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〈花屋敷の怪人〉


 黒い森は昼間でも夜のように暗く、日の光を遮っていました。老婆の腕のような樹木の枝は風で、ぎしり、ぎしり、と手招くように軋ませ、石のように硬い茨は行く手を阻み、コウモリの群れは身を寄せ合って目をぎらつかせています。太陽は見えず、植物は不規則に伸び、どこまでも景色は変わりません。方位磁石は機能せず、時間がどれだけ経ったのかも分からなくなり、迷ったという事実が寒さと共に身にしみるのです。

 この森は自然にできたのではありません。広大な森の中心にある花畑に構えた屋敷の主の仕業です。花畑の上にのみ青空があり、日は注がれました。季節によって彩りを変え、妖精たちが踊り、竜が銀色にきらめく泉で喉を潤し、無防備に日向ぼっこをする楽園。それができる前から屋敷は建っていました。妖精や竜が憩う花畑は、主が時間をかけてを作り上げたものなのです。

 それらを守るために黒い森を作った? いいえ。屋敷の主、グレイシー自身の自尊心を保つためです。彼女は植物を育てるのが得意で、庭を手入れするのが好きで、自慢です。それすらも否定されないために森を作り閉じこもったのです。

 彼女は魔法使いです。とても勤勉で、万種の植物の知識を持ち、その延長で薬学にも長けていました。毒のことも熟知していました。それには深い訳がありました。彼女はとても醜い姿をしていたのです。


 グレイシーの母親は恋多き乙女でした。一度相手を決めたならばぞっこんで、周りが見えなくなり、結婚となればたちまち冷めてしまう難がありました。子供には興味がなく、避妊薬を服用し続け、妊娠が発覚すれば違う薬を服用して堕胎しました。この迷いのなさ。いいえ、それ以前の問題から、友人は次々と疎遠となっていました。彼女は恋に生きていましたから、そんなことなど気にも留めていませんでしたし、むしろ忠告する者が消えたおかげでより激しく、二股、三股なんて当たり前でした。

 後先顧みない性生活。薬漬けになった体に異変が起きたのは当然です。いつしか彼女の下腹部には大きなこぶができていました。愛人のつてで費用をまかなって切り取っても、すぐ元の大きさに戻るという、とても厄介なこぶでした。毎晩、痛みと熱に苦しみました。

 ある晩に、意識がもうろうとする中、のたうちまわるベッドの側に、赤い装いの美しい女性が現れました。

 女性は今にも唇を噛みちぎりそうな赤い形相で言いました。

「お前は我が身の快楽のために子を宿し、殺した。その命はまた長い年月をかけて新しい肉体を待たなければならない。そのこぶは、死んだ赤子が吐き捨てた膿。やがて皮膚を突き破り、お前の命と共に流れ落ちるだろう」

 女性が消えると、入れ替わりのように青い装いの美しい男性が現れました。

 男性は今にも息を凍らせそうな青い形相で言いました。

「残念だ。しかし、このままお前を死なせてしまうのも酷だろう。こぶの中の膿は子宮に移動させよう。そして肉体を作り、命を宿そう。生まれた子供はお前と違って醜い娘として生まれてくるだろう。その代わりお前と違って節操を貫き、一人の男としか肉交を許さないだろう。名前は、グレイシーにしよう」

 彼女は十ヶ月後に出産し、産婆の悲鳴を聞きながら、命を吸い尽くされたかのように息を引き取りました。産婆は神父を呼び寄せました。神父はグレイシーを悪魔の子と見なし、殺そうとしましたが、そこへ黄色い装いの魔法使いが現れました。

 黄色い魔法使いは日差しのように暖かな笑みを浮かべて言いました。

「神父様。それではあなたの身に災いが降りかかりましょう。この私にお任せください。悪魔ではなく、一人前の善き魔法使いにしてごらんにいれましょう」

 グレイシーは黄色い魔法使いに引き取られました。


 そんなことなどグレイシーはつゆも知りません。彼女は黄色い魔法使いから、自分は毒の呪いのせいで醜いのだと聞かされていました。

 彼女は卑屈に育ちましたが、他の魔法使いから醜悪と貶され、笑われることを嫌ったので、本来の姿を取り戻そうと勉強しました。亡き母は何人もの男に愛された美人さんだと黄色い魔法使いから聞かされていましたから、自分も花のように可愛らしいと信じていました。しかし、何年経っても無駄な知識が増えるばかり。一向に醜さを取り除く方法は見つかりませんでした。

 彼女はとことん馬鹿にされました。黄色い魔法使いは同業者の中でも一二を争う有名人でしたし、弟子を取る気はないとされていました。それが赤子の内からグレイシーを博識の魔法使いとして育てたのですから、周囲は妬んだのです。中には、偉大な彼すら治すことができない醜い顔と悪意を持って評する者もいました。グレイシーは一度も黄色い魔法使いに呪いを何とかするようお願いしたことがありませんでした。本当に何とかしてくれるなら、赤子の内にしていた筈なのですから。

 周囲が言うように、彼は治すことができないのでしょうか? 彼女は絶えず微笑んでいる彼に、機嫌を損なわせない程度に尋ねました。

「おや、治してほしいのかい?」

 微笑みは尽きませんでしたが、驚いているようにも見えました。この反応にはグレイシーの方が驚きました。なぜ治せることを隠していたのでしょう?

「君が強く願うなら、それに応えよう」

 黄色い魔法使いはためらいなく杖を振りかざしました。グレイシーはとても嫌な予感がしました。慌てて杖が放つ光を避けました。どうして逃げるのかと、黄色い魔法使いは笑いました。

 グレイシーは自力で呪いを解くと心に決めました。せっかく勉強してきたのです。人の力であっさり呪いが消えれば、これまでの努力や嫌な思いが無意味になると思ったのです。

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