二
魔法で美しい姿に化けることもできました。しかし、それでは元の姿を知る者からの視線や陰口が気になり、なにより偽りの自分が許せません。式典に参加するなど余程のことでしか変身して表舞台に立つことはありませんでした。
一人前の魔法使いと呼ばれるようになってからは、式典にすらも出なくなり、母親の生家である屋敷で一人暮らしを始めました。しばらくは地下室で呪いを解くための実験を繰り返していましたが、すんなりと諦めてしまいました。美しい姿を取り戻したとしても、それを見せる相手がいないからです。彼女は一人で生きることに慣れ切っていたのです。
グレイシーは素敵な庭を作り始めました。目に映るものだけでも美しくしようと思ったのです。菜園もお手の物です。
彼女の友だちは動物や妖精たちです。妖精たちは、初めこそ彼女を嫌っていましたが、彼女の草花への純粋な愛に打ち解けました。子供の竜とは猟師によって負った怪我を治してあげてからは、山の頂上で昼食を取る仲まで深まりました。子供の竜は気まぐれに宝石の原石を拾ってきたので、二度と人間に傷つけられないよう首飾りのお守りにして返しました。
金が必要になれば動物を人間に変身させました。ウサギが野菜を売り、リスが花を売り、サルが楽器を演奏し、小鳥が歌を歌いました。みんなグレイシーのことが大好きでした。
花と歌い、木と語り、草と眠る。世間体から離れた彼女の暮らしは自然に囲まれて穏やかでした。
それからとても嬉しかったのは、魔法使いの仲間ができたことでした。一人はとにかくお茶が大好きで、いつもお茶会を開き、周りからは「茶好き」と呼ばれていました。焼き菓子もたくさん食べて太っていたので、彼女を嫌う魔法使いは一口サイズのチョコレートを餌だと言って投げつけて笑いました。「茶好き」は喜んで食べました。
「茶好き」は始め、グレイシーの庭で取れるハーブはどんなものか確かめたくて近づきました。グレイシーは嫌な顔一つせず分けてあげました。「茶好き」は家に戻ってさっそくハーブティーにして一口飲み、たまげました。
「こんなに香り高いハーブティーは生まれて初めて!」
「茶好き」は感動のあまり涙を浮かべ、自分がお茶好きであったことを感謝しました。彼女はグレイシーの屋敷で一緒にクッキーを焼き、庭で二人きりのお茶会を開きました。
「あなたって酷い顔をしているけれど、立派な園を育てているその腕はとても魅力的だわ。丹精込めているってことが舌によく伝わる。この庭で飲むハーブティーは格別。お茶会は視覚でも楽しむべきなのよ」
もう一人はとにかく人形が大好きで、いつも人形のための服を仕立てて、周りからは「人形師」と呼ばれていました。口下手で人形を介してでしか流暢にしゃべれず、彼女を嫌う魔法使いは人形の方に向かって、「あなたは大変ね、こんな木偶の坊を従えて」と彼女の悪口を言いました。
「人形師」は「茶好き」のお茶会によく出席していました。それは「茶好き」が自主的に人形の分のお茶と菓子を用意してくれるからです。「人形師」はグレイシーの屋敷でも席を共にしました。グレイシーは嫌味を言わず、人形に対しても一人の人物として敬意を払い、花飾りを作ってあげるなど親切だったので「人形師」は次第に心を開きました。
「あなたの声はとても美しくできているわ。人形の声にしたいほど。あなたの顔が醜いのは、きっと失われた外見の美しさがこの庭に宝石のように散りばめられているからなのよ。この美しい庭があなた顔なのだわ」
「茶好き」はグレイシーに茶の入れ方や、ジャムや焼き菓子の作り方を教え、「人形師」は服を仕立ててあげました。三人はたくさんおしゃべりしました。恋の話はもちろんのこと。「人形師」は人形のように整った顔が好みだと言い、「茶好き」はいつまでも若い姿を保っている黄色い魔法使いに憧れていると言いました。グレイシーはまだ恋をしたことがありませんでした。
グレイシーは他者との触れ合いに嫌気がさしていましたが、二人は特別でした。彼女はますます庭の手入れに力を入れました。いつでも二人が尋ねてきてもいいように。
彼女が作った花園に、彼女の醜さと技量を嫌う魔法使いたちは冷やかしました。怪人の花園は嫌われ者が集まる……。本人のいない場であったのは、どこかで彼女の逆鱗に触れるのを恐れていたからです。グレイシーはいつしか花屋敷の怪人と呼ばれ、嘲りから恐れへと変化していました。
楽園に対する批評とグレイシーの異名を、黄色い魔法使いへおつかいしに行ったネコが聞いてしまいました。ネコはグレイシーには言うまいと決め込みましたが、他の動物にはしゃべってもいいだろうと、秘密を共有しました。それをおしゃべりなインコが妖精にうっかり口を滑らしました。妖精はもっとおしゃべりです。すぐにグレイシーにあることないこと全て報告しました。
グレイシーはかつてない怒りに震えました。自分の姿ならまだしも、こんなに美しいはずの庭に文句をつけるなんて。庭を蔑むことはお門違いです。
「わたしが作ったと知らなければ、たんと褒めるのでしょうね! 哀れですこと!」
彼女は庭を黒い森で隠してしまいました。美しいものを素直に美しいと言えない者に見せる価値はないのです。
木は信頼できる数少ない人物以外は侵入者を許しません。気まぐれに移動して道を惑わせ、根で転ばせ、茨のとげが手を刺します。上空から降りようとすれば、たくましく成長した竜が飛んできます。竜はけして攻撃はせず、魔法使いたちが驚いて森のどこかに落ちていくのを見守るだけです。グレイシーから危害を加えるなと言われていたからです。
怒った魔法使いたちは竜を攻撃しようとしました。大人になった竜は大きさに反して素早く、鋼鉄より硬い皮膚は刀剣を折り、あらゆる魔法を弾き返し、翼は大風を起こし相手を吹き飛ばしました。魔法使いたちは諦めました。黄色い魔法使いが大笑いしたのです。
「醜いなあ。竜を手なずけられないなんて。これじゃあグレイシーよりも劣っているさまを互いに見せ合いっこしているものじゃないか」
黒い森に住む竜は、噂が噂を呼んで人々にとって脅威となりました。花屋敷の怪人が飼っている竜は人食い竜!
領主は頭を抱えました。花屋敷がある場所も、森ができた場所も、自分の土地でした。十分な額の税金はグレイシーがよこした使いからもらっています。しかし、空が広々と気持ちのいい景観が自慢だった土地に、凶暴な竜が現れる不気味な森ができてしまっては、他の住民が出ていってしまう恐れがあります。損失だけ彼女に税を要求しようにも、相手は怪人です。恐ろしい魔法をかけられてしまうかもしれません。
領主は莫大な報奨金を用意して、花屋敷の怪人を退治してくれる勇者を募集することにしました。竜は怪人の愛玩です。彼女さえいなくなれば竜もどこかへ消えるでしょう。
ところが、何人もの勇者が屋敷までたどり着けないまま死に、生還した者は毒気に侵されたかのようになっていました。中には森を焼き払おうとした者もいましたが、森は炎をまとうだけで焼けることはなく、動物たちが避難した楽園まで火を寄せつけませんでした。領主はほとほと頭を抱えました。
領主は杞憂で終わりました。恐ろしい森がずっと近くにあるにもかかわらず、何年経っても住民は誰一人出ていくことはなかったのです。理由があるとするならば、森から風に運ばれてくる香りでしょうか。花の香り。果実の香り。ジャムの香り。日によって変わる甘酸っぱい香りは人々を癒し、森に対する意識を悪い方から遠ざけていきました。
税金も滞りなく受け取っていたので、領主も勇者の募集をやめました。しかし、勇者の訪れを人が待ち望んでいるという噂は、管理の行き届かない遠方まで広まっていたのです。




