六
「人形師」は長い時間をかけて竜を人形として蘇らせました。作業場は「茶好き」の邸宅でしたから、毎日のように彼女の面倒も人形を使って見ていました。とうとう死んでしまってからは無心になって竜に手を加えていました。
まだ生きているような素晴らしい出来栄えに、グレイシーに見せてあげたくなりました。きっと竜がいなくなって寂しい思いをしているにありませんから、きっと喜ぶでしょう。
「人形師」は人形のこととなると時間を忘れてしまうので、竜の人形を連れて森へ繰り出した時にはすっかり夜。屋敷に着く直前に、城から帰ってきた騎士と出くわしてしまいました。「人形師」は騎士のことを忘れていましたし、月も見えない夜の森ですから顔がよく見えませんでした。
突然、竜の頭が勝手に暴れ出し、騎士に噛みつきました。肉を食いちぎり、空高く放り投げました。
「人形師」は大慌てで竜の人形を引っ張って逃げました。彼女は負い目から二度とグレイシーに会いに行こうとはしませんでした。亡き「茶好き」の邸宅にも現れることもなく、全ての人形を連れてどこかへと消えてしまったのです。
動物たちに呼ばれ、グレイシーは騎士の元へ駆けつけました。一体誰がこんな目に遭わせたのか、皆に怒鳴りました。動物たちは首を横に振りました。
妖精たちは言いました。
「竜が殺した。竜が殺した。グレイシーの一番の友だちの、うるさい竜が殺したわ」
「あなたのせいよ。あなたのせいよ。美しい姿が台無しよ。さあ、どうするおつもりよ!」
グレイシーは声が枯れるまで泣き叫びました。
グレイシーから、顔は醜くも水面で反射された天空のように輝く髪をした娘が産まれました。娘の髪からも魅惑の香りがしました。グレイシーは香りを消そうとしましたが、これも強力なもので、同じく薬で弱めるしかありませんでした。
男を惑わせないよう、娘を屋敷から頑なに出そうとしませんでした。娘も母親の言いつけを守っていましたが、年頃になって、妖精にそそのかされて森の外へ出かけてしまいました。町で気に入った男を連れて戻ってきたものですから、グレイシーは男を突っぱねてやりました。
初めて親子げんかをしました。娘は魔法の仕業でもいいから愛されたいと怒鳴りました。
「魔法がなければお母様はずっと一人で、私が生まれることはありませんでした。魔法のおかげで私は愛を知りました。男を知りました。私は町でいろんな家族を見ました。私も家族を作り、幸せになりたいと思っています。私は子供を作り、その子供も、そのまた子供も家族を作るでしょう。そうしていつしか醜さは消え、魔法に頼らず真実の愛を手に入れる時が来るでしょう」
返す言葉がありませんでした。グレイシーは突っぱねた男の様子を自分の目で確かめました。その男は人当たりがよく、言葉遣いは丁寧で、笑顔が素敵でした。
一晩考えて、グレイシーは娘に屋敷を譲ることにしました。以前から女王となった姫から城の庭師の教育係として迎えたいと申請されていましたから、彼女はそれを承諾することにしました。
彼女は城で生活し始めました。庭師だけでなく王子の教育係でもありました。植物学者に懇願されて、教壇に立つ側として講義に参加したり、絶滅した植物の研究をしたりしました。やがて彼女は偉大な魔法使いの一人として名を刻み、式典に素顔のままで出るようになりました。
とても充実した人生を送っていると、グレイシーは気が付きました。人生を花でたとえるなら、とうに満開しているのでしょう。子供も産んで、娘が種だとすれば遠くに飛んでいきました。花びらは散りつつあるのでしょう。茎はしおれつつあるのでしょう。
いいえ、花でたとえるなんて馬鹿げていました。頭のいいグレイシーは薄々、自分の体が魔法にかけられた膿の塊であること、魔法をかけたのが黄色い魔法使いであることに気が付いていました。髪どころか、自分そのものが魔法にかけられた怪物だったのです。この人生は魔法で培われたものだったのです。
禁じられた魔法を使っていた黄色い魔法使いです。自分を作ったのも、一つの気まぐれだったのでしょう。実験だったのでしょう。呪いを解くよう願った時も、彼は本気で膿の塊に戻すつもりだったのでしょう。何とも思っていなかったのでしょう。
涙は出ませんでした。騎士の死の時に流し切ってしまいました。枯れつつあるのでしょう。初めから怪物だと分かっていたなら、怪物らしく冷酷に割り切っていられたのでしょうか。
グレイシーは城の庭師に全ての技術を教えました。植物学者には研究をまとめた本を全て譲りました。王子が十五歳になると、女王から暇をもらいました。
もう一度だけ屋敷に戻ってみようと思いました。すると、黒い森はなくなっていて、青々とした草原が広がっていました。白い花が咲き誇っていました。小川のせせらぎか聞こえました。子供たちが無邪気に走り回っていました。自慢だった庭は娘の手で解放されていたのです。自慢だった庭はとても小さかったのだと、グレイシーは気が付きました。
黒い切り株が一つ残っていました。グレイシーは腰かけ、溜め息をつきました。
やることがなくなってしまいました。では、まだ訪れたことのない国に旅に出てみるというのはどうでしょう。道中で廃屋を見つけたなら、改装して、一から庭を作るのもいいかもしれません。しかし時間は限られています。ですから思い描くだけにしておきました。
日は暮れ、夜になりました。そして朝日が見え始めた時、美しい赤い女性が目の前に現れたのです。
「肉体に限界が近づいています。じきに魔法が解けて死ぬでしょう。私が美しい国へ連れて行きましょう。その国は清らかな魂が輝くことで美しいのです。あなたに土地を与えますから、そこに素敵な庭を築くと良いでしょう。新たな人生が巡ってくる時まで」
グレイシーが日の光で溶けていくのを見た者は誰もいませんでした。残されたのは、切り株に生えたみずみずしい緑の芽です。やがて誰も見たことのない花が咲き、見つけた植物学者が大切に保管しました。知識を互いに披露していた時の、生き生きとしたグレイシーのことを思い出しながら。
〈了〉




