすらに白。無数の大粒が落ちて、頬に触れると溶けてゆく。その度に手足から身体の内へと体温が下がるのを感じる。

 動かなければならない。それなのに身体は全く言う事を聞いてくれない。止めようがなく冷えていくだけ。

 どうしてわざわざここへ来たのだったけと思い返す。危険をおかしてまで、この誰も訪れぬ雪山に…。


 ───…あれ、どうしてだったか…何故だろう、何かをしなくてはと強く思うのだが、そうなった経緯が全く思い出せない…?


 あまりに凍えすぎたせいだろうか、鋭い頭痛が起き始めた。


 ───……ああ、このままでは心までも凍えてしまいそうだ───…。


 その時だ。ぼんやりとしてきたのかも解らぬぐらいに白い視界に、同じていて違う白が見えたのは。

 それは束ねられた繭糸のように白く、吹雪に激しく揺らめくもの。


「あれ? 結界を抜けて来たのって貴方ですか?」


 幻聴だろうか。幼さを含んだ綺麗な高声が聞こえた。


「おかしいな……どうして魔力の無い人が結界破壊を…?」


 次に白でないものがこちらを覗いた。

 滑らかそうな白陶器の中にふたつ浮かび上がるように煌めく、紫水晶のようなもの。更に下の方には薄い紅の柔らかな、微かに動く何か。


「おや?……これは魔術陣ですね、しかも黒魔術の方ですか」


 それは人の形をしていた。小さな子供の。

 だが、人ではない。何故なら頭の上にこれまた真っ白な獣耳があるからだ。しかもピクピクと動いている。


 ───幻、だろうか。

 とうとう死神が迎えに来たのだろうか…やけに可愛らしいけれど。


「あっ、まだ気を失っちゃダメですよ~あの世に行っちゃいますよ~!」


 心配そうにこちらを覗きこんだ顔は激しい吹雪の中においても際立って美しく見えて、思わず息を漏らす。


「大方…貴方は使われたんでしょうね、この結界破壊のために」


 ───結界?

 ……そうだ、この…雪山には結界があって、それで余計に人が寄りつけないのだ。

 何故結界があるのか……この山には……確か───…?


「やれやれ、諦めの悪い方々ですよね。ごめんね、巻き込んじゃって…」


 すまなさそうにそう言いながらも、小さな手を伸ばしてきた。この寒い中なのに手袋をはめていない。よくよく見れば、格好も明らかに防寒具ではなく、肌が露出していて白い獣の皮があちこちに貼り付けられているだけ。


「しかし困ったなぁ、うちは寒いし……そうだ!」


 いいことを思いついたと眩い笑顔を見せたかと思うと視界から消えて、しばらくして身体が揺れて上に持ち上げられた。


「あの魔女さんに頼もう!いつも頼ってばかりで申し訳ないけれど、これは命に関わることだし!」


 何があったのだろうと冷えた首を何とか下へ動かして見れば、大きな獣がいた。


「掴まれますか?無理そうですか?なるべく落とさないように走りますね!」


 雪に紛れるように真っ白で立派な獣だ。狐とも狼とも言えない───猫に近いように見えるが、大きさが違う───とにかく人ひとりを背中に埋もれさせる位に大きくて、長めの毛が柔らかい。あと意外にとても暖かかい。


「何があったのか、ハッキリとはわかりませんけれど……もう安心ですよ!とっても暖かいところに連れて行ってあげます!」


 ───ああ、でも、君も心地よいほどに暖かくて、凍えてしまった何かもが溶けてゆくのを感じる。


 ───これでは…眠くなってしまう───…。


「あっ、寝ちゃだめって…!ちょ、ちょっと!」


 ゆらゆらと揺れて、それすらも心地よくて───意識が反転した。







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