六話 ドタキャンはガチで困るので気を付けなされ
天候はさっきから何一つ変わっていない。相変わらずどんよりとしている。
そして俺のテンションはさっきより明らかに下がっている。
子供を守ろうとする母は強し。
弁解しようとする俺。
母親、子供を抱いて『近づかないでぇ!』パァンッ!
これで頬に紅葉を付けた俺の完成である。
まあ不審者だよね。一人でぶつぶつ何やら言ってた人間がいきなりこっちに来たらビビるよね。
顔の一部は赤いのに気分はブルー。あっはは~。
……は~。笑えねぇ。なんで依頼前にこんなにテンション下がってるんだよ俺。こんなに落ち込んだのはヘマやらかしてこの世界の代表的初見殺し『戦慄のわんわんお』にリアルでぶちのめされた時以来かな。……はぁ。
……いや、これじゃ駄目だ。さっき頑張らなきゃいけないと決めたばかりじゃないか。ポジティブに行こうぜ。だから気を強く持てよ。ほら、これから仕事だよ? へこんでちゃ駄目だろ。プロ意識ないの? ……まあ学生だからプロじゃないけど。ギルドの内定もまだだけど。……あの時の面接官。今に目に物見せてくれるわ!
そんな調子でトボトボ歩き、時折メラメラ燃え上がりつつも集合場所の馬車乗り場が視界に入る。
ここは簡単に言ってしまえばバス乗り場みたいなもので、日本みたく安定した時間での運行は見込めないけれど馬車がカバーしている範囲は広いので、別の町に行く場合重宝出来る移動手段だ。
また、この町にはないけど大きな町に行けばタクシーみたいなのもある。利用したことはない。
ちなみに馬以外にも駝鳥の大型版みたいな走鳥類や竜に引かせたりもする。そこら辺の違いはお国柄によるものだろう。例えば竜種とかは生息地が狭い上に稀少価値が高いので外部にはあまり出回らず、その範囲にある民族、国家くらいしか使役していない。住む環境整えるのとか餌とか手間がかかるし外部で飼うにはちょっと向いていないのだ。もしあるとすれば王侯貴族辺りだろうか。
少しずつ近づく。懐中時計で時間を見れば随分と余裕があるので急ぐ必要はない。
着いた~。時間は三十分前。余裕。俺の他にはいないか? ……あ、向こうに一人いるな。
ベンチに腰掛けた可愛らしい俺と同年代の女の子。
その少女は髪は空色のミディアム。特に気合いは入れなかったらしく、衣服は薄い青色のワンピース。
これから戦闘なので『スカートで戦うとか、その下が見えるだろうが! ……良くやった』という困惑とそれ以外の何かが男子にはありそうなもの。だけど、この世界は女性はあまりその手のことで恥ずかしがらないので言っても意味がない。……この世界作った奴。グッジョブ。
ただ、当然と言えば当然だけど転生者の女性陣はやはりまっとうな羞恥心を持つ。しかしそこは朱に交わればなんとやら。慣れてくると恥ずかしがる頻度が下がっていく。……まあ、本当に見られたくない女の人はアンダースコートくらい履くだろうし、絶対見られたくないならそもそもズボン履いてくるので、どちらかと言えば元々この世界に染まりやすい人たちだったと考えるべきか。
で、彼女は転生者なので後者なのだけれど、実際に対策しているか分からない。流石に『ちょっと見せて』とは言えないしね。でも実際に見ないと嘘を吐いている可能性もあるし分からないよね。
あと、今までのことから判断すると基本的に彼女の場合は対策自体無意味に終わることが多いし。
そもそも彼女は間接攻撃職のガンスリンガーなんで、接近しまくる必要のある俺と違って後方から撃ちまくれば良いという面もある。よってスカートだろうが相手の攻撃をかわしながらのアクションみたいな立ち回りをしなければ大丈夫。……今回は人質救出も含めるので可能性は皆無じゃないだろうけど。
さて、そんな俺の懸念はオールスルー。彼女の宝石のように澄んだ水色の瞳は手元のスケッチブックに向けられており何やら絵を描いているようだ。彼女の趣味は絵を描くこと。部活だってこの関係だ。
彼女の手は止まらない。俺に気付いてる様子もない。
おや? 時折彼女が別の方を見ている。視線の先は……川の方か。
この町は元々川の近くに町を作ったという設定なので普通に見えるところに川がある。
そっかぁ。今度はそれか。
もうなんか予想出来る。仮にもゼミの仲間。当初はあまり話せなかったけど今はそこそこ話すし、それなりに趣味やらなんやらは把握しているのだ。
さて、答え合わせといこう。
彼女の手元を覗き込む。
うん、正解。
なんか蛸さんに囚われた女の子があれな感じの声を上げてらっしゃる絵が。……今のところモノクロなんで色は分からないけど……若干肌色成分多めじゃないかな? ……つまりそういうことである。
さて、おそらくお気づきだろう。川なのになんで蛸やねん、と。
蛸は普通は海に出る。事実この世界でも海に出る。いや、海にも出る。
イベント起これば川にも出てくるのだ。それもそこまで珍しくないイベントで。
むしろこの世界だと最悪のタイミングで出てくる方が多い。スタッフがプレイヤーの裏をかくために喜んで蛸出してくるという嫌がらせ仕様。それに準ずる世界。そういうことだ。
条件整っちゃったらスライムが水道通ってプレイヤータウンにやって来ちゃう世界、マジで銭湯で戦闘が起きる世界をなめちゃいけない。
雨が降って足場が泥っぽくなると村の中なのにいきなり泥人形に脚をガッと掴まれるという感じで奇襲に遭いかねない世界をなめちゃいけないのだ。
さて、現実に目を向けよう。
スケッチブックからは目を外す。
まあこの子は見た目が可愛く性格も良いので嫁の貰い手には困らないだろうしそこら辺は置いておく。直すべきかどうかは本人の勝手だ。
「お~い」
「ひゃっ!?」
話しかけると飛び上がりかねない勢いで驚いていた。そこまで驚くようなことだろうか? そもそもここは公共の場。人がいてもおかしくはないはずだ……まあ今の時間帯だと商業ギルドの馬車も国営の馬車も出ていないので人通りは殆ど皆無なんだけどね、こんな町の隅っこ。
「え? あ、武哉君かぁ。びっくりさせないでよ。もう……こんなことで『隠密』使わなくても良いのに……」
使ってませんよ。素ですよ?
「時間までもう少しだけど終わりそう?」
話を逸らそう。現実からも目を逸らそう。
「うーん……まだ終わらなさそうだけど、キリが良いからここでやめておこうかな」
そういって彼女はスケッチブックを閉じてウィンドウを開き、少しばかり手間取りつつも手元のそれを収納する。アイテム欄にスケッチブックの表記が追加された。
「かなでは準備大丈夫?」
目の前の彼女に問いかける。彼女のクラスは弾が尽きると途端に弱体化する。さらに当然だが弾尽きたらMPとかと違って休んでも回復しないから事前準備が他のクラスよりも重要なのだ。
「大丈夫。弾丸も補充したし銃も一回分解してチェックしたし」
なら大丈夫だろう。相手の数が予想より多いんじゃない限り。
そして俺は彼女共々待機状態に移行。
「……遅いね」
「……遅いな」
集合時間になっても誰一人来やがらない。
「結局参加人数って何人だったっけ?」
「今回は俺、お前、永久、高橋、田中、内藤で六人」
「なずなちゃんとかは?」
昨日あったゼミの後輩の名前が出る。一学年下のなずなはかなでにも面識がある。元気キャラ以外にも多少お馬鹿キャラだった気もするが、後者に関しては俺の目が割とフシアナなので違うかも知れない。
「なずなは無理だな……目立ちすぎる。一応誘いはしたけど。あ、他の奴も誘ったけど別件があるってさ」
彼女のメインクラスのテイマーは物量支援クラスに分類される基本クラス。
このクラスはモンスターを使役することでパーティーの頭数を増やせるメリットがある。連れ歩くモンスターにより戦術が変わるので、何体かのモンスターをちゃんとバランス良く強く出来ていたならあらゆる土地、場面で幅広く活躍出来るのだ。
しかし、目立つ。とても、目立つ。テイムモンスターにはテイムされているという証の首輪などが付けられているが、町中にモンスター。これは衆目は浴びるだろう。
今回は潜入と奇襲。情報収集の途中とかで目立つ訳にはいかないのだ。
「町に入らずに待機とかは?」
「相手が森の中に罠とか張ってる可能性があるし、最悪うっかり冒険者に見つかって勘違いされた挙げ句テイムモンスターぶちのめされる可能性まであるから今回は無理だな」
「そっか。うん。そうだね」
納得して頂けたか。……いや、こちらの判断を聞いておきたかっただけかも。俺が状況を分析出来ているか、そしてそれを活かせているか。
実際、なずなを入れるメリットは大きい。
彼女が入れば火力が跳ね上がる。文字通り桁違いの殲滅力を有するので戦闘に移行した時に非常に楽に立ち回れるようになるからだ。
またテイムモンスターにより嗅覚で敵を探すことも出来るので戦闘以外にも活躍出来る。目立つことを厭わなければ、攫われた人の私物を貰ってきて捕まっている人の下へ、つまり敵のアジトへとあっさり行ける可能性もあるのでやり方によっちゃあ大活躍出来るはずだ。……俺よりも。
ただ今回は『情報収集から始める必要がある』『近くにまともに隠れられる場所がない』『一応近くにある森に隠れたとして、見通しが良いのでばれやすい』『そもそも彼女のテイムモンスターはその付近に生息しないため知識がある奴に見つかればテイマーが付近に隠れていると看破される可能性が高い』などのデメリットがある。
よって今回は駄目だった。だから俺たちが頑張らせてもらいましょう。……まあ元々彼女自身に別の用件があったので参戦は不可能だったはずだし。
そこまで考えて着信音。
手元を見れば永久からの『通信』。
嫌な予感がする。
確認。
件名:落ちないんだけど。
内容:悪い。後で急いで追いかける。先に行っててくれ。
うん。予想はついてた。
本心では『絆創膏でも貼っとけバーカ』と言ってやりたい気分だがここはこらえておく。
そこでまた新しい『通信』。
今度は誰だ? 同じゼミの女子、転生者仲間の田中からだ。
件名:ごめんなさい。遅れます。
内容:水仙が事件に首突っ込んで泥沼化したので事態に収集付けた後、彼の首根っこひっ掴んで追いかけます。申し訳ないけど先に現地へ向かってくれないかしら。
高橋……お前何やってるんだよ……。
これで連絡はなかったけど田中に加え高橋も遅れること確定。
残りは……あいつだけか。よりによって一番厄介な奴が残るのか……戦力としては申し分ないんだけどね。
と、ここで『通信』、はない。そもそもあいつ使えないもの『通信』。だって内藤って名乗ってるけどあいつファゼア人だし。出自は貴族らしいよ。正確には転生者の血も混じっているらしいけど。
それにしても、遅いなぁ。あの男、一応こういうの厳しいのに。
「あの」
「はい?」
ここでいきなり声をかけられた。
あれ? 先日の夜警さん?
「光明寺武哉さんですね」
「はい、そうですが」
俺、何かやらかしてた? 手錠? 手錠なのか?
「内藤さんから伝言をお預かり致しました」
……お前もか。お前もなのか。
そして告げられる。
「町中で緑色の猿の群れを見つけてな。愚民共にちょっかいをかけておったのだ。私にとっては愚民共のことなどどうでも良いのだが、まあこれも縁だ。愚民共のために刃を振るうのも高貴なる者の責務であろう。
下劣たる猿共には、高貴なる私の移行の前にひれ伏せるしか道などない。事実、あのような畜生に傷を付けられる私ではなかった。故に貴様らになど出番はない。高貴なる私を心配するなど愚かしいにも程があると知れ。これは私の一人舞台だ。繰り返すが、貴様ら端役の出番などない。
片付けに多少時間を取られる程度、どうということはない。
そう言う訳で貴様らのみで行け。興が乗れば追いかけんでもない」
意訳:待ち合わせ場所に向かっていたらゴブリンの群れが町に侵入していた。町民を助けるために戦い、無傷で終わらせたのだけれど、何やら事後処理に時間取られそうだ。だから心配でせずに先に行ってほしい。こちらも終わり次第追いかけるから。
「……分かりました。ありがとうございます」
礼を言って帰ってもらう。伝言頼まれただけでこの人にもやることあるだろうし。
心配そうな彼の背中が遠くなってから、かなでが言う。
「現地調査は私たちだけでやって、みんなと合流し次第戦闘になるかなぁ」
そうなるよなぁ。援軍頼むにも土壇場過ぎてきついだろうし。一応状況が変わったことは連絡入れておくけど。
休日中にあと二、三話は進めます。