七話 馬車
小刻みな揺れ。
本来なら用意した馬車に乗って移動する予定だったのだけど、過半数が来ていないとかいう巫山戯た事態になってしまったので、仕方なしに馬車は後続のために置いて(そもそも来てる二人が馬車の扱いになれてない。置いていく旨はメール済み)ちょうど目的地方面に向かう馬車にヒッチハイクで乗せてもらった。理由の説明しようとしたら「良いって良いって」と返された。説明さえ必要ないとは。
「おう。悪いな。こんなボロで。揺れちまって休めねえだろ」
御者のおっちゃんが言う。
このおっちゃんはファゼア人。中堅辺りの実力。小規模な戦闘ギルドの所属。以前に護衛の依頼で俺と共闘して以来の顔見知り。現在も仕事抜きでちょこちょこ会っている。食事を奢ってくれたりはしないけど、危険な噂があると真っ先に教えてくれるので、情報収集が苦手な俺からしたらかなりありがたい人物だ。他だと師匠からの過保護気味なものくらいしかルートがない。
「いや、そこまででもないよ。いつもごめん」
「気にすんな。お前は俺にとっちゃガキみたいなもんだからよ」
このおっちゃん。昔流行病で息子さんを亡くしたらしい。で、俺が彼の面影があるとかで気に入られた、と。
娘さんもいるらしいが面識はない。お兄さんを亡くしてからやや情緒不安定になっているらしいから、多分最高難易度の俺が近づいたら刺される気がする。この世界、そういうイベントあるし。割と山ほど。
「それにしても……もうちょっとちゃんと準備したらどうだ?」
馬から目を離しこちらを振り返って尋ねてくる。前見なよ。危ないな。
そして準備不足なのは実感している。本来六人編成で適正な依頼を二人とか正気の沙汰じゃない。特にガンスリンガーは弾切れ注意。俺はひたすら殴るだけなんで気楽ではあるが彼女はそうもいかないのだ。
そして現地調達は流石に目立ちすぎる。
「ああ。そうだな」
「だね。近くにお店とかありましたよね?」
かなでも同意。近くに……ちょっと遠回りになるけど付近の村で調達出来たよな。うん。こういうとき経験が物を言う。土地勘がある。依頼受けまくって本当に良かった。
「あ~。微妙だな」
「おいおい、おっちゃん。あったろ、たしか」
「いや、なかったろ」
うわっ、俺の記憶力、低すぎ?
「え? あったと思うんだけど……」
小声で呟いたことから独り言だろうが、かなでも疑問っぽい。彼女も一応依頼は受けて回ってるしここら一帯の情報は持ってるんだろう。
ということは俺の記憶は正しいということに。
「おっちゃん?」
疑問。ここら一帯を拠点としているこの人がそんなこと間違うだろうか?
結論だけ言おう。
間違ってた。
「いや、お前ら駆け落ちかなんかだろ? 家具を始め、生活用品をすぐに揃えようと思ったら、大規模な町ならともかく付近の村でなんとかするのは難しいぜ?」
最初から、おっちゃんから見た俺たちの関係の認識が間違っていた。
駆け落ち自体は珍しくない。事実俺の向こうでの友人の先輩が駆け落ち騒動起こしたらしいし。
恋仲になった男女がいたとしても婚約済みで結ばれようがないなんてそう珍しいことじゃないだろう。
重婚だからなんとかなるという認識もあるかも知れないけど現実はもうちょっと複雑だ。
この重婚自体、親しい家同士の結びつきを強くするために利用されることも多い。普通の結婚でも見られる政略結婚の別バージョンである。
となれば簡単な話、逆も起こりえる。仲が悪い家に入る男性と恋仲になっても結ばれないのだ。
主導権は女性側にあるので男性側からの破棄は不可。しかも幼いうちに囲っておこうという動きがあるのは当然なので物心着いた時点で許嫁を決められていて自由恋愛出来ないパターンも少なくはない。……こう考えると永久さんすげぇな。地雷は全回避か。
まあそんな訳で結果的に駆け落ちしてしまう。
「あの、違いますよ?」
俺が混乱している間にすぐさま否定するかなで。酷い。もう少しなんかあるだろ? こう、真っ赤になって口ごもるとかさぁ。
「いや、じゃあ何しに行くんだ?」
「討伐依頼です」
「いや、その格好じゃあ討伐はないんじゃないか?」
俺たちの衣服を見ながらの言葉。片やTシャツジーパン(一応見た目の割に柔軟で伸縮なものにしてあるけど。)の男。片やワンピースの少女である。これから血生臭い戦場に行くとは考えにくいか。
「潜入と情報収集からですから」
「……ああ、なるほど」
分かって下さったか。これで大人しく
「いやぁ、人を見る目はあるつもりだがなぁ。嬢ちゃんも満更でもねえだろう? ほら、結婚とかさぁ」
って、おっちゃん! これで
「いえ、そんなことないです」
とか言われたら立ち直れ……言われてんじゃん!
即答だったな。あまりに早い。迷う時間なし。予想して早押しのように答えるか、予め条件反射でそう言えるように訓練でもしてないと無理だろこの早さは。普通に考えたら前者だろうな。
「じゃあ何を準備するんだ?」
「あ、私ガンスリンガーなので」
「ああ、銃弾か……あそこにあるな。じゃあちょっと寄っていくか。俺もまだ集合まで余裕あるしな」
「ありがとうございます」
「良いってことよ。着いたら起こすから寝ときな」
「あ……でも」
口ごもるかなで。
その様子にピンと来た。
「ああ、あれのこと思い出した?」
「……うん」
あれ。ウィッチアンドナイツ最初の初見殺し。難易度がハード以上なら発生する嫌がらせ。ハードならまだマシでマニアックで軽くトラウマ。ルナティックは無理ゲー。彼女の難易度はマニアックなのでおそらくトラウマものだろう。
まあ不安になるよね。俺もあれは引きずってるから。師匠抜きだと詰んでたし。
「俺が起きておくから大丈夫」
「……分かった」
そう言って目を閉じる彼女。
安らかな寝息が聞こえる。
「おう。信頼されてんじゃないか」
おっちゃんの背中に返答。
「おっちゃん、茶化すな」
「いや、でもなぁ。俺としても思うところはあるんだよ」
「何がだよ」
「いや、打ち解けてきてんなぁ、ってさ」
「俺がぼっちだと言いたいのか」
怒るよホントに。
「いや、ハンデがあったろ? 心配にもなるって」
…………
「お前な、記憶がただの記録だろ? それでもここまで打ち解けられたの見て安心したんだよ」
あ、前におっちゃんには話したことがあったっけか。……こっそり飲み物にアルコール仕込んどくのは個人的に卑怯だと思うのだよ。
そして記憶が記録。たしかにそうとも言える。ある意味では良い比喩だ。
「……他言無用で」
知られたくはない。
そんな俺に対する言葉。
「親しくなればみぃんな気付くぜ。お前の異常」
「……知ってるよ。努力はしてる」
事実、彼の他にも師匠と姉弟子には既にバレている。向こうも少し対応に困っていたようだ。
それを見て隠すことに決めた。事実上手く隠せているつもりだ。挙動には気を遣い、過去の話からは少し距離を取る。親友の永久にも隠し通せているはず。そう簡単に見抜かれてたまるか。
バレるとしたらこのことにより生じる『自信のなさからキャラが不安定になり易い』ことからだろうか。
これに加え、多重人格的な意味ではなく、俺の中には『目立ちたい俺』と『目立ちたくない俺』がいる。
後者はまだ分かる。隠したいものがあるんだから。
前者が分からない。なんと言おうか、『目立て』という意識が無意識を駆け巡る感じか? なんだろ? なんと言うか『目立たなければ自分の存在がこのまま消えるんじゃないか』とか訳の分からないことからなぜかもの凄く不安になって、結果的に暴走する。
不合理であっても無視出来ない衝動のようなものであり、今のところ制御不可。
これが『キャラ不安定ブースト』されて大変なことに。
結果、傍から見たら俺は『急に暴走する上にテンションがいきなり下がる。しかもいつもは割と空気』とかいう訳の分からないキャラになってしまっている。
切っ掛けがあれば自動発動なのでタチが悪い。安定させないとな。バレて気を遣われるのも嫌だし。
目の前で寝息を立てる彼女の寝顔を見ながらそう思う。
次は番外になります。