プロローグ
-コツ、コツ…
「ヒッ、ヒィィイイイィイ!!!!!
来るなっ来るなっ来るなぁあ!!」
「ひひっ
おじちゃんはどんな声で泣くのかなぁ?
おじちゃんはどんな顔で逝くのかなぁ?」
ニタリと怪しげな笑みを貼りつけながら泣き喚き逃げ惑う中年男性を追う1人の少女
-ガスっ
振り下ろされる刃に
なんの抵抗もなく深々と肉に突き刺さる
「い、い、ぎゃぁあぁああ!!」
夜の闇に響く無残な叫び
「怖がらなくてもだいじょうぶ。
ゆきがちゃんとぜーんぶバラバラにしてあげるから…
おじちゃんもゆきのお人形さんになってねぇ?」
-ピーーーー、ガガッ
『ゆき、お遊びはそこまで。
おうちに帰って来なさい」
「エリカ、でも、まだ、
お人形さんの腕しかできてない …」
『そんな安いお人形さんじゃなくて
もっといいものあげるから帰ってきて頂戴』
「もっといいもの…?
うんっ!ゆき帰る!」
耳につけた通信機から聞こえる女性の声に
両腕を切り落とされた男は僅かな意識で奇跡を思った
(ああ、助かった)
と。
しかし、
「おじちゃんともっと遊びたかったけど、エリカに怒られちゃうからまたね」
深くフードを被った少女はフードの下で屈託なく笑った。…ような気がした。
そして
-シュバッ
「さよなら、おじちゃん 」
彼の首はボールのように暗がりに転がって消えた
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「エーーリカ!」
「おかえり、ゆき」
「えへへ~~」
少女は黒いマントを翻しながらエリカと呼ばれるスレンダーな女性に抱きつく
その弾みで少女のフードが外れた
150センチにも満たない少女は
ウェーブがかかった金色の髪と深い緑色の目を持つ人形のような美しい少女だった
「殺害対象であまり遊ばないの
現場に長くいすぎると人目を引くかもしれないのよ?」
「はーい、ごめんなさい…」
しゅんと項垂れる少女
その姿は先程の男を笑いながら死に追い詰めた人物とは到底考えられなかった
「ところでエリカ!
お人形さんより良いものってなーに?」
現代的で真っ白な部屋の中に置かれた大きなソファーにゆきはごろんと寝転がった
クッションに顔をうずめて大きな瞳でエリカを見上げる
「ああ、そうそう。
あなたの新しいパートナーを紹介するわね」
「パートナー!?
お人形さんにしていい!?」
「だめよー、お人形さんにしちゃったら
ゆきのご飯は誰が作るの?」
「エリカ!」
「残念。私は作りません。
だからパートナーは殺したり痛めつけたりしちゃいけまけん」
「むぅ…」
ぶすっ、と唇を尖らせて膨れながら少女は目をそらした。
やれやれと首を振ったエリカは扉の向こう側の人物に声をかける
「まあまあ…
さ、山本くん入ってきて」
「失礼します!」
(やまもと…?)
威勢のいい若い声
少しだけ興味の惹かれたソレに少女はまた少しだけ顔を上げた
「本日よりこちらでお世話になります、山本隆です。
よろしくお願いします。」
スーツ姿で日本人にしては高身長な山本は深々と頭を下げた
「山本くん顔を上げて?
紹介するわ、この子があなたのパートナーのゆき。
ゆき、彼があなたの新しいパートナーよ」
(パートナーって…まだ子供じゃないか)
山本は訝しげに眉をひそめながらソファーに寝転がるゆきに近づいた
「えっと、ゆき…ちゃん、
山本です、これからよろしく」
距離感がつかめず苦笑いで握手を求めて手を差し出した
暫し無言で山本を伺っていたゆき
しかしその表情は歪に歪んでゆく
「ヒヒッ、お人形さんよろしく」
ニィ、とゆきの唇が持ち上がる。その瞬間、
-バッ!ガチャ!
恐ろしいものを見たという表情で、すかさず距離をとった山本がゆきに銃を構えていた
「あら、反応はなかなか良いわね」
「は、反応って…今、確かに……」
殺気を感じた。
エリカにそう言おうとしてハッと気づく
ゆきという少女からはもう何も感じられない
それどころか自分を見てさえいなかった
(打つはずないと思っている?
それとも打たれても回避できる自信がある?)
山本にはゆきの実力を今この場で測るすべはない
しかし本能が、この少女は危険だと告げていた
「…取り乱して申し訳ありませんでした。
罰ならなんなりと。」
「罰っ!?」
山本の言葉にバッ!とソファーから起き上がり、キラキラした目でエリカを見つめるゆき
「ゆき、だからお人形さんはなしよ。
痛いこともだめ。」
「えー、でも、罰って」
「私はオーケーしてないわよ。
よって山本くんに罰はなし。これから少し説明するから山本くんはここで待ってて頂戴。
ゆきはおやつにしましょう、一緒にダイニングに来て?」
「わぁい!おやつ!おやつ!」
ぴょんっとソファーから飛び降りて
エリカの後をタタタッとついていった
残された空間、山本はこのカオスな状況に頭がグルグルしていた
(スレンダー眼鏡っ子美女とロリ系危険人物と俺はこれから仕事するのか!?
どうなるんだよこれから!!!!)
山本の不思議な生活はこうして幕を開けたのだった