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Lunatic traces  作者: 十石日色
ここより前は修正済み
8/21

番外 ある少女の過去の夢

「起きて。風邪引くよ」



 ユサユサ。

 目が覚めた。

「あ、起きたね。おはよう……かな?」

 前日の夜更かしが効いていたらしい。放課後の教室、みんなが帰ってから絵を描いている時に無防備に寝入ってしまったらしい。

「わぁ、絵上手いんだね!」

 目の前には私の手元を覗き込む少年。周囲には距離はあるけど他に数名。


 彼は現在の彼よりも幼い姿、小学生の半ばの男の子の姿を目にしてここが夢の中だと意識する。現実での私は馬車にゴトゴト揺られながら無防備な姿を晒しているのだろう。

 一応私自身、同行者が男二人でこの行動は警戒が足りないとは思っている。

 でも一応彼と彼が信頼に値すると判断した人物なので危険性は薄いだろう。念のため『警戒』は使ってるし。


 それにしても随分と懐かしいものを見ているものだ。

 内気。

 人見知り。

 当時の私は、そういった言葉が適切な世にありふれた一人の女の子に過ぎなかった。

 特筆するほどみんなに爪弾きにされていた訳でもないし、イジメの標的(ターゲット)になった訳でもなく、ただ埋没するように生きるのが日常。

 埋没はしても孤立はしていなかったので友人はいたけど、特に何もない日常。

 それが平常なので目立つこともなく、目立とうとも思えなかった。


 お気に入りの物語の登場人物に憧れて同一視するような時期はあるだろうか。

 私の友人にはあったらしい。彼女の場合は魔法少女だっただろうか。

 私は彼女と違って童話や漫画、小説のヒロインのようになれるとは全然考えていなかったし、なりたいとも思わなかった。その辺りは人とズレていたのかも。

 結局の所、傍観者のポジションが適切だったのだと思っていた。

 あの時までは。


 その少年はクラスメイト。今まで入学から一度たりとも同じ学級(クラス)になったことはなかったため交友はないに等しくほぼ初対面。

 当時の私からだと、腕時計ではなく親から貰った懐中時計を持ち歩いていたのが印象的だった。本人もお気に入りだと言っていたらしい。

 彼の性質を一言で言ってしまえば『目立てる空気』だろうか。

 影が薄いという意味ではない。周囲を活かす、場を和ませる、活動範囲が広く男女の隔たりなく友好関係にある。そんな男の子。

 家の意向で護身術か何かを学んでいたらしく、悪ガキの集団を叩きのめせるぐらいの力があるのに、友達百人とか本気でやろうとする、そんな男の子。実際その数倍を達成して母校ではある種の伝説になってしまったけど、これは別の話。その悪ガキの親と彼の親の論戦(理路整然としていたのは後者の方だったらしい。というか前者の方は不意打ち、集団、武器持ち出し、脅迫などをやらかした子供のフォローなんて出来ないでしょうに普通……)も伝説になっちゃってるらしいけど、それも別の話。


 当然、目立つ。

 とっても、目立つ。

 今までの目立たないよう、穏やかな日常をただ満喫していた日々が終わってしまう。そんな恐怖。……今になってよく考えたらこれは中二病作品の主人公にありがちな設定のような気もしなくはないけど、当時の私はそれが普通だと思っていたようだ。ここで傍観者を気取っていただけのちょっと痛い子だと露呈している。

 あと絵を描くこと(しゅみ)を冷やかされるんじゃないか。そんな恐怖もあったと思う。


 ここで、手を打とうとしたのだ。

 ただ悲しいかな。人付き合いを避けてきたために対人経験が他の子よりも乏しい小学生。目立ちたくないなら悪手としか言いようのないミスをやらかしてしまった。



 無視したのだ。



 この後の展開、予想は付くだろう。

 簡潔に言えば、『ことあるごとに気にかけてくる』。

 まあ事実、私の対応が悪かったから仕方ないとしか言いようがない。彼自身、自分がある種の特別になっていることは自覚していたのだろう。『これ、自分が今引いたらやばくないかな? この場面見てた子がちらほらいるけどなんか若干敵視してないかな?』とか考えたんじゃないだろうか。

 ただ、彼もやはり子供。彼に向けられた感情に恋慕があるならイジメの切っ掛けになりうるのだけれどその辺りには頭が回らなかったらしい。基本的に善良な子が多く、また彼がある種のアイドルじゃなくてマスコットだったから大丈夫だったけど。分析がちょっと足りてない。

 でもそんな同級生に『この子大丈夫かな?』と心配されるとか当時の私の方が酷い。


 この後、繋がりをなくそうと足掻いた小学生時代。

 結果。

 同じ中学に進学しましたとさ。

 いや、頑張ったんだよ? 小六辺りになって向こうも適切な距離取り始めるまで。

 でもなんか途中から周囲に『あの子はツンデレ』とか冷やかされ始めて『じゃあ素直になれない彼女を応援しちゃおうよ』といういらない気遣いでなぜか当事者両名が距離取ろうとしてるのに疎遠にならないとか。

 それから過剰な反応は抑えるようにしたり努力したのに無駄だったし。

 それが中学まで続くんだからタチが悪い。



 中学に上がって本当に惚れちゃうんだから、なおタチが悪い。



 自覚したのは中学二年の時。

 これが私の初恋で、現在も続いている恋。

 自覚してからは今までとは随分と言動が変わったと思う。

 授業中にこっそり彼の背中を見てるとか。

 話を合わせるために彼がやってたゲームをしてみるとか。

 彼が休めばプリントを家まで持っていくとか。この時彼の家が旧家だったことを知った。図書館で調べたら『光明寺』はその土地の妖怪退治の伝承に出てくる氏族の末裔なんだとか。


 高校は別々になってしまったからそこでお別れ。想いは告げられぬまま、終わったはずの関係だった。




 再会はこっちの世界。

 高校に入った頃こちらに飛ばされて、最初の初見殺しをなんとか突破して学校に辿り着いて少し後。

 その日、学校の中庭。風景画を描いていた。

 まだ絵は趣味で続けていて、中学の頃に友人の影響で漫画関係に手を出していた。

 だけどそれ以外、風景画とかも相変わらず好きだ。



「絵、上手いね」



 聞き覚えのある声。

 ハッと見上げると久しぶりに見る顔。

 その日見られた絵は風景画。この数ヶ月後に見られた絵とは違う。だから穏やかに話も出来た。

 色々と話したいことがあって。

 聞きたいことが山ほどあって。

 伝えたい言葉があった。



 簡潔に言ってしまえば、私の知っている彼ではなかった。



 記憶が違う。

 キャラが違うのは人は移ろうから仕方がないとして、記憶があまりに違っていた。

 私に関する記憶さえなかった。

 この世界には平行世界というものがあると言われている。

 事実、別の世界にいる私には否定する理由はない。

 だからこの『光明寺武哉』は別の『光明寺武哉』なのだろう。

 そう認識した。

 だから伝えなかった。

 漫画や小説で『平行世界の恋人』とか『前世での恋人』とかがよくくっつくけどそれは良いんだろうか? 本人って言っても良いんだろうか?

 私は違うと感じた。

 愛を囁くのは目の前の人なのに、見てるのは別の人。それは私には不誠実に思えてしまったから。

 違う人間に告白する訳にもいかず、恋慕(ことば)は飲み込み自分の胸にしまっておいた。

 そして少し距離を置く。

 他人に彼の面影を重ねるのは駄目だろうから。

 結局、同じゼミになったから離れきれなかったんだけど。




 一月経過、悩みの種が増えた。

 本人である可能性が見えてきたから。

 今までは平行世界の彼だから似ている点もあると認識していた。

 似てない部分は違う経緯(みち)を通ってきた人だから。そう思っていた。

 気付いたのはある日の戦闘。

 その日同じ班に分けられた私たちは思わぬ強敵とぶつかってしまい私たち以外が撤退か撃破(死亡者は一人として出ていない)。

 向こうもあと一歩まで追い詰めた。でもそれ以上に二人揃って追い詰められて、とうとうトドメを刺されるという時。彼が反射的だろう、武道の類の動きでなんとか撃破してしまったのだ。

 私は驚いた。彼の方も驚いていた。

 彼の記憶だと武道未経験者のはずなので記憶と食い違う。そして想い出の中の彼は経験者だったはず。

 首を傾げる彼を見つつ、そう言えば講義で『難易度が高いほど因果が歪み、当事者の心身どちらにも何かしらの悪影響が出る可能性が高くなる』という説があったことを思い出す。

 彼は難易度が最高難度(ルナティック)。なら記憶の混濁もありえるはず。


 それからはある程度の距離を保ちつつ、少しずつ近づいていくようにしている。

 例えば誕生日プレゼントとか。確かめたら誕生日は共通していた。

 とりあえず向こうで彼が気に入っ(・・・・・・)ていたもの(・・・・・)をプレゼントしてみた。ちょっと高くついてしまったけど今も使ってくれているようなので良かったのだろう。


 近づけず、遠くならない。

 想いは秘めて、極力出さない。

 そんな関係も彼が同一人物かどうか確かめられたら終わるのだろう。

 本人じゃないなら仲の良い友人で終わるだろう。

 本人なら生殺しの反動が凄そうだ。

 前者は分かりやすいし自分としても認めやすいのだけれど、後者は認めがたい。自分は肉食系だとは思わないし、思いたくなかったから。昔と違って(ひょっとしたら昔も潜在的にそうだったのかも知れないけど)夢見る乙女な部分を認識してるから認めたくはない。

 でも根拠があるので否定出来ない。


 禁呪。

 私の固有禁呪。

 固有禁呪は本人の資質に加え、本人の欲求も関わってくるらしい。

 だからその人のことを理解するのに利用出来たりする。

 私の場合、一度しか発動してないし、同じゼミの一人だけにしか見られていないけど、彼女は理解出来てしまったらしく、大層困った笑みを浮かべていた。

 それ以降、一度たりとも使おうとしていない。




「起きて」

 ガタゴト以外にユサユサが追加された。

「着いたよ」

 彼の声。

 目が覚めた。

 かなでの固有禁呪については一章で出します。

 転生者組の固有禁呪の詠唱は神話や古典から考えてます。ファゼア組はファゼアの神話や古典に由来する、というものになりそうです。

 欲求や効果が元ネタに関係する場合と関係しない場合がありますのでご注意を。

 例えば師匠は欲求は関係してますが、効果は歪曲しまくっています。

 かなでは欲求こそ元ネタと関係してませんが、効果自体は元ネタの神に影響されてます。

 この欲求先行型と効果先行型の違いは転成者組に限定すれば『この世界に来る前にその欲求を抱いていたか』が重点となります。

 例えばかなでの場合は『この世界に来た後から酷い生殺し食らっている』ため効果先行型となっています。

 基本的に効果先行型の方が安定して使いやすい傾向にあります。

 ただ、想いの力でこれらの型から外れる例外も存在します。

 武哉の禁呪は本作チート勢並に強力なものになりますが当分出て来ません。これは彼の自我が安定していないため欲求どころか本質が固まっていないためです。

 禁呪の説明は各章のまとめで行いますので興味のある方は是非。…………って、一発目からあれかぁ。作中の神か何かに投げ出してしまいたいかも。




 本作だとヒロイン勢はデレていてもほぼ全員が何かしらの制限で本人に伝えられません。理由は今回の『当事者か確かめられないから』などに始まり各種色々と理由付けはしています。

 残念ながら当分武哉は気付けません。

 岡目八目で読者から見たらバレバレなんですけどね。

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