19:『パイルバンカー我が手を離れる。』
家を出て僕が向かったのはより宇宙へ近い方。
そこには二本の木が生えており、その間にはロッキングチェアが置いてある。
二本の木は玄斗とユミールさんが生やし、椅子はサイカが持って来てくれた。その椅子に座ると普通より広い肘掛けにコップが生まれた。さらにコップにはお酒が並々と注がれている。
なんでも竜族の宝の一つで、竜酒と呼ばれる酒が湧き出るらしい。
宝を持って来てしまって良いのだろうか?との疑問には「お家のベランダに起きっぱなしだったから大丈夫」とのことだ。
宝じゃ無いのか・・・・?
「来ーたーねー。」
「頑張ろう。」
「もーちーろーんー。」
こちらに戻った場合の喋り方は早くならないらしい。
体の大きさに関係しているのかな?
ゆったりとした喋り方となった玄斗と話しながら準備を進める。
一応お酒には手を出していない。こんな時に酔うとは思わないけど、万が一が起きても困るしね。
「玄斗ぉ!!逃げるのを諦めて向かって来るなんて諦めたかぁ?」
万州の姿が近づくに連れて相手の声が届き始めた。
「うーるーさーいー。」
「相変わらずニブチンだな。俺の力として有効活用してやるから大人しくしてな!」
万州の話し声は初めて聞いたけれど、イメージは柄の悪いチンピラだな。
さらに鋏をカチカチと鳴らし、体から生えた蛇も口を開けて威嚇して来る。
「後一時間もなさそうだ。」
「そーだーねー。」
僕に対して幾分小さな声で答える玄斗。それでも向こうには聞こえていると思うが・・・。
「なんだお前も神兵を作ったのか?」
「ちーがーうーよー。」
やっぱり聞こえているみたいだ。
「かーんーいーちーはしんぺーいじゃなーいよ」
「まぁどっちにしろその程度じゃ俺の神兵には勝てないけどな!」
まだ距離があるのに僕の事もわかるのか・・。
「向こうの神兵達のことわかる?」
「わーかーんなーい。」
万州の能力が高いのか玄斗の能力が低いのかはわからないけど、向こうの事がわかり次第教えてくれ。
近づくに連れて万州の大きさに圧倒される。
矢胤さんがいうところでは玄斗と万州の大きさは程同じ。元々玄斗の方が大きかったらしいけれど、世界が二つのと三つとの差だろうとのことだ。
それぞれ世界の大きさが違うのは矢胤さんと玄斗の違いを見て知ってはいたけれど、海の色まで違うとは・・。万州の背に見える世界の海は黒い。
「何か禍々しいな。」
万州の背が見えるのは玄斗の方が高さがあるから。
普通に攻撃する分には有利かもしれないけれど、攻撃手段の乏しい玄斗を固く攻撃手段の多いい万州が恐れる訳が無く、真っ正面から向かって来る。
「そろそろかな。」
いつの間にかユミールさんが隣に立っていた。
「玄斗は喋るのが遅いからね。それにこうして話した方が向こうには聞こえなくて良いでしょ?」
「そうですね。」
取り合えず玄斗の補佐は大丈夫らしい。
「来た。」
その声と同時に万州の体から生えた蛇がこちらに向かって来る。
ドンッ!!!!!
文字通り世界が揺れた。
玄斗の結界に蛇がぶつかり、その口から5人の人間が吐き出された。
「相変わらず固いだけか?それにしては思っていたよりも緩いけどな!」
万州の言葉を受けてか結界の内部に5人が侵入する。
もっともこれは作戦通り。あとは上手くばらけさせる事が出来れば良いけれど、ここからでは祈る事しか出来ない。
ガインッ!!
続けざまに万州の鋏が玄斗の前足を挟もうとする。
「ちっ。柔いのは上だけか。足は相変わらず触る事もできねぇ。」
「あーきーらーめーるー?」
「んな訳あるか!触る事は出来ずとも逃がさないでおけば俺の兵達がお前の力を弱めてくれる。玄斗こそ諦めたくなったら言いな!優しく喰ってやるからな!!ギャハハ!」
相手の世界に住む住人達を減らし、世界のバランスを崩す。そうすることで弱まった相手を喰らう。
矢胤さんやユミールさんの情報から得られた万州の行動と変わらない。
「駄目ね。」
「そうみたいですね。」
暫く二人の攻防を見ていたけれど完全に手詰まりの様だ。
玄斗の前足は固定され動かせず、唯一残った頭による攻撃は完全に防がれている。
「では、作戦通りに?」
「ええ。玄斗の了解もあるわ。」
「わかりました。」
今までの中で一番激しく動く玄斗に転ばされない様に座っていたけれど木に手を付いて立ち上がる。すかさずユミールさんが支えてくれた。少女の姿をしたユミールさんに支えられる大の大人。見栄えは良く無いけれどまぁ良い。
『両手装着。』
両手のパイルバンカーを起動させて万州を狙う。狙いは大きいので当るだろう。
『空気四式!』
これはエアパイルバンカーの改良版。
一式がかつてのエアパイルバンカ―。二式がエアハンマー。三式が相手の四方八方から撃つ攻撃。
そして四式は・・・。
「はんっ!爪楊枝みたいなもんだな!!」
杭の形を保持したまま撃つ物だったのだけど、万州の甲羅に刺さる事は無かった。
少しは傷が付いた様だが、ダメージは無いみたいだ。5年前と比べて魔力量も上がり、威力大きさともに向上したのに・・・・。
「こんなんが助っ人なら諦めた方が良いぞ?」
「やっぱりだめか・・・。」
玄斗に聞かなかったモノが同じ様な万州に効くとは思っていなかったけれど・・・。
「でも傷が付きましたよ。」
「そうですね。」
玄斗の時は傷すら付かなかったので、玄斗の「結界」の方が万州の「頑丈」よりも固いのだろう。
「では準備を。」
「はい。」
ユミールさんがその姿を消し、僕はその場で四つん這いになる。
『唯我一武共与』
体から何かが抜け落ちた気がする。
この感覚はいつもの事だけれど、いつもと違うのは四つん這いでいる事も出来ないくらい力が抜けたという事。そのままうつ伏せることにする。
『全身之杭撃武器也』
玄斗の声が響く仲意識を手放した・・・。
「カンイチ。起きて下さい。カンイチ。」
優しい声に意識が起こされる。
意識を失う前に感じた虚脱感はもう無い。
「うおっ!!」
そして地面の感触も無かった。
頭上から響く声の主は恐らく・・。
「矢胤さん?」
「はい、そうです。起きたようですね。時間が無いので手短に説明します。」
「わかりました。」
宇宙を飛んでいる事や下に玄斗がいないこと等、色々と聞きたい事はあるけれど時間が無いとわざわざ言われているので質問は後だ。
「玄斗は無事守りきれましたが、万州は逃がしてしまいました。今私たちは逃げた万州を追っています。カンイチさんご助力を。」
見れば少し先に万州の姿がある。
「縮んだ?」
「はい。万州は負けを覚ると、ヨルムとトールを分離し足止め、その後逃走しました。」
「玄斗の足では追いつけないと。」
「そうです。二人は逃がすつもりのようでしたが、私が反対しました。同じ過ちを繰り返さない為にも。」
「そうですか・・・。それで僕は何をすれば?」
同じことが繰り返される可能性は低い気がするけど、可能性の芽は早めに摘んでおこうということだろうな。
それに今から万州を放っておいて帰ろうと言って矢胤さんが納得してくれるとは思えないし、ここは大人しくしたがっておこう。
「簡単な事です。私が万州の上にカンイチを落とすので一番強い攻撃を撃って下さい。」
「多分効きませんよ?なんなら矢胤さんに付与しますけど・・・。」
付与とは玄斗に行った『唯我一武共与』の事。
対象に直接触れていないと効力を発揮しないけれど、パイルバンカーを貸す事が出来る。普段は少し怠くなるくらいだけど、今回意識を失ったのは対象が玄斗という規格外のものであったからだろう。
そうすると同じ様な存在の矢胤さんにしても同じ様なことが起きるのかな・・・?
「いえ、おそらく今回カンイチが意識を失ったのは魔力の枯渇。魔力とは魂からあふれる力。玄斗の大き過ぎる力にカンイチの力が引きずられすぎてしまったのでしょう。私に行った場合も同じ様な危険があります。」
「危険ですか?」
「はい。魔力の枯渇は魂を傷つける場合が多いです。先程は気付いたユミールが貴方に魔力を与えたので大丈夫でしたが、今回また同じ様になった場合に助けてくれる人がいない。止めた方が無難です。」
「でも僕だけじゃ倒せないと思いますよ?」
「私が魔力を分け与えます。カンイチの力は魔力が多ければ多い程強くなるのでしょう?」
「そのはずです。」
魔力が増える度に威力も大きさも増やす事ができたのは実証済みだ。
「こう見えて私の力もなかなかな物です。頑張りましょう。」
「わかりました。」
返事をするや否や背中から何かが流れ込んで来る。
これが矢胤さんのいうところの力というやつだろう。
「人の身であるカンイチにどれほどの力を与えられるものかはわかりませんが、一撃で決めないと二人共危険なので限界まで行きます。」
「えっ!?」
僕はともかく矢胤さんも危険とはどういう事だろう?
聞く前に力の流入が大きくなり、体の中で暴れ始めた。
『全身之杭撃武器也』
溢れ出る前に自分で考えうる最大の攻撃を発動する。
そこに更に積み重ねられる矢胤さんからの力。
「まだまだ。」
矢胤さんの声が今まで聞いた事が無い様な声に変わっている。
以外と熱血系なのだろうか?
「狙いは万州の頭頂部に生えた山。その頂上です。」
「わかりました。タイミングは任せます。」
それほどの力を込めるのかはわからないし、僕を運び狙いを定めるのも矢胤さんなので任せてしまおう。
「はい。邪魔は入らないと思いますがお気をつけて。」
万州の二つの鋏は一方は砕かれ、もう一方は失っている。
玄斗の戦果か?
「行きます。」
その声で高度がぐんぐんと下がり、山が視認できる程になると、放り出された。
「御武運を!」
返事をする間もなくどんどんと山肌が迫る。
山の頂上には大きな岩が見えた。
「あれが狙いか!!」
そう感じた。
「うおぉぉぉおおおぉ!!!」
自身に気合いを入れる。
「一撃必殺!」
間合いは完璧。
イメージは岩を貫き更にその奥の万州をも貫くモノ。
「パイルバ・・・・。」
最後まで発する前に砕かれた岩や山の崩壊に巻き込まれた・・・。
(決め台詞が・・。)
そして最後に見たのは光る力の奔流と頭上に迫る黒い塊。
(死んだな・・・・・・。)
そうして全身を貫く衝撃と共に僕は静かに目を閉じた。




