02:『金と銀のパイルバンカー』
目がチカチカする。
覚醒と共に光が飛び込んで来た。
(眩しい。)
そう思うと言う事は生きているのだろう。
(となると、病院かな?)
上半身を起こして光の方に目を向けるとそこには変な女が居た。
「貴方が落としたのは、この金のパイルバンカーですか?それともこの銀のパイルバンカーですか?」
右手に金のパイルバンカー、左手に銀のパイルバンカーを持った美女が池の上に浮いている。
後光を背負って。
「シュールだ。」
「貴方が落としたのは、この金のパイルバンカーですか?それともこの銀のパイルバンカーですか?」
同じ事を聞いてくる美女。
物語通りなら泉の女神か何かだろう。ここはお話通りに答えておくか。
「いえ、僕が落としたのはどちらでもありません。」
「どちらも貴方の物ではないのですか?」
「はい。僕が落としたのは鉄とアルミと塩ビパイプでできたパイルバンカー(仮)です。」
「何と正直な若者でしょう。それではこの金と銀の・・「いりません。」」
「えっ?」
「金も銀もいらないので僕のパイルバンカー(仮)を返して下さい。」
「はぁ。」
「望めるならパイルバンカーでも構いませんが。」
「でしたらこの金と銀の・・「結構です。」」
「何故か聞いても良いですか?」
女神が困った顔をして聞いてくる。
「はい。金でも銀でも強度が不十分だからです。そもそも全部同一金属だと動力はどうなっているのでしょう?動かないパイルバンカーはパイルバンカーに非ずです。」
そう。これが中二の秋に目覚めた僕の価値観である。
「動けば良いのですか?でも先程のあれは壊れていますよ?」
「そうですか・・。でしたら何もいただかなくて結構です。とりあえず家か病院にでも戻してもらえますか?」
池に落ちてしまったのだから動力部は駄目だろうし、他の部分も壊れているのだろう。
またバイトで稼ぐ事を考えたら金のパイルバンカーをもらって売る事も考えたけれど、そもそも大量の金を何処で手に入れたんだと言う話しになる。
死ぬであろう運命をねじ曲げてくれた事だけを感謝して戻っても充分。
まさしく命には代えられないということだ。
「それはできません。」
「やっぱり僕は死んだのですか?」
ここは死後の世界と言うやつだろうか?
それなら益々金銀を貰ってもしょうがない。
「いえ、死ぬ直前にここへ連れて来て治療したので死んではいません。」
「それはありがとうございます。」
神様の力と言うやつは凄いな。
「そして残念ながら、ここに連れて来た人間を元の世界に戻す事はできないのです。」
「そうなのですか・・。」
今頃家では僕が失踪したとでもなっているのだろうか?
「失踪とはなっていません。貴方は元から居なかった事になっていますから。」
「存在が無かったということになるのですか?」
「そうですね。正確には存在が変化するということです。わかりやすく言うと、貴方の代わりに女の子が生まれています。その子はすくすくと成長し、今は大学一年生。夏休みを利用して免許証を取りに行っていますよ。」
自分の存在が無かった事になるのは釈然としないけれど、家族を悲しませるという事が無くなっただけ良かったのかな?
「貴方は優しい人ですね。」
「僕の考えがわかるのですか?」
「ええ。私は嘘を見抜くと同時に思考の一部が流れて来ますから。」
さすが神様だ。
「それで、折角助けた命なのですから他の世界で生きて欲しいなと私は考えているのですが。」
「そうですね、御願いします。」
死ぬよりは生きていたい。
「今行けるのは・・・。三カ所ですね。」
何か空中を操作しながら女神が教えてくれる。
「一つ目は地獄界。ここは万年受け入れ体制を整えてくれています。」
灼熱とか針の山とかを鬼に追いかけ回されるのかな?
「まぁ貴方が考える地獄と変わりませんね。」
勘弁して欲しい。行っても直に死んじゃうと思う。
「極卒になるので死ぬ事は無いと思いますけど、まぁ止めておきましょうか。後の二つは所謂剣と魔法の世界ですね。違いは魔王の存在と星の造り、あとは人種とかは多少変わりますね。」
「魔王が居ない方で。」
「えっ?」
「えっ?」
何に驚かれたのだろう。魔王なんて恐い存在が居ない方を選ぶに決まっている。政情不安定なのは嫌だし、人類を滅ぼそうとする勢力なんて恐過ぎる。
「以前来られた方は、剣と魔法の世界と言えばチート能力で魔王退治、ハーレムうはうはだとか考えていましたよ。クールジャポンってそういう人達じゃないのですか?」
「違います。」
基本的に日本人は安定志向なので、平和で豊かな世界に行きたがると思うのだけど・・。
まぁそう言うのも居るよね・・。
「なのでその方は魔王が世界を統べている世界に送ってあげました。チート能力とやらは無理だったのですが、聖剣を差し上げたのですが、今は・・。東の魔王の配下らしいですね。」
普通の日本人が戦いにいきなり放り込まれても勝てないよね・・・。
そいつも命があっただけめっけものだ。
「それで、世界は決まりましたけどどうします?」
「どうとは?」
「これ。」
女神様が両手に持ったパールバンカーを持ち上げてみせる。
「向こうの世界で武器になりますか?」
「ならないでしょうね。売ったらお金にはなりますけど、運べますか?」
無理だな。どちらか一個でも無理だと思う。
「貴方にあげられるのはパイルバンカー系だけなのですけど。」
「そもそも何でパイルバンカーなのですか?」
あくまであれは試作一号機なのに。
「それは貴方の思いです。」
「思い?」
「はい。あれを貴方がパイルバンカー。若しくはそれに繋がると思っていたからこそこうしてここに居ます。そもそも思いのこもった物でなければ私は現れませんから。もっとも、現れる確率も低いのですけどね。」
あの試作一号機から、いつか完成品を作ってやると僕が思っていたからこそってことか。
「じゃあ御任せします。」
「私に?」
「御面倒をおかけしますけど、頼めますか?できるだけ生き抜くのに不自由無い物が良いですけど、身一つでも文句は言いませんから。」
そもそも向こうの世界の人は身一つで生きているはずだし、なんとかなるだろう。
街につければだけど・・・・。
「じゃあこっちに来て下さい。」
誘われるままに池の中に入る。
深いかと思ったけれど、女神様の足下まで辿り着いても膝くらいの深さしかない。
足、綺麗だ・・・。
「ありがとうございます。」
あ、思考が漏れていたらしい。
「ご、ごめんなさい。」
初対面の女性の足をガン見とか失礼にも程がある。
「いえいえ。いくらでも見て下さい。」
そういって右手を僕の頭に乗せる。
いつの間にか金銀のパイルバンカーは消えていた。
「わかりました。それでは飛びますよ。」
言葉が終わるかどうかのタイミングで意識が飛んだ。
「なかなか良い子でしたね。それに可愛かったし。」
一人になった泉で女神が笑う。
「思考も楽しかったわ。」
笑い声に反応して泉が揺れる。
「クールジャポンの認識を少し改めておこうかしらね。」
異世界に送った少年の事を少し考えて、次なる仕事にとりかかる。
彼女は水の女神。
正直者を救うだけが仕事ではないのだ。




