第一話
「…………ごめんなさい、お待たせしました。
さあどうぞ、掛けて」
エリカに勧められるままにゆきの座っていたソファーに腰を下ろした。
エリカはテーブル横の一人がけソファーに腰掛けた
「さあ、まず、この機関についてだけど。
山本くんはどこまで知っているのかしら?」
「自分は…なにも…」
膝の上で拳を固く握り締める。
(知ってるも何も…
昨日元いた捜査一課から書類一枚で追い出されて、挙句の果てに警察手帳まで没収されたんだからわかるわけがない…)
猛勉強をして、念願叶って捜査一課に配属されて数年。
仕事にやりがいと責任感を感じ、より一層精進しなければと思っていた矢先の出来事だった
山本はわけのわからない状況に顔をしかめる
「そうよね、私があなたを引っ張ったせいでこんなことになってしまって、本当に申し訳ないと思っているわ」
(引っ張った?エリカさんが?)
疑問を持ちながらもあえて口には出さず説明の続きを促す
「ここはね、特別殺人課。通称特殺って呼ばれているところよ」
「とく…さつ…?」
別な殺人事件ばかりを追っているのだろうか…?
…いや、それなら、警察手帳を取り上げる必要性は…
聞いたことのない単語に戸惑いつつ話の続きを待つ
「でも特殺っていうよりわかりやすいのはこっちかな。
【秘密警察】」
「…えっ…?」
「戸惑うのも無理はないわね。
ここは警察でも手に負えない凶悪な殺人鬼や逮捕でなく国に危険を及ぼすテロリストなんかをを殺害して葬る機関なのよ。」
「テ、テロリススト…?殺害…?」
山本の顔に驚愕の文字が浮かぶ
エリカはその表情はもう慣れている、といった様子で説明を続けた
「仕事依頼は基本的に警察。たまに政府ね。この機関のことを知っているのは警察上層部と内閣府だけ。
そしてこの機関は私とゆきだけで構成されているわ」
「そんな小説みたいな話…」
「それがあるのよ。
私が仕事を受けてゆきが実行する。
そして山本くん、あなたがこれから現場でゆきをサポートするの」
「俺が…現場で…?」
(じゃあ俺も誰かを手に掛ける?
そんなことが日本であっていいのか?)
「これは殺人であって殺人じゃない。
合法とは言わないけれど罪には問われないわ」
「でも人を殺すなんて…」
「あなたはやらなくていいわ」
「えっ?」
「全部ゆきがやってくれるわ。
ただあなたはゆきが遊んでいる間のフォロー、そして身の回りのお世話」
「遊び……」
山本は背筋が冷たくなる思いだった。
目の前の女性は人殺しをあの少女の遊びだと言い放ったのだから
(俺の感覚がおかしいのか?
いや、そんなことはない、俺は正常だ!)
「あ、えと……身の回りの世話って…」
山本は必死に精神を保とうと質問の趣旨を変えた
「…あの子はね実年齢は18才なの、
でも見てわかる通り精神年齢は異常な程幼い。
だから食事や生活全般をあなたに任せたいのよ」
「どうしてそんなことに…」
山本はゆきが18歳ということにありえない、と絶句した
たしかに身長は小さいがそういうことではない。
話し方や言葉の使い方が幼児と話しているとしか思えないのだ
「理由をお聞きしても…?」
「ごめんなさい、まだ言えないわ。」
エリカはキッパリと断った。
「…もし、もし俺が警察をやめてでもここを去ると言ったら?」
「そんなの許されないわ。
でも、そうね…それでも辞めるというなら…
ゆきのお人形になってもらうしかないわね」
ふふっと笑いながら山本と視線を交わす
その笑顔に山本の表情は引きつった
(お人形になるということが未だによくわからないが
良いことではないのは確かだ…
俺にはもう選択肢はないということか。
…それに、ゆきちゃんのことも気になる)
目を瞑った山本におや、とエリカは思う
(この数分でもう自分の立場を理解したのかしら?
だとすれば中々順応力があるわね…
推薦者リストから彼を選んだのは正解だったようね)
ゆっくりと目を開けた山本
今のエリカの説明で彼の中の正義感魂に火をつけたのか、
なにか決心した様子だった
「…わかりました、俺に何ができるかわかりませんが、ゆきちゃんを全力でサポートしたいと思います」
「そう、決心してくれて嬉しいわ。
詳しい説明は徐々にしていくけど今質問はある?」
「ゆきちゃんはどこに住んでいるんですか?
なるべく近くに住んだほうがいいと思うのですが…」
「あら、仕事熱心ね。
ゆきはここに住んでいるわ、
警視庁の地下に作られたこの空間は私とゆきの家でもあるの。」
「え?ここに住んでいるんですか?」
「ええ、あなたの分の部屋もあるけどどうする?」
「…俺もここに住みます」
(もうどうにでもなれ。)
これからの生活が360度変わることになるなど、
この時の山本はまだ知らないのであった……