12:『パイルバンカー友を持つ。』
「おおー。」
眼下に広がる平原。
群れている動物達やそれを追う魔物。
川は太陽を反射しきらめいていし、遠くには山や森も広がっている。
進む速度に比較して頬を撫でる風は穏やかで気持ちが良い。
「いい眺めだ。」
「本当に。」
同意を示してくれたのはシェスタ。
「竜族はいつもこのような景色を見ているのか。」
そう続けたのはミフユさん。
「ふふん。良いだろー。」
下から答えたのはサイカ。
今、僕達はサイカの背に乗ってヤマトの国へ向かっている。
事の起こりは立ち会いの後、親睦を深めるという名目でそれぞれの陣営から人が集まり、食事をしていた時まで遡る。
「では三日後でよろしいか?」
「はい。」
僕がヤマトの国に行ってみようと思っていると話した所、里帰りする予定のミフユさんが共に行こうと誘ってくれたので一緒に行く事にしたのだ。
ヤマトの面々は、大会に出場する三人のうち一番成績の悪かった一人が国に帰り、逆に国元で選ばれた一人がこちらに来るのが習わしらしいのだけど、今年の場合はミフユさんが三度目の優勝をした為に帰ることとなった。
これは優勝を三度すると殿堂入りするからだ。なんでも昨年も、一昨年も優勝したのがミフユさん
その前は槍使いのコウゾウ・クロツチが優勝。彼は後一回優勝しないと駄目らしい。
「冒険者であるカンイチ殿には言うまでもないかもしれぬが、約三ヶ月の旅路になる。馬車はうちの物を使うし、食料の用意もこちらでしておくが、他に必要と思う物は準備しておいて欲しい。」
「わかりました。」
「では三日後に迎えに来る。」
「「よろしくお願いします。」」
シェスタと二人頭を下げる。
シェスタも着いて来るというので、ヤマト出身の御者を含めた四人での旅路になる。ちなみに御者の人はミフユさんの付き人で、他の二人にもそれぞれ付き人がついている。
「羨ましいのぅ。」
そんな僕達を見てサイカが呟く。
「儂は姉上達の地獄が待っておるというのに・・・。」
「地獄ですか?」
「厳しく、痛い修行の日々が待っていると思うと地獄にしか思えん。昨夜は二人してなにやらメニューを考えていたようだけど、今日の二人の立ち会いを見てさらに追加せねばとか呟いていたのを聞いてしまった・・。はぁ・・・・。」
「二人という事はアカリさんだけでなく、セイカさんも一緒に?」
セイカさんはそのようなタイプではないと思う。
「うむ。アカリ姉上の修行も激しく厳しいが、セイカ姉様の場合はギリギリまで追い込むのが上手いと言うか、終わりが無いというか・・・。アカリ姉が鬼ならセイカ姉様は悪魔なんだ。」
「あー。」
それなら充分にあり得そうだ。
セイカさんは限界を見極めるのが上手そうだし。
「御愁傷様です。」
「せめて二人のうちどちらかにでも勝てておければまだマシだったと思うが・・。」
「では、私と立ちあってみますか?」
「遠慮する。実力差という物を知った。いや、今日の立ち会いを見て知らされた。人族にもなめてかかれぬ人間がいることを知れただけ良かったと考えておくよ。」
「そうですか。いつでもお待ちしていますからね。」
「いつか自信がついたらのぅ・・・。」
僕に負け、大会で負け、落ち込んでいた所に、今日の立ち会い。
自分の実力不足を実感したらしい。始めて会ったときのあのはしゃぎ様は見る影も無い。
「そんなに私達の訓練が嫌ですか?」
「セイカ姉様?」
いつの間にかセイカさんが近づいてきていた。
さっきまではクリスティーナさんとヤマトの大使と話しをしていたと思ったのに。
「それに私が悪魔だとはどの口から出た言葉なのかしら?」
「・・・・。」
サイカの顔付きが変わった。
まさか聞かれているとは思ってもいなかったのだろう。
「私は鬼か。」
アカリさんもやってきた。
丁度、二人はサイカを挟む様に立ち、彼女に逃げ道はない。
「では、鬼の名に負けぬ修行を考えてやらねばな。」
「私も悪魔が逃げ出す程の訓練を考えてあげましょう。」
すでにサイカは涙目。
人形のサイカは小学生くらい。つまり子供の見た目で涙目、顔は将来有望、それに何処か憎めない馬鹿さもある。
「まぁ、程々にしてあげて下さい。」
少し情にほだされてサイカを庇う。
まぁ庇うと言っても特別何かをする訳でもできる訳でもないんだけど、少なくとも今ここでビビらせる事は無いだろう。
「カンイチ殿がそうおっしゃられるなら良いが、いいのか?」
「はい。」
どうやらアカリさん的には今回の罰もかねての厳しい訓練予定だったらしい。
「カンイチ様もアカリも優しいわね。」
「まぁ、可愛い子を泣かせていたら大体は男が悪者に映ってしまいますから。」
特に今は人の目が多い。
変な噂は直に広まるもんだ。変な尾ひれを付けて。
「なら私も止めておこうかしらね。」
いたずらっ子の様にセイカさんが笑う。
彼女も本気でサイカを懲らしめるつもりは無かったのかな?
「本当か?」
「ええ。カンイチ殿にお礼を言うのね。」
「うぅ・・・。」
俯くサイカ。
「カンイチ、感謝するぞーー。」
俯いた直後にタックル。いや抱きついてきた。
「ちょっ。」
嬉しいのも感謝もわかったから鼻水をつけるのは勘弁して欲しい。
もう遅いけど・・。
「あらあら、どうしたのかしら?」
サイカを引きはがしているとクリスティーナさんがやってきた。
タイシとの話しは終わったのかな?
「サイカがカンイチ様に感謝をしているそうです。」
ぬけぬけとセイカさんが答える。
「なら丁度良かったかしら?」
何かよかったのか?
少なくとも鼻水は関係ないだろう。お腹に冷たい感覚が・・・。
「そうですね。」
アカリさんもセイカさんも頷いているが、僕達にはよくわからない。
「何が良かったのかお聞きしても?」
「ええ。勿論です。」
キトウさんの質問を受けてこちらを向くクリスティーナさん。
それに合わせてアカリさんがサイカを連れて行く。
鼻水の跡は見なかった事にしておこう。
「竜王国を代表してクリスティーナ・アングルがカンイチ・ハチヤ様に申し上げます。」
「はぁ。」
クリスティーナさんが頭を下げると両隣の二人も頭を下げた。
突然の事で話しに付いて行けないのは僕の所為では無いだろう。その証拠にシェスタもミフユさんもぽかんとしているし、周りの人達も何事かとこちらに注目している。
そりゃ竜王国の王族が頭を下げていれば目立つだろう。
「この度は我が一族の者が多大なるご迷惑をおかけした事、ここに謝罪申し上げます。」
すでに充分に謝ってもらったけれど、多分これは、人前で改めて謝る事で回りに遺恨の無い事を知らしめるという意味があるのだろう。
「はい。謝罪を受け入れます。」
僕としてはもう充分に謝ってもらったし、賠償もしてくれたので思う所は無い。
だけど、クリスティーナさん達が周りに知らせる必要が有るというのなら、それに乗る事を別に断りはしない。
「寛大なるお言葉ありがとうございます。」
「いえ、友達との喧嘩なんて良くある事ですから。」
つまり、友達との喧嘩くらいのことしかお互いの間には無かったということだ。
なのでわざわざ国を代表して謝ってもらわなくても良い。
「そうですね。友達同士の喧嘩なら良くある事ですね。」
まぁ命がけの喧嘩がそうあっては困るけど・・。
「サイカ。」
クリスティーナさんがサイカの名前を呼び、アカリさんがサイカに耳打ちした。
少し驚いた様子だけど、こちらを見て頷ずくサイカ。
もう一度ちゃんと謝れとでも言われたのかな?
「はい。」
少し間を置いて返事をしたサイカがトコトコと僕の前までやって来る。
「(少しかがんでくれるか?)」
小声で頼まれたので膝を付き、サイカと目線をあわせる。
「カンイチ・ハチヤ。サイカ・ギリアムは貴方を我が友として我が半身を共に過ごす。受け入れて欲しい。」
「勿論だよ。」
竜なりの言い方だろうか?
変わった言い方だけど、つまりは友達になってくれということだろう。
最初の出会いこそ良く無かったけれど、サイカに恨みも特にないし、断る様な事はしない。
「感謝する。」
サイカが差し出してきた手を握ると不意に引っ張られた。
「んっ?」
手を引かれた事に驚いたのも束の間。
唇に暖かく柔らかい感触を感じ、眼前には目をつぶったサイカの顔。
「アカリ・ギリアムが祝福する。」
「セイカ・ギリアムが祝福する。」
「クリスティーナ・アングルが祝福します。」
三人の言葉が重なり、溢れる光。
光が溢れたのも一瞬で、次の瞬間には顔を真っ赤にしたサイカが目の前に居た。
「初めてだったんだからな。」
「ごちそうさま?」
何て答えたら良いかわからなかったけど、今のはないだろう。つまり僕も動揺していたということだ。
まぁ二人の声は周りから降り注がれる拍手で他の人には聞こえなかったと思う。
「喜ばしい事にサイカがパートナーを得ました。皆さんもう一度二人に祝福をお願いします。」
クリスティーナさんの言葉で、先程よりも大きな拍手が鳴る。
「だまし討ちの様になったが、サイカの事よろしく頼む。」
アカリさんにそう言われてようやく理解が追いついた。
どうやら僕はサイカのパートナーとやらになったらしい。
「なっ。カンイチに話してあったんじゃ無いの!?」
「そんな事一言も言ってないぞ。」
「だって。」
「私は、カンイチならいいパートナーになると言っただけだ。」
さっき呟いていたのはこの事か。
「キスを口にするとは中々大胆でしたね。」
「えっ。」
クリスティーナさんの言葉にサイカが止まる。
「セイカ姉様?」
「ふふ。まだ信じていたとは思いませんでした。」
「だな。」
その件も騙されていたらしい。
「ちなみに私は額でした。」
「私は手だな。」
「私も額でしたね。」
三人の言葉を聞いてこちらを再び見たセイカの顔は真っ赤である。
下手したら煙が出そうな程に。
「えっとなんだ。ありがとう?」
「カンイチのバカーーーーー。」
セイカが走って行ってしまった。
「まぁ、お祝いでもしましょう。」
笑いながら見送ったクリスティーナさんの言葉で、主役不在のまま新たな宴の幕が切って落とされたのだった。
翌日、一緒にヤマトの国へ行くと告げに来たサイカの顔がまだ少し赤かったのは、二人だけの内緒。




