四話 始まりの日の朝
天井。
見慣れた、天井。
目を開けたらそこにはいつもどおりの天井、つまり俺の部屋があった。
呼吸が乱れている。
悪い夢でも見ていたのか? 記憶はないけどなんとなく、そう思う。
気分悪い。二度寝する気分じゃないな。起きようか。
カーテンを開ける。気分よ晴れろ!
朝日が眩しい……って曇りか。爽やかじゃないな。気分がどんより。
用事がある。よっていつまでも寝てはいられない。
昨日、冒険者育成学校の学務係におそらく盗賊(詳細不明)討伐依頼が来ていたのでそれを引き受けた。今度こそ俺のヒロインよ来い。
紛らわしいので一応整理すると、冒険者育成学校はシステム的には大学に近い。クラスごとに授業が決まっているのではなく、自分で講義を選んで学び、アビリティなどを習得する。
ゲームの頃からチュートリアルは学校で学ぶという設定だったけど、現実に変えるとこうなるらしい。まあ欲しいアビリティを選択して重点的に習得するというシステムだったから、バランス良く学ぶ高校スタイルではいけなかったのだろう。
で、学務に掲示されている依頼、例えば護衛、例えば調薬、例えば討伐。こういった依頼をこなせば単位が少し小数点以下だけど入るようになっている。ふっふっふ。俺がこなした依頼、塵も積もれば山となる。単位は必要な分とっくの昔に取れてるんだぜ、俺。卒業論文が終わる気がしないけどな!
……というか塵じゃ駄目か。もう少し目立つことしないと。でもそんなの大抵真っ先になくなるからなぁ。
他の学生は色々と手広くやっている。
例としては、戦闘系ならボス討伐のようなことをギルドの先輩たちと成し遂げた同級生もいるし、「麻痺薬を製作したからどうぞ」と早いうちから営業に回っちゃってる後輩もいる。安い割に効果高いのだったから買ったけど、せめて入れ物に入れてから売れよ。こっちで用意するのかよ。空いてたのポーションの空きボトルくらいだよ。入れたけどさ。
そんなことを考えつつ朝飯の準備をしていたら音がした。
「あれ? お前今日早いな」
ドアを開けながら話しかけてきたのは、見慣れた茶髪の青年。身長は平均ぐらいの高さの俺より少し高い。パッと見の印象としては人懐っこい感じを受ける男。……現実でも余程敵対しなければこの印象通りの好青年だ。
こいつが俺のルームメイトこと永久。鈴木永久。今年度卒業、つまり俺と同学年。年齢は既に十八。誕生日は既に過ぎたが、その日までにプレゼントが完成しなかったので今年はやれてない。……まあデートで帰ってこなかったんでやる必要があったのかという話でもある。……嫉妬? ははっ、まさか。
ファゼアに来てからすぐに友人となったので数年来の親友と言えよう。そんな奴に嫉妬とか……どうだろうな。
「お前こそ早いな……いや、遅いなと言うべきなのか?」
服装を見れば若干乱れてるし、その茶色の髪も若干乱れている。それ以外でも乱れていたに違いない。
「朝帰りだろ、お前。またかよ」
「仕方ないだろ~。ってか飲みから帰ってきた旦那を怒る嫁さんみたいだな」
靴を脱ぎながら告げてくる。
「それはないな。こんな役目、別の誰かに任せて良いなら真っ先にそうするぞ」
「だろうな」
さらっと流される。
余裕に溢れておりますな。
こっちはヒロインいないのに。
ここは強く言ってやるべきか。そろそろこいつ刺されそうだし。
「分かってんなら自重しろこの恋愛ブルジョワがっ! 分けろ! せめて機会くらいは下さい!」
「上から目線なのか下から目線なのかはっきりしろ」
「機会をっ! 是非俺に機会を!」
dogeza。
「下からなのかよ!」
「ここで頭を下げられなければ、俺に未来はない!」
永久が若干引いてるがまあ気にしない。
「……っていうか今思えば『分けろ』っていうのはおかしいな」
話題を変えられた。そんなことより俺に機会を。
「はい?」
「機会云々なら合コンにでも誘えば良いけどさ。『分けろ』だと女が物扱いだろ?」
「ああ、うん。言葉のあやだけど」
「そこら辺気ぃ配れよ。どこで聞かれてるか分かったもんじゃないしな」
「……流石ルームメイトをアリバイ工作に使う奴は言うことが違うな」
ちょっと腹が立ったので。
「俺がそんな奴だっていうのは向こうだって分かってるって」
おいいい!
「……ハーレムですかい」
「いや、正しくは遊びの関係じゃないか? お互いに」
「軽いな」
「軽いさ」
「相手が本気になっちゃったら?」
「その時は向き合うさ」
「じゃあ、自分に本気の相手が出来たらどうすんだよ」
「…………」
あれ? 地雷?
「…………どうだろうな」
「はい?」
訳が分からないよ。
「あ~。ありふれた悩みだ。気にすんな」
おそらく俺には関係ないと思われる悩みです。
ありふれた悩みなら続きをどうぞ。大したことないみたいな言い方だし。そう思念を送る。
「あいつのこと、今でも好きなのか分かんないってだけだ。気にすんな」
答えてくれた。だがやらかしたかも知れん。そしてあいつって誰だ。
「あ~悪い」
こいつの渋い顔なんてあんまり見たことなかったな。
トラウマかなにかか?
「ま、それが分かるまで現状維持ってことで」
無理に明るく振る舞おうとしているのが分かる。
乗るしかない。
「うっさい爆発してしまえ」
「この世界じゃ洒落にならねぇよ」
ですよねー。
さて、次の話題に行こうか。話題なにかあったっけ?
とりあえず今思い浮かんだこれで。
「ていうかさ。今何人?」
「付き合ってる人数か? …………十人くらい?」
なぜ疑問系? ていうか多いな、おい。
「せめてお前一人で対応出来る人数に留めてくれ。もし無理でも俺に役割を振るな」
その言葉に熟考した後。
「無理だな。どっちも」
殴っても良いかな?
いや、分割すれば彼女さんたちで分けられるんじゃね?
……怖えよ! 冗談でも想像したらマジで怖かった。
……分割……分身? あ、そうだ。
「もうお前分身かなんか覚えろよ! 十人くらいに増えろよ! そして俺の負担を減らせ!」
まあ習得出来るの上級クラスのアサシンとかくらいだけだから無理だけどな。こいつハイランダーでアサシンはクラスチェンジ先にないし。
しかし文句は言っておきたい。このままだとこいつ駄目だろうし。ある意味俺より。
そんな俺の言葉に対し、
「分身して付き合っちゃえ~、って?」
出来ないことは理解してるだろうからこちらの意図は多分分かってる。
「そうだよ」
「あのなぁ……どれくらい相手のために自分の時間を割けるかってこと「俺の時間も割かれてますが?」……まあ基準の一つだと考えろ。他にもあるしな。どれだけ同じ相手に心を向けられるか、とか。これは今の俺に言えることじゃないけど」
そりゃ、そうだろ。
「相手だけ拘束して自分はフリーになれる。……これ、不誠実だと思わないか? 分身して自由な方はやりたい放題、なんなら浮気まで出来るぞ? 安心してるもう片方には隠れて」
「アリバイ工作に友人引っ張ってくる不誠実なお前が言うな。……まあ一方的に相手の時間を奪うなら不公平かもな。そして言われてみればたしかに酷いな。それは駄目だろ申し訳ない」
……たしかに失言だったか。俺が言ったことってそういうことか。
いや、でもプレゼントの準備とかで分身ならどうだ? いやでも高確率でそういうことに……分からん。
大絶賛混乱中。
「……はぁ」
溜息吐くなよ。
「そうだよな……じゃあ別の方向から行くか。……お前さ、恋愛したことあるか?」
「ないです」
即答。だってないもの。微塵もないもの。
「……だよなぁ」
その反応やめてもらえます?
「じゃあ恋愛に限らないから別の例出すぞ。相手のため、目標のために時間やりくりして準備したりとか、そういうことするから物事は面白いんだろ? ほら、文化祭の準備とか」
積極的に動いた人とそうでない人で温度差あるよ。……そもそもうちの中学は生徒にその手のことさせてくれなかったし。冒険者育成学校は高校の文化祭よりも大学の学祭だし。俺見て回る側で永久は出店する側だし。でも言いたいことは分からんでもない。
「分身してそういった楽しみ捨ててどうするんだよ。制限があるから面白いこともあるだろ。少なくとも俺は嫌だぞ、時間的、空間的制約抜きのそんな機械的に消化するイベント。そういうのはゲームでチートでも使ってやれば良いだけの話だろ?」
「知らんがな」
ある程度は人によるもの。現実でチート使いたいと思う人もいるだろうから一概にどうこう言えない。
ただこいつ、自分だけ特別はあまり好まなかったようだ。ある意味で転生チート控えめなこの世界に適合しやすい人物だと言えそうだ。……あれ? 今気付いたんだけどなんで転生? 俺たちがやってるのって転生なのか? 蘇生じゃね? 違和感がある。すぐに忘れそうだけど。
そんな思考が斜め上に流れた俺を見た永久。頭を押さえて一言。
「もう少し後になりそうだな、ヒロイン登場」
「マジで!?」
ガッツポーズ。
「いやいやいやいや喜ぶなよ。暫く現れそうにないって言ってんだからよ」
「いや、もう半分諦めてたんで」
「お前ネガティブなのかポジティブなのか安定させろよ」
そんなこと言われてもな。
「……そーゆー仕様です」
俺の場合、比較対象に確実におかしい奴が紛れ込む。
例えば戦闘。師匠を筆頭に姉弟子や同じゼミ生などぶっ飛んだ面子がいる。
例えば存在感。同一ゼミ生を筆頭にキャラが濃い。俺も奮闘しているけど空気になるレベル。
例えば恋愛。あれ? ……これはなしで。誰にも勝てる気がしないし。
こんな状態なのでテンション上げた後でも、頭の片隅に『でも俺より……』といった意識が掠めてしまいテンションが駄々下がり。本当は上げておきたいんだけど……
「はぁ……出会いはないかな」
「下がんのかよ。……え~と。当分合コンとかはしないぞ?」
「把握済み」
部屋の片隅で体育座りなう。
「あ~もう。もうちょっとさぁ、積極的に動けよ。なんで受け身なんだよ」
「……さあ?」
「だ~! もう!」
なんか永久が『通信』アビリティを使用し始めた。このアビリティ、転生者のみの特典で、通常だと携帯電話のようなもの。レベルを上げれば通販やテレビ電話の真似事なども可能だ。
で、相手は誰だ?
はっ!
「誰か紹介してくれるのか!?」
きっと今、俺の目はこの一年で最高に輝いている!
「いんや。先生だけど」
先生=二十四歳(♂)。
きっと今、俺の目はこの数年で最低に輝いている……。
「いや、お前目が死んでるけど大丈夫か?」
「……期待した分ダメージ来たよ」
「いや、勝手に期待されてもな」
「だよな、すまん」
「いや、別に良いんだけど」
ふぅ。一時的にテンション上がってもこのザマか。あれはぼける良いチャンスだったじゃないか。それを流すような男だから影が薄いんだよ。脱・『存在感が空気』。今度からは気を付けよう。
「で、なんの用で?」
「いや、お前基本的に部活もしてないし暇だろ?」
「まあな」
自慢じゃないが、向こうでも帰宅部だったぜ。
「じゃ、その時間使ってとりあえず後輩に何かしら教えてやれよ。ある程度技能は習得してただろ?」
「えー、めんどい」
俺そこまで人に教えるの上手じゃないし。
「……その消極さが駄目なんだって」
「今流行の草食系男子です」
「傍から見たらただのナマケモノだけどな」
「否定はしない」
「じゃあ動けよ!」
えー。
「……ヒロイン見つけたら」
「動かなきゃ見つからないに決まってんだろ!」
ごもっとも。
それにしても、なんでこうもやる気に波が出るかな、俺?
とりあえずこの性質はまずいな。今のうちに克服しておこうか。
とりあえず積極的に変わろう。……努力はしよう。
「あー分かった。……いつから?」
「明後日から」
早いな。
「りょーかーい」
「じゃ、俺は出撃まで寝るわ」
「先に風呂入って首のキスマーク落とす努力でもしたら?」
「な!? マジか!?」
「マジだ」
鏡を見て右往左往している。
それにしても急に焦り始めたな。なんでだろう?
俺はこういうのにもう見慣れたから見つかって困ることはないだろうけど……?